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聖域にふたり憩いて

 スノウは部屋へ戻りたいと言う。


「部屋……寝室か?」

 コアイがそう聞くと、彼女はただ頷いた。


「朝まで良く寝ていたのに、また眠るのか?」

 と、コアイは尋ねてしまう。

 寝室で二人眠る……その事自体は、コアイも別に嫌ではない。むしろ嬉しいことではあるのだが。


 ただ、それを尋ねてしまったのは……彼女の心情や事情を、コアイがまだ理解しきれていないからなのだろう。



「うん、まあ……その…………」

 言葉に困っているのだろうか……とコアイは素直に、疑問に思う。

 彼女はうつむき気味にしていたが、黙ったままコアイへ向き直した。

 その上目使いの瞳が、ひどく潤んでいて美しい。


「……だめ?」

 駄目なはずがない。彼女の求めならば。


「わかった、行こうか」

「あっごめん忘れ物あるから先行ってて」

 いつの間にやら彼女は、なにやら小物を手にしている。


 ……忘れ物? ここに?


 コアイには何のことだかよく分からなかった。

 しかし、危険でもないこの場なら……彼女が先に行けと言うのを、断る理由はない。


 コアイが先に出て、スノウを待って……二人は脱衣室でそれぞれ服を着て、寝室へ戻った。



「んぅ〜〜、やっぱベッドが一番!」

 寝室に着くと同時に、スノウが豪快にベッドへ飛び込んだ。

 対してコアイは寝室の入り口近くで立ち止まり、五体を投げ出した彼女の姿を見守るように眺めていた。


「王サマは寝ない? 気持ちいいよ」

 コアイはいつになく真剣な眼差しをした彼女に少し戸惑ったが、何も言わず隣に寝転がった。


「んぅ」

 コアイが隣に寝転がったのを確かめてか、彼女が少しだけ声をもらしながら身体をよじった。

 全身をコアイの側へ横向け、近くの手を握りしめてきた。掌から胸の内へ、熱が拡がるのを感じる。



 ベッドの上で、彼女に熱く見つめられている。

 その強い眼差しは、コアイに何か求めている。


 何を求めているのかはわからないが、そんな気がする。

 けれど分からないから、コアイはスノウを見つめ返し続ける。


 ただ見つめ合っているだけで、彼女の温度が胸に伝わってくるような気がして。

 それが掌からの熱とあわさって、ますますコアイをあたたかくさせる。



 身体が熱い。

 コアイは思わず喉を鳴らす。


 胸が鳴っている。

 憂いなく彼女を見つめていられる喜び、幸福感にコアイは浸っている。




 どれほどの間、彼女を見つめていただろうか。


 見つめれば見つめるほどに、あたたかさを感じられる……と、何時しか空いていた手も彼女に取られていた。

 掌から頭の奥へ、熱と震えが拡がるのを感じる。


 そしてその震えは、彼女にもっと触れていたいと自覚させる。

 コアイは息を吐いた。それは熱く、せつなく。

 それは少しずつ、コアイを痺れさせ、脱力させていく。


 もしかしたら、彼女も同じように吐息の熱さを感じていたのかもしれない。

 ふと、彼女の視線が揺らいだ。

 それに連れて、彼女が握ったままの手を引いた。

 そこにはコアイの身体を動かすだけの力はなかったが……コアイはそれに引き込まれるような、力の抜けるような心地がした。

 それを感じたときには、彼女の顔が近付いていて。



「んぅ」


「んっっ!?」

 長い生涯で、一度しか感じたことのない、ぬるく奇妙なやわらかさ。


 コアイは思わず顔を引き、彼女の様子を確かめていた。


 コアイは軽い眩暈に襲われながら、さまざまな身体の変化を同時に感じている。


 顔に真夏の陽射しを浴びているような感覚。

 胸の内側を拳で乱打されているような感覚。

 熱で浅い呼吸を強いられているような感覚。


 手足が、いや全身が惚けたように震え、少し力を失った感覚。



「ん~……」

 彼女の高くかすれた声と、薄く開いた視線がコアイを貫いた。

 何かが全身を走り抜けたような痺れのあとに、頭を蕩かすような、胸や肚を疼かせるような熱にあてられる。


 力が入らない……ただ、頭が胸が肚が、彼女に触れろと…………



 彼女はそんなコアイの様子も素知らぬ風で、半開きの目のまま、コアイのうなじに手を添えた。

 それがまた、コアイの身体にゾクリとしたざわめきと疼きをもたらして……


 コアイの身体はすっかり抵抗力を失い、彼女の顔が再びコアイに重なる。



 スノウは何度も、コアイに軽く触れては離れてを繰り返した。

 あたたかくやわらかく、そして少し湿気ったそれはコアイをいっそう激しく震わせる。震えに伴って身体中に走っていく痺れは、皮膚を刺すようにすら感じる。

 少し痛むほど鮮明なのに、どこか甘いような。


 すぐ傍で彼女に触れているが……触れていない部分も、軽く触れられているような。


 そして、ますます息が苦しくなってきた。やわらかに触れあう間近の息も、触れあって離れたあとの息も……どちらも熱く熱く胸の内側を灼いているようで。

 またそれは胸の鳴りを更に高めて、身体を揺らす。何時しかそれが少し不安に思えて、空いた手で彼女の肩にしがみついていた。


 身体のあちこちから全身に温度が伝わり、力を奪い、疼きと熱がコアイを蕩かしていく。

 近過ぎてかすんで見えるスノウの顔は、どことなく紅みを帯びたようにも見える。



「すき……」



 と、なにか言葉が聞こえた後に触れられた彼女の先は、もう一つの……熱くうるおったやわらかさをコアイに伝えてくる。


 それは先ほどまでと違い、なかなか離れてくれない。

 彼女のやわらかな先に触れられ続けたコアイの心身は、すっかり脱力して……ときおり小刻みに震えていた。


 彼女の顔が、一旦離れる。


 もう止めてほしい? いや、続けて……ほしい?

 分からない。


 分からないうちに、もう一度されていた。悶々と、蕩けるような心身の中で……力の抜けた手を肩から伸ばして、彼女のうなじにかぶせていた。

 するととてもあつく、彼女も熱に浮かされていることがおぼろげながら分かった気がする。



 うなされるように熱を交換しながら、浅い呼吸を繰り返す。

 身体が溶けていきそうな浮遊感と、意識が蕩けていきそうな浮上感のなかで。


 いや……意識はいつも蕩けている。彼女を想っているときは、いつも。

 今は、それを普段以上に強く感じているだけ。だと思う……


 惚けた頭にふと考えが巡るが、強まる熱でそんなことはどうでも良くなってくる。



 コアイは抗いがたく甘い熱と痺れ、疼きに浸りきって…………何時しか意識を遠のかせていた。




 気付くと、スノウを上にして抱きしめあった体勢で……二人とも眠っていたらしい。

 どうやら夕方まで眠っていたらしく、日が暮れかけていた。



 何故か分からないが、彼女を思うのがとても照れくさい。彼女が間近にいるのが妙に照れくさい。恥ずかしい。

 だがそれ以上に、彼女に先の自分を見られたことを思うと……どうにも堪らなく気恥ずかしい。


 けれど彼女がしたことの結果なら、私は……




 半刻ほどコアイに遅れて目覚めたスノウは、そろそろ帰る必要があると話した。


「そうか、ならばこれを……」

 コアイは城市アルグーンで買った宝飾品……同じ意匠のペンダント二つをスノウに手渡した。


「どちらか好きなほうを持っていってくれ。余りを私が着けて過ごしたい」


「ありがとう! って、すごっ……めっちゃ大きくない?」

 彼女は箱を開けて両者を見比べて……下部の宝石が濃い緑になっているものをコアイに返した。


「あ、できたら、次は……リングがいいな」

「指輪か……分かった、だがそれは何故だ?」

 スノウがそう言うなら、コアイは直ぐにでも準備する気でいる。


「これだと大きすぎて……目立っちゃうから、夏場は着けたまま外出れなさそう」

 そう答えながら、彼女はペンダントを身に着けてみせた。


 コアイには分からないことだが、これは確かに宝石が大きすぎて……地球では使いどころが限られるだろう。それだけでなく、見慣れない意匠と大きな宝石の飾りはいらぬ騒動の種になってしまうかもしれない。


「それとね、恋人同士のペアリングはあこがれなんだよ」

「……そうか、分かった準備しておく」

 言葉の一部にドキリとしながら、コアイは心に留めた。



「もうちょい勉強しとこっかな〜……」

 召喚陣(ペンタグラム)を描くために、彼女から離れると……ふと、彼女が何かをつぶやいていた。


「勉強?」

「あ、いや〜気にしないで」

 彼女がコアイに近付いてきた。そして口づけるまでが、コアイにははっきりと見えた。


「わわ、ああ、の、その……」

 手には小物をいくつか握らされていた。


「またね!」




 コアイはすっかり動揺し以降はっきり喋れないまま、彼女を本来の世界へ帰した。

 気付くと、両目から大粒の涙が零れていた。



 さっき別れたばかりなのに、もう一度彼女に逢いたい。

 碌に声もかけられないのに、また彼女に触れられたい。



 涙のしずくが数滴、足下に染みを作っていた。

 今回の更新が本章『余聞 ぬくもりを浮かべて』のラストとなります。

 思ってた以上に(倍くらい?)長くなってしまったのは反省点かも……


 ともあれ楽しんでいただけていれば、幸いでございます。

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