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帰りみちを照らして

 コアイは思い付きのままに(たず)ねてみた。


「これ等と、同じ意匠で作られたものはあるか」



「……別のものになってしまうと思いますが……それでよろしければ、在庫を探してきますね」

 コアイの質問から何かを読み取ったらしい女の、その笑顔は何故か……妙にくどい、少し不自然な色濃さ……そんな風に見えた。


「わかった」

 コアイにはその笑顔の理由は分からないが、目当ての品を探してくると言うならば断る理由もない。


「少しお時間がかかりそうですので、こちらでお座りになってお待ちくださいな」

 着飾った女はそう言いながら、物陰から椅子を一脚引き出していた。



 女は先程見せてきた大きな宝石のペンダントを持って、店の奥へ引っ込んでしまい……コアイは一人店頭に取り残されている。

 見張りを置いておく必要はないのだろうか? とコアイは疑問を抱きつつも、一先ず用意された椅子に腰掛けた。

 そして、暇にあかせて周りを見回してみる。すると見える範囲、手の届きそうな範囲にはさほど価値の高そうなものは見当たらない。


 おそらくこの部屋には、盗みを心配すべき物品がないのだろう、とコアイは納得した。


 実際のところは、店頭に出されている物品の価値という面だけでなく、この店に堂々と出入りする者の懐具合という面でも懸念が小さい故の不用心である。

 しかし、そこまで立ち入った人間の街の事情を察することは……コアイには困難であろう。



 ともあれ、コアイは椅子に座って待っていた。

 やがて手持ち無沙汰になって、コアイは何となく懐へ手をやる。そこにはもちろん、彼女の描かれた肖像画が仕舞われている。

 それを取り出して、広げて……彼女の笑顔を見つめようとした、その時になって足音が近付いてきた。

 コアイはそれに気付くや否や、肖像画を懐に戻していた。



「お待たせいたしました。一組ですが、こちら……なんとか倉庫で見つけました」


 戻ってきた女はコアイへ声をかけつつ、先程と同様に宝飾品を布敷きのトレイに乗せて差し出してきた。


 やや細い金の鎖の先に、緑色の宝石が上下に二つ繋がれている。

 上には周囲に銀細工をあしらわれた小振りな正円の宝石。

 下には大きな……先程見せられたものより少し小さいだろうか、手に握れば辛うじて納まりそうな程の……楕円形の宝石。


「いかがでしょう? 左手のペンダントは、上の石がディマナスで下の石がダイオラスですね」

 上の石が濃い緑、下の石が薄い緑に輝いている。


「そして右手のペンダントは、上の石がダイオラスで下の石が……おそらく、ディマナスです」

 こちらは逆に、上の石が薄い緑、下の石が濃い緑に輝いている。


「おそらくとはどういうことだ」

「申し訳ないのですが、一流の職人でもない限り、昼の明るさのもとでディマナスとアンドラスを判別することは難しいのです」

「アンドラス?」

 先に聞いた説明とは別の名である。


「アンドラスという、ディマナスに似た宝石があるのです。これらは、昼間の明るさでは同じように見えるのですが……夜など、日の光を受けないところで灯火に照らして見比べることで、私たちにも明らかな色合いの違いがわかります」


 では何故、先程は戸惑うことなく宝石三種の説明をできたのか……また、今回も石の種を予測できたのか……

 とコアイは少し疑問に思ったが、大した問題ではないと考えて口には出さなかった。


「ディマナスは灯火に当てても鮮やかで澄んだ緑色を返すのですが、アンドラスは灯火の明かりでは輝かないのです。また、アンドラスは細かく加工することが難しく……その分、大粒の石でもお手頃になっているのですが」


 コアイは女の話を聞きつつも……その話より、そのペンダントの美しさ……特に、上部の彩りを添えられた宝石の美しさが気になっていた。

 同じ銀細工の意匠が添えられた、中央の石の色合いだけが少し異なる……が、どちらもとても美しく感じる。

 

「同じ箱にしまってあったので、この二本はほぼ等価値のものです。ですのでこれはディマナスでしょう。あ、箱も後ほどお持ちしますね」


 周囲を綺羅びやかに彩られつつ、宝石そのものがそれ以上に輝いている。

 光り輝くものを、周囲に添えられた付属物が更に引き立てている。

 鮮やかな緑も、淡い透明感のある緑も、どちらも見事に引き立てられている。



 そしてそれ等は、はっきりとは知覚できていないが……コアイにうっすらとした別種の意欲をも惹き起こしていた。

 周囲を飾ることで、対象の輝きを高める。それは宝石に、限らず……



「ただ男性が着けるには、少し華美すぎる印象を持たれるかもしれませんね」

「構わない、この二本を買おう」



 そう、構わない。

 この女に、男と思われていようと、

 他の誰に、そう思われていようと。


 私は、構わない。

 彼女が私に寄り添ってくれるなら。

 彼女を抱きしめていられる私なら。



 それで、構わない。




 コアイは箱に納めた宝飾品を二つ受け取って、店を出た。そして宿へと来た道を戻っていく。

 道中、宿へ近付くほど人の行き交いが増えていくのを少し煩わしく感じる。



 やはり、この街は少し騒がしい。


 色々なものを買い集め、手持ちの金貨も出立時よりだいぶ少なくなってきた。

 そろそろ買い物を終えて、彼女を()べる場所、喚ぶに相応しい場所を探す頃合いだろう。


 そしてこの街は、そのような場所ではないように思える。

 ここ数日、私を狙う輩が現れていないことを考慮しても……()()は、この街ではないだろう。



 コアイはこの街、旧エミール領の中心都市アルグーン……から去ることにした。


 辺りの様子を見つつ、此処まで来た道をそのまま戻り……先に立ち寄った城市デルスーを再訪することにしよう。

 コアイはそう考えながら、宿で一晩眠った。

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