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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 安穏のなかで、ひとり鍛錬を
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ふたたび挑む魔王さま

すみません、遅くなりました。言い訳なし。

 少し痺れて、震えるような……絶えぬ垂水から影響を受けたらしき身体を奮い立たせて、コアイは立ち上がる。



 この刺激……これを鍛錬に用いるということだろうか。

 この感覚……これを耐え凌ぐことが鍛錬なのだろうか。


 これを続けていれば、もしかしたら……私は。

 


 立ち上がりはしたものの、どこか力が抜けたまま揺らぐ両足。そこにもう一度意識を向け力を込めて、コアイは滝壺から抜け出した。


 そうして滝の外に出たが、身体の内側には妙な余韻が……まだ残っている。

 コアイは水辺で改めて腰を下ろし、身体が落ち着くのを待つことにした。すると水を吸ったローブが重く、身体に貼り付いてきて鬱陶しい。

 鬱陶しいが、()ずは身体を落ち着けるために動きを止めて休む。


 すると暫く休んでいるうちに胸の奥から()み出てくるような余韻が弱まりだして、体表に布地の貼り付く不快さがそれを上回った。

 そこでコアイはふたたび立ち上がり、細い枝を集めて()き火を(おこ)した。


 集めた薪に魔術で火を付け、枝に燃え広がった炎に当たってローブを乾かす。

 炎……コアイはそこに、全く暖かみを感じていない。

 ただ、暇を持て余しているうちに、ローブが少しずつ軽くなっていくのを感じるだけで。


 それもそのはず、そこでは……先程感じていた、彼女らしきぬくもりを感じられないのだから。



 一度焚き火に背を向けて、ローブの前後を乾かしてから辺りを散策してみる。

 近場ではどこでも、滝の流れる音が響いていて……滝の他にはどこにも、草木と石、岩と土砂の他が存在しなかった。

 滝の存在感を除けば、とてもつまらない場所である。



 十分に休めた、今は早く己を鍛えよう……


 散策の後にも、身体の変調が特に残っていないことを確かめてから……もう一度滝に打たれてみる。



 流水の強い刺激は、今回もやはり……スノウを思い出させていた。

 身体を伝う流水の、そのほとんどが彼女であるかのような。


 今さわれるはずのない彼女が、そこに在るような。

 今ここにいないはずの彼女が、全身に触れてくれているような。



 それを感じてしまうと、今回も……身体の奥から熱が起こるのを止められなくて。



 気付くと今回も、何時の間にかコアイは岩肌に座り込んでいた。


 少し震えている。そして、息が荒くて少し熱い。

 頭の内側に霧が満ちたようで、それが何故かくすぐったい。



 また焚き火を熾して、ローブを乾かして。


 今回は予め壷を焚き火の近くへ寄せておいた、コアイはそこから彼女の肖像画を取り出して眺める。



 そうすると……身体中があたたかいと感じる。

 それは焚き火に当たるよりもはっきりとしていて、明確にあたたかい。


 けれど、その代わり……彼女に逢いたくなってしまう。

 しかしここは、滝のほかには何もない山の中。

 彼女をもてなすための酒も食事も、用意できない。


 こんなところに()んでも、きっと彼女は楽しくないだろう。

 だから……我慢しよう。



 その我慢もまた、一種の修養となり得るものだが……それは今のコアイには気付くことができない。

 コアイには、その欲求を堪えるだけで精一杯だから。


 コアイは肖像画を大事そうに壺へしまい、また滝壺へ向かって歩き出した。




 昼も夜もなく、幾度となく滝行を繰り返していると……

 コアイはある時、身体の力が抜けて滝下の岩にへたり込むところを自覚できるようになった。


 突然身体の震えが強まって、力が入らなくなって……膝が落ちる。

 けれど気持ちが悪いわけではない。むしろ充ち足りていて、どこか嬉しいような気さえする。



 滝に打たれながら、それ等を自覚、意識できるようになった……これは鍛錬の成果が表れている、と考えて良いのだろう。

 これを続けていれば、私はきっと…………


 コアイは自身の変化を実感したことで、ますます鍛錬への意欲を高めていった。



 その後もコアイは、雨の降る昼も月明かりも無い夜も……お構いなしに滝行を続ける。

 するとある時、ついに……強い身体の痺れと脱力感に耐え、立ったままの姿勢を維持しつつ体内の熱っぽさと充足感を得ることができた。



 ああ、()()にも耐えられるようになれた。

 これなら、私も彼女に……いや、まだ分からない。

 一度だけではまぐれかもしれない、数度は繰り返して間違いなく耐えられることを確かめておこう。

 魔術と同じだ、再現できないものをいきなり実戦で試すことはない……



 と、コアイは慎重に、万全を期して下山しようと考えた。

 そのために三度滝行を繰り返して、三度とも身体への影響に耐え切ることができた。


 頃合いだろう、コアイは心を躍らせながら荷を背負い、川沿いに下っていく。



 もしかしたら、これで……彼女が触れてくるのに耐えられるかもしれない。

 彼女を受け入れられる私に、なれたかもしれない。


 自然以外には何もない、道なき道を軽やかに……期待を胸にあたためながら進んでいく。

 そうするコアイの内では、一連の鍛錬でも例を見ないほど、痛いほどに……胸が弾んで熱くなっている。



 これで、どうにか彼女に顔向けできる。

 これで、彼女をがっかりさせずに済む。


 そして自身も、ようやく彼女に逢える。




 早く城へ戻って、彼女を()ぼう……


 誰も見てはいないが、小走りに山を降りるコアイの顔は自然とにやけていた。

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