おいしく喜びあって
知らぬ間に、彼女の手を引いていた。
「あっ……」
コアイがそれに気付いたのは、ちょうどスノウを宿の外に連れ出した所だった。
コアイは立ち止まって手を握ったまま振り返り、彼女の様子を確かめる。
「ん? どうしたの?」
彼女はコアイの様子を見てか、真っ直ぐにコアイを見据えて尋ねた。
いつも通りの丸く艷やかな瞳、険のない穏やかな表情、明るく高い澄んだ声。
いつも通りにコアイを見つめる、朗らかな彼女。
「いや、なんでもない」
そう応えながらコアイは安堵していた。
宿での話を打ち切り、強引に連れ出し、勝手に手を取っていたが……とりあえず、不快ではないらしい。そんな顔に見えた。
それを確かめられて、安堵していた。
「食事に行こうか」
日が落ち少し暗くなった街の中、スノウの手を取ったままコアイは先日の記憶を頼りに歩いていく。
二人で街の中通りを歩くと、時折すれ違う人間達のうち多くが……コアイ達に視線を向けているのを感じる。その数は、コアイが一人この街を歩いていたときよりも多く思える。
何故だろうか……彼女の服装が物珍しい、風変わりなものだから……だろうか。
コアイにはそれくらいしか思い当たる節がない。
良く分からないから、それはあまり気にせずに……彼女と二人、歩き続ける。
……手を取りあって、のんびりと歩きながら…………と、先日思い付いて浮かれた通りに。
「割と見られてるね……ここではめずらしいのかな?」
彼女も人間達からの視線が気になったらしい。
「珍しい?」
「手つないでるカップル、確かにまわりにはいないっぽいし」
彼女は周囲の人間達についての気付きを語ったが、自身の服装については特に触れなかった。
「それっぽく見られてんのかな?」
彼女は話し続けたが、コアイにはそれより前の一つの言葉が引っかかっていた。
カップル……?
彼女の言うカップル、とは……恋人、伴侶、夫婦、番、恋人同士…………を指す言葉。
コアイは彼女の言葉の一部について考えを巡らせるうち、真夏の陽射しを受け続けた後のような熱を顔中に感じていた。
とうに日は落ちているはずなのに。
道中特に不穏な気配や魔力の存在を感じることもなく……先日酒食を楽しんだ酒場に着いた。
「いらっしゃい、ああこの前の酒豪兄ちゃんか」
酒場の店主も、コアイのことを覚えていたらしい。
「しゅごう兄ちゃんだって、ふふっ」
「お、今日はお連れさんがいるのかい? 見ての通り空いてるから、どこでも好きに座ってくれ」
「じゃああっちのテーブルにしよっか」
スノウが選んだテーブルに、向かい合わせで着席することにした。
「兄ちゃん、今日は何にする?」
店主自らテーブルまで歩み寄ってきた。暇だからなのか、ここは元々そういうやり方の酒場なのか。
「前に食べたクラースイと、タラー……二人分欲しい」
コアイは前回と同じ品を注文する。
「ああ、タラーか……まだ大丈夫だったと思うが、少し時間がかかるから先にクラースイを持ってくるよ。飲み物はどうする?」
「この辺りの酒……アルキと言ったか、二人分呉れないか」
ここでもコアイは同様に注文した。
「そうだな、じゃあ今回は「草」と「白」一杯ずつでどうだい?」
店主の勧めに乗ることにしたコアイは、無言で頷く。
「他に注文はないかい?」
「そうだな……」
コアイはスノウに目をやる。
「わたし実はとてもハラへリっス、料理のことよくわかんないけど今ならモリモリ食べれそうだよ!」
彼女は目を見開きキラキラさせて、握り拳を作りながら主張してきた。
なれば他に何か、彼女の空腹を満たせるものはないだろうか……コアイは城市アルグーンでの食事を思い出す。
「北の街でストローガというものと、アムルン……? とかいう名の料理を食べた。それ等は作れるか?」
「ん? アムレンのことか? 用意しよう。だがストローガは無理だ、済まない」
「品切れ?」
「最近ますます人気だからって、肉がアルグーンにばかり行っちまってよ。こっちでは具材の肉がなかなか仕入れられねえんだ」
「に、にく……? それ食べたかったなあ……」
彼女は肉にこだわりがあるのだろうか。
コアイは彼女の力ない声を耳にしながら、そのことを心に留めておこうと考えた。
「まあレシピもまだ完璧じゃねえけどな……済まない」
肩を落とす彼女に頭を下げてから、店主は店の奥へ戻っていった。
少しの間、店内のあちこちに目を向けているスノウの姿を見つめながら待っていると……酒と酒器と、深めの食器と大きめの匙がコアイ達の前に差し出された。
器の中には、前回と同様に瑞々しく赤い粒の集まりが盛られている。
「ってこれイクラ? ほぼイクラじゃん!?」
イクラ? というのは、向こうの世界での料理の呼び名だろうか。クラースイと似た物が向こうの世界にも存在し、彼女はそれに見覚えがあるということだろうか。
であれば、これにはさほど新鮮味もなく……あまり喜んではくれないかもしれない。
コアイは気をもんでしまう。
「……知っているのか? ならば、食べたことも?」
心配ではあるが、まずは彼女に目を向けて話を聞いてみた。
「こんな赤くて粒でっかい、高そうなのは食べたことないけどね……」
コアイは彼女の答えを聞いて、少し安心した。
ならば良いか。コアイは何も言わずに、彼女が食べるのを待ってみる。
「うわうまっ」
彼女の口に粒が入り、代わりにそこから声が漏れ出た。
コアイはそれを聞いて、彼女の笑顔を見て、深く安心した。
「わぁ、高いのはこんなに美味しいのかぁ……あっうっま」
彼女は匙ですくい取った赤い粒を何度か頬張ってから、酒に手を伸ばす。
「きゅっ……ああー! うまい! すごい!!」
そして酒を飲み込むや否や、愉しそうな声を上げていた。
はっきりとした笑顔と大きな身振りで喜ぶ彼女の様子が、これまでにない程快活、歓喜、溌剌と高揚していて……コアイにはそれが、とても嬉しく思えた。
上手く言い表せないが、とにかく嬉しく思えた。
本年もお楽しみいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願い申し上げます。




