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わらい眠りみつめて

 匙を、そののちに酒器を口へ運ぶ。

 それを幾度となく繰り返し、その度に破顔する。

 そして店主に酒を注ぎ足してもらう。


 そんなスノウを、コアイは真っ直ぐに見つめていた。

 正面で咲く彼女の笑顔を間近で眺めることに比べれば、己の前に置かれた酒や料理を味わうことなど何の価値も持たない。


 コアイはそう確信している。



「うまい うま!」

 また料理を口にした彼女は、今なお味に飽いたような様子を見せない。

 しかし、そろそろ料理が無くなるだろうか。


「くっ……、ふぅ〜……」

 コアイがスノウの様子を見ながら考えていると、また彼女は酒を飲み干していた。


「……これも食べるか?」

 コアイはふと、己の前に置かれた分……酒も料理も、彼女の側へ差し出してみる。


「えっ、いいの?」

 彼女の目が輝いている。その笑顔と同じように。


「ふふ、勿論だ」

 その笑顔を維持する価値に比べれば、酒も料理も……まるで取るに足らない。

 彼女の笑顔がとても、好ましい……と感じたところで、コアイも思わず笑っていた。



「んふふ……」

 と、嬉しそうな笑い声を漏らしていたはずの彼女が不意に、かくんと首を斜めに曲げた。


 丸く輝いていたはずの目は軽く閉じられ、隙間からわずかに見え隠れする瞳は彩りを保っていない。

 やがて笑顔も失くした、力のない表情をした彼女の頭がフラフラと揺れて……そして彼女はテーブルに突っ伏してしまった。

 コアイは慌てて手を差し出すが、間に合わなかった。彼女はテーブルに頭をぶつけたが、別段痛がっている様子も見せないのは幸いだったろうか。



「兄ちゃん、そろそろタラーを用意で……ん? なんだお連れさん寝ちまったのか」

 ちょうど、店主が二人のテーブルに歩み寄ってきたところだったらしい。


「だ〜から急に飲みすぎんなよって……あっ言ってなかったっけ」

 言われてみれば、今日はその注意を聞いた記憶がない。


「宿に連れて行こうかと思う」

「それがよさそうだな、宿はどこだい? 決まってるなら、そこに料理を運んでやれるが」


 コアイは宿の名を聞いていなかったので、宿の主の外見や案内してくれた門番……名前は忘れたが、主の弟らしい……の話をしてみた。



「ああ、レフの……じゃあイヴァンさんのとこだな。よし、準備ができたらご隠居に持って行ってもらうよ」

 どうやら店主にはコアイ達の宿が分かったらしい。


「今日のお代は、その時にご隠居に渡してくれ」

 ご隠居……先日ここで料理の話や東方の話をしていた老人のことならば、多分顔は覚えている。


「分かった」

 コアイは簡潔に応えた。


「食器はまた明日でいいからな、もし面倒ならイヴァンさんに話しといてくれれば後で受け取ってもいいぞ」

「ついでに、酒も用意しておいて()れないか」

 コアイは店主にそう頼んでから立ち上がり、スノウの隣に身体を寄せて……抱き上げた。




 風変わりな姿をした彼女(スノウ)を抱きかかえた、彼とも見える姿をした彼女(コアイ)が大通りを歩んでいる。


 すっかり暗くなった街の中、二人で歩いていると……すれ違う人間達の数は夕方よりも減っているが……そのほとんどがコアイ達に視線を向けているように感じた。



 何故だろうか……彼女の服装が物珍しいからだろうか。

 それとも、人を抱きかかえて歩く私の姿が物珍しいからだろうか。


 コアイは人間達の視線が少し気になったが、それ以上の気がかりが別にあった。

 コアイは、彼女が苦しそうな、あるいは辛そうな様子を見せていないことを確かめながら歩いていく。


 彼女は、腕の中で静かな寝息を立てている。

 その様子が、どこかあたたかい。

 彼女の様子が心配なはずなのに、それとは別に心地良さを覚えている。


 そのことを少し申し訳なく思いながらも、心地良さを堪能して……宿へ帰り着いた。



「おや、お客様どうかなさいましたか……体調がすぐれぬとか?」

 宿に入るやいなや、主が声をかけてきた。


「酒を飲み過ぎたようだ、一先(ひとま)ず寝かせてやりたい」

「そうでしたか、では急ぎお部屋へ案内いたしましょう」

 宿の主はそれ以上口を挟まず、コアイ達を先日とは別の部屋へ先導した。


「こちらの部屋をご用意しておきました」

 主に連れて部屋へ入ると、城で使っているものほどではないが……幅の広いベッドが備えられていた。

 部屋を見渡す限りベッドはその一台のみだが、その他椅子や机などは二人分備えられているように見える。


「何かありましたらいつでもお呼びください、では失礼いたします。ごゆっくり」

 主はそこまで早口に言い切って、そそくさと去っていった。



 コアイはベッドの横から腕を伸ばし、彼女をなるべくベッドの中程へと寝かせた。

 彼女は相変わらず、静かな寝息を立てている。特に変化のないことを確かめてから立ち上がる……すると身体が離れるため、当然ながら彼女の寝息は微かにしか聞こえてこない。


 そのことが、どうにもさみしくさせた。

 コアイは居ても立っても居られなくなり、彼女のすぐ側に身体を寄せて寝転がった。



 暫くしたら酒場の老人が料理を持って訪ねてくるだろう、それまでは……彼女を起こさずに、ただ見守っていよう。

 人の居ないうちに、彼女をしっかり見つめておこう。


 また彼女が目覚めたら、もう一度楽しませてやろう。

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