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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 安穏のなかで、ひとり鍛錬を
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惑いのなかの魔王さま

 私は強くなりたい。いや、強くならなければならない。

 彼女に触れられる強さを(そな)えた私に。



 枕に涙を吸わせて、泣いて泣き疲れて、何時しか眠っていたらしい。


「陛下、陛下……お目覚めですかな……?」

 コアイは部屋の外から戸を叩く音で目を覚ました。


「お目覚めであれば、お耳に入れておきたい話がございます」

 丁寧な物言いと(しゃが)れた声、それは老人ソディのものだろう。

 そうだ、彼にも話を……


「私も貴殿に()きたいことがある」

 ソディにも訊いてみようか。

 コアイは起き上がり、寝室の扉を開く。



「おはようございます、では先に陛下のお話を伺いましょう」


「耐久力を鍛える方法を知らないか」

 コアイは、昨日と同じようにたずねてみる。


「耐久力……どなたのですかな?」

 相手から返ってきた答えは少し違っていた。


「私の、だ。相手に触れられるのを、耐える方法というか……」

 しかし今回も……その詳細や、それについて尋ねる目的ははっきり説明できない。


「陛下の? 心身を鍛え頑丈にしたい……と?」

 老人はやや合点のいかない様子を見せる。


「心身を頑丈に……か」

「しかし、陛下は既に十分お強いのでは……さらに強さを求める、ということですかな?」

「ああ、私は強くなりたい」

 コアイは自然と、素直に応えていた。


「陛下がお望みならば、微力ながらお力添えいたしますぞ」

 老人はにっこり笑っていた。



「強くなりたい、だが私にはその方法が分からぬ」

「ああ、なるほど……」

 コアイには、誰かに師事したり、指導を仰いだりした経験がない。


「私はこれまで一人で書物や記録を漁って魔術を覚え、それを磨いてきた。だが心身を頑丈に? というのは考えたことがなかった」

 だから、身近な者達に助言をもらうほかない。


「ただ、頑丈さ、耐久……ということであれば、(わし)より適任が居りますなあ」

「昨日アクドから対峙のコツを聞いて試してみたが、どうにも駄目だった」

 コアイは昨日のことを思い出す。

 すると彼女の前でなくても、過去のことでも少し恥ずかしい。


「昨日? 昨日は丸一日お休みなさっておられたのでは」

「そうなのか?」

 コアイは一晩眠っていたものだと思っていたが、どうやら二日寝続けていたらしい。


「ま、それはともかく……私も商売と魔術以外は深く指導を受けておらず……と、なれば」

 ソディも鍛錬の経験は乏しいようだが、なにか閃いたらしい。


「人間の商人との対話や、彼らから譲ってもらった書物で鍛錬法らしきものを様々見知った覚えがあります。あまり詳しくは分からんのですが」

 コアイが蘇り再起する以前には、エルフ達が大っぴらに鍛錬することは禁じられていたと聞いている。だからそういう話は、人間のほうが詳しいのだろう。


「説明すると長くなりそうです、立ち話もなんですし朝食をご用意しましょうか」

「ところで貴殿の話は何だ?」

 ソディにもコアイに用があったことを思い出し、たずねてみる。


「ああ、まだ具体的にはなっておらんのですが、大公どのより少し困った話が来ましてな……」

 ソディがそう言いながら、懐から書簡を取り出す。


「朝食を手配しますので、よろしければその間にでもご一読くだされ」

「不要だ、あとで内容を教えてくれれば良い」

 老人から書簡を差し出されたのを、コアイはやんわり拒んだ。



「では、後ほどお呼びに伺います」

 一礼してから戸を閉めるソディを見送って、コアイは一旦ベッドに寝転がった。



 コアイは横になって、昨日、いや一昨日の失敗を省みる。


 彼女の目を見据えて、(はら)に意識を置いて……

 そうしていたら、彼女に触れられて……

 それを思い出していると、身体が疼いて、震えだす。


 コアイは震えて熱の籠もったようなため息を吐いて、何気なく彼女が触れたように……自分で触ってみた。

 しかしそこには、あの抗いがたい感覚も、自分のものではないはずの声も……生まれなかった。

 まったく何もない……というわけではないが、()()は明らかに緩やかで、耐えがたい刺激ではなく……


 コアイの心身はまるで昂らない。

 

 コアイは落ち着き、ほっと一息ついたが……すぐに淋しく、切なく感じていることに気付いた。

 ()()は耐えがたい感覚のはずなのに、彼女から受けるそれが、何故か待ち遠しくもあり。


 コアイの思考はうまく纏まらない。

 自身の矛盾した思いに、ただ戸惑った。




「うむ、クランさんもだいぶ料理の腕を上げましたなあ」

 コアイはソディに呼び出され、朝食を摂りながら先の話の続きをしていた。


 ソディ曰く、人間の鍛錬には様々……

 走り込み、山登り、滝行、断食、酒、茶などの嗜好品断ち、数十人連続での試合、火や煙や冬の寒風などに身を晒す苦行、長時間の潜水、視覚や聴覚、発声の制限……

 などなど、あるのだそうだ。


「陛下がお気に召したものを、一つずつ行ってみてはいかがでしょうか」

「そうだな……私には意味が無さそうなものもある」

 例えば、コアイは平時に食事を必須としないため……断食にはおそらく意味がない。

 数十人との試合、というのも無意味だろう。まずコアイに立ち向かえそうな試合相手を集めることからして困難である。


「慌てることはありません、じっくり取り組まれては?」


 できれば、少しでも早く……強くなりたい。

 とはこぼさずに、ソディの用件も聞いておくことにした。



「大公の話の、何が問題か」

「先ほどの書簡の末筆で、陛下は妻を娶っているのか、もし未婚であれば……などと言っておるのです」

 ソディの眉間に(しわ)が寄っている。


「おそらくは……陛下、もしくは我々と血縁による結びつきを作る、その可能性を探ってみたい……というところでしょう」

「分からんな、そこに問題があるのか? いや、そもそも意味があるのか?」

 コアイはどうも腑に落ちないでいる。


「人間は我々より、血縁に重きを置くことが多いのです。それはともかく、どうやって断ろうかと思いましてな……そもそも、陛下は……」

「私に何か問題があるのか?」

 話を聞いても、むしろ分からなくなってくる。


「陛下ではなく……人間、というかミリアム……即ちミリアリア教の信者は(つがい)が子をもうけることを人の最も尊い所業と考えており、そのために男と女が番になることこそ望ましいと考えておるのです」

「子……」

 コアイはもはや理解が追いつかない。


「それは貴殿らも同じなのか?」

 とりあえず、気になった点を尋ねておくことにする。


「いや……儂らは、誰が誰と好き合おうと……互いに了承しているなら、それは各人の自由だと考えております」


 それを聞いて、コアイは少し安心した。

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