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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
余聞 安穏のなかで、ひとり鍛錬を
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同じテツ踏む魔王さま

 私は応じられなかった。

 私は耐えられなかった。

 私は応えられなかった。


 彼女こそが、私の全てなのに。

 私が生きるための全てなのに。


 不甲斐ない奴。情けない奴。腑抜けた奴。


 何が魔王だ。

 とんだ腰抜けのくせに……何が魔王だ。




 枕を濡らした夜が過ぎて、日が高く昇る……



「王様、起きてるか? 昼飯いるかい?」

 戸を叩く音と、太く大きな声によってコアイは目覚めた。

 側に彼女はいないから、いま食事は必要でない。


 と、スノウのことを顧みて……次に逢ったら、彼女に謝らねばならぬと思い出した。

 それと共に、随分打たれ強い男が近くにいたことを思い出す。


 話を聞いてみることにしよう。


「食事は要らないが、聞きたいことがあるから少し待ってくれ」

 先ほどの声から考えるに、戸の前で待っているのは大男アクドだろう。ちょうどいい。



「耐久力を鍛える方法を知らないか」

 コアイは戸を開けてその先にいる人物を確認してから、質問を投げかけてみる。


「たいきゅうりょく?」

「こう、相手に触れられるのを、耐える方法というか……」

 しかしその詳細や、それについて尋ねる目的をはっきりとは説明できない。

 何となく、()()は……彼女以外の者に、知られるべきことでないような気がしたから。


「ん……体での防御ってことか?」

 コアイの意図は多少なりと伝わった……のだろうか?


「王様にゃ必要なさそうだが、お嬢ちゃんに護身でも教えるのか?」

 実際にはコアイにこそ必要なことだが……特に口は挟まない。


「ま、そりゃ王様には教えられんよなぁ……そんなこと考えたこともなさそうだし」

 ややともすれば酷い言い回しのように聞こえなくもないが、実際その通りではある。

 コアイは、敵手の力や数に応じて魔術による防御を用いることはあるが、身のこなしによる防御を深く意識したことはない。


 ましてや、他人に触れられた先……それを耐える、受け容れることなど。



「と、そうだな……まあ、なんというか、こう……」

 男は半身の体勢で腰を落とし、指を開いた片手を軽く前に出し……熟練の格闘士のような雰囲気で構える。


「なるべく斜めに構えて体を相手の正面に向けないのと、相手の目をよく見て、下っ腹に力を入れるというか……いや、重しを置いてるような気持ちで……ってとこかな?」

「……それだけか?」

 構えを保ったままのアクドから説明を受けるが、コアイにはどうにもピンと来ない。


「王様なら分かると思うが、あとは相手の動き次第だから……口じゃ説明のしようがないからなあ」

「……そうか、確かにそうだな」


 相手次第……

 相手は……ただ倒せば良い敵手とは違う。

 だから私は悩んでいる。


 とは言え、詳細を教えずにそれ以上のことを聞き出すのは難しそうに思える。



「相手の目を見ること、(はら)に重心を置く意識を持つこと、という辺りか」

 コアイは一先ずアクドの言を要約してみる。


「とりあえず俺はそんな感じだな、あとは稽古で攻めを受けてみて……対応しながら自分に合った方法を確かめていく他にねえかな」

「助かる」

 コアイは再び眠ることにした。




 次の日、目を覚ますと雨が降っていた。

 コアイはもともと、雨が好きでない。


 コアイには斥力があるため、雨粒に濡れて身体を冷やされることはないが……道がぬかるんで歩きづらくなるのは他人と変わらない。それに、雨音がうるさい。


 そしてそれ等の理由とは別のところで、雨降りをどこか寒々しく感じる。

 コアイはその心地を、振り払いたくなって……


 コアイは机の上に広げたままになっていた数々の小物を眺めて……それ等のうちから一つを選び出した。


 そして……


 現れた彼女を抱き寄せて、雨が降る窓の外を見ながら目覚めを待つ。




「これは髪留め、これはペン、これは……」

 雨が止まず外に出るのが億劫なため、コアイとスノウは寝室で机上の小物をもてあそんでいた。


「……昨日は、済まなかった」

 コアイはふと、()()()()を思い出して……彼女に謝罪する。


「わたしこそごめんね、怖がらせちゃったかも」

 と、彼女もコアイに謝罪するが。


「ごめん、今度はもっとやさしくするから」

 コアイは突然手を握られていた。

 そうしてきた彼女の顔は、何故かとても紅く染まっていた。



「スノウ? 顔が赤いが大丈夫か」

 コアイは彼女を気遣おうとするが、コアイはコアイで身体から力が抜けてしまい、彼女に心身を引き寄せられていた。

 

 そして気が付くとベッドの上で、抱きしめられていた。



 彼女が、とてもあたたかい。

 彼女と抱き合っていられることが、とても嬉しい。


 ……が、それに浸ってばかりもいられない。

 きっと彼女は、また()()てくる。

 今度は、耐えなければ。



 ……相手の目を見る、肚に重心を置く意識を持つ……だったか。


 コアイはじっとスノウの潤んだ瞳を見つめてみる……が、これでは昨日とあまり変わらないことに気付いた。

 だからそれよりも、肚の重心を意識する。


 しかしそれはそれで、コアイの胸を高鳴らせる。

 何故か耳が熱くなり、息も熱く湿気って感じる。


 そして、目の前のスノウが、コアイのローブに指を伝わらせる…………



「んくぅっ!?」


 背中に小さな棘を通されたような感覚がして、それに身体を震わせたコアイの……喉の奥から勝手に出てくる、妙な高さの声。


「あえっ、えと、その、そのあの……」

 身体の震えが止まらない。胸が、肚が疼く。

 だが、それよりも……


 自分で発した声ではないはずのそれが、それを彼女に聞かれたことが、どうにもどうしても恥ずかしくて……



 気付いたときには既に、彼女を囲う召喚陣(ペンタグラム)が紅く輝いていて…………




 ま、またやってしまった。


 今も腰が抜けたように脱力していて、なのに彼女を追い返すことはできていて。


 彼女がいてこその私なのに。

 彼女を満たしたい私なのに。


 彼女に触れさせられない、彼女の望みを叶えられない私に、何の意義があるのだろうか。



「くふっ、ゔうっ……ぐずっ…………」

 コアイは今日も枕を濡らすことになってしまった。


 歯は唇を噛み、爪は枕を噛み、心は己の弱さを噛み。




 一度ならず、ニ度までも……何をやっているのだ。


 このままでは、彼女を喚び、共に過ごすこともできない。

 私は、強くならなければ……彼女に合わせる顔がない。



 ……強くなりたい、と思ったのは何時ぶりだろうか? わからない。

 もしかしたら、具体的な魔術の修得でなく……漠然と強さを求めたのは、初めてのことかもしれなかった。

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