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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 安穏のなかで、ひとり鍛錬を
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しぶき浴びる魔王さま

 城を出て、森の中、林道から外れ、川沿いに……荷を背負って、道なき道を歩き続けている。

 遠く川を遡った先にあるという滝を目指し、川の流れを真似てなぞるように……ひとり、木々の間を縫って歩いている。


 鍛錬以上の意味を持たない大きな壺の中に、スノウの描かれた絵や彼女がくれた小物数点……それらの大きな大きな意義を持つ物品を収めることで、壺はすっかり重たくなった。

 それを背負って、コアイはひとり歩き続ける。



 コアイは荷を負って淡々と、黙々と川を遡って歩いていく。

 朝に城を出て、日が高く上がり、そして沈む頃まで……食事を摂るどころか、休むこともなく歩き続ける。

 時折、森の川沿いでは風が木々を揺らす音、鳥や獣が鳴く音が響く……しかしそれ等もまた、コアイの足を止め、あるいは休ませる存在とはならない。


 とは言えそれは、当然のことなのかもしれない。

 コアイにとって、スノウの存在、彼女のために在る己の意義、そして……彼女を感じるための己の存在。

 それ等を満たす、保つことの価値に比べれば……彼女との関係が希薄な音など、まさしく雑音でしかないだろうから。



 日が落ち、月明かりだけが川面を照らす夜。

 上流へと歩き続けたためか、川沿いには石や岩が増え足場が悪くなってきた。月明かりだけでその中を歩くのは難しい。

 だが……だからと言って、立ち止まりたくない。

 極々自然に、そう感じた。


 コアイは光を想起し、軽く僅かに魔力を加える。

 詠唱はしない、それでは明るくなりすぎるから。



 無言で足下を照らしながら、眠ることもなくコアイは歩き続ける。

 やがて夜が明けて、魔力の灯りが不要になったころ……川の流れる音とは異なる水の音が聞こえてきた。

 その音のする方向へ、歩みを早めると……コアイの背丈よりも倍ほど高い場所から、水が流れ落ちているのが見えた。



 あれが滝か。

 高所から落ちる水の流れ……あれに身体を晒すことで、心身を鍛えることができる……らしい。


 コアイは水の落ちる音に引き寄せられるようにして、滝のそばまで歩み寄った。

 そしてコアイは身を晒すため、全身から拡がる斥力に意識と魔力を向けて……その護りを完全に消す。


 彼女と二人きりで安らいでいる時を除けば、そうするのは何時ぶりのことか……そうしたことが過去にあったか否かも思い出せないほど、久々に。



 これまで、そうするときはいつも……彼女がいた。

 今、側には誰もいない。けれど。



 一度そう思い浮かんでしまうと、コアイの胸中にスノウの笑顔が張り付く。

 コアイはそれを奥底に残したまま、いや取り除く術も知らず……滝壺へ踏み込んでみる。


 ……少しぬるい水が頭から肩や胸へ、そして足下へと滴り落ちていく。

 目を閉じてみるとその流れは、コアイにスノウとのひととき……過去の川での水浴びを想わせる、緩やかなものに感じられた。

 つまり、それは……己が身を清めるものではあっても、心身を磨く類のものだとは感じられなかった。


 コアイは暫くの間滝に打たれながら、二人での想い出を振り返ってしまっていた。

 しかしそれではいけないと思い直し、目を開き……水流に耐える意識を持とうとしてみる……が、そこにはそう意識できるだけの刺激がなかった。

 少しの間ののち、コアイは不足を悟って滝壺から離れた。



 ……これが、こんなものが、鍛錬だというのか?

 それとも並みの人間であれば、この程度の力を受けるだけでも鍛錬になる、ということなのだろうか?


 コアイは疑念のなか、考えを巡らせる。


 いやしかし、話に聞いていた滝というものは……なかなかに迫力のあるものらしかった。

 だがこの滝には、そんなものはまるで感じられない。

 ということは……これは滝ではないのだろうか? 若しくは、これとは違う、もっと力強い滝が別にあるのではないか?


 このまま帰る気分でもない……もう少し奥へ進んで、川を遡ってみるか。


 コアイは別の滝を探してみることにする。


 髪と白いローブの端から水滴を滴らせながら、一旦滝を迂回して高地へ上り……滝の上面に繋がる流れを見つけて、そこから更に上流へと向かう。


 辺りの石がゴツゴツしだした頃から、時折支流の分岐にさしあたるようになった。

 コアイは冷静に川の流れを見て、確実に上流へ遡っていく。

 すると遡るほどに、登り坂が急になっていく。


 急な坂と足場の悪さで歩みが遅くなるが、それを気にせず進み続けると……陽光が赤みを帯びた。

 それを目にして、そろそろ日没か……とコアイが考えるのを妨げるかのように、目線の先の高台から遠く、何かを叩くような低い音が響いていた。


 その、絶え間ない音の生まれる方向へコアイは急ぐ。

 そして音の出処へ辿り着き目にしたのは、先ほどの滝よりも明らかに大規模……コアイの背丈とは比べるべくもない落差の滝。



 コアイは直感した、()()だと。

 此処で、スノウに触れられる自分に変わる……ことができるだろうと。

 コアイは早速斥力を消し、棒状に落ちてくる水へ身体を預けてみる。


 これで、彼女に………………



 流水の強い刺激は、コアイに……結局スノウを思い起こさせていた。

 指で髪を()かれ、首筋を()ぜられ、それから全身に手を伸ばされるような。

 背中に手を回され、腰を抱きしめられ、それから唇に彼女が触れたような。


 今さわれるはずのない彼女が、そこに在るような。


 それを感じてしまうと、冷たいはずの水があたたかく思えて、身体の奥から熱く思えてきて。




 気付くと何時の間にか、コアイは滝に打たれたまま岩肌に座り込んでいた。

 少し震えている。そして、微かに身体が熱い。


 頭の内側が呆けて、くすぐったい。

 (はら)の内側がざわつき、震えている。



 もしかしたら……この感覚に耐えられるようになれれば、あるいは……

 と、コアイは手応えらしきものを感じていた。

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