あいのうたさがして
ここ一ヶ月くらい、かなりの頻度でド○クエシリーズのサントラ聴いてました。
すぎやま先生…………
店外へ出ると、ちょうど日没の頃らしく辺りが少し暗くなっていた。
コアイは少し人の減った大通りを横切って、宿へと戻る。
宿の入口近く、受付には……昼に応対した男の横に、女が立っていた。
昼にコアイを案内した女より若いように見える。それでいて落ち着いた、華やかな装いをしている。
「あ、いらっしゃ……」
「お帰りなさいませ」
女は自分の声を打ち消した男の側に少し慌てた様子で振り向いてから、直ぐに向き直していた。
コアイはそれを気にせず、二人に尋ねてみる。
「この街の、宝飾品、装具、工芸品……それ等を売る店に心当たりはあるか」
「装飾、工芸品ですか……そういうものなら、私より主のほうが詳しいでしょう」
男はそう言って横の女に目配せする。
「あっはい、そうですねぇ……宝飾品なら、大通りを街の中央……奥へ行けば、邸宅街の手前あたりに宝石店が二軒ありますねぇ」
女は顎に手を当ててから、のんびりした口調で話し始めた。
「その他は予算次第ですが……高級品をお求めなら……宝石店で頼めばたぶん手配してくれると思います。そうでないなら……」
女の口調はゆっくりしたものだが、話が止まりそうな気配はない。
「お客様、失礼ながらご予算のほどは?」
「あっそっか、先に聞いとけばよかった……ごめんなさい」
何かを察したのだろうか、横の男が女の話を止めた。そして何故かは良く分からないが、女は呟いてから俯いていた。
「予算……金額は、特に気にしていない」
コアイには特に気にすることもない、状況を正直に伝える。
「そうでしたか、であれば」
「なら、宝石店で相談すれば……うまく行きそうですね。女性への贈り物……ですか?」
「お嬢様。お言葉ながらそこまで立ち入るのは少し不躾かもしれません」
男はそうたしなめながら苦笑した。
「あ、ごめんなさい……」
「構わない。そのつもりだ」
先程も似たようなことを言われた、何も気に障ってはいない。コアイは思ったままの言葉を返す。
「失礼いたしました……ところでお客様、お決まりなら、で結構ですが……明日はお泊りになられますか?」
「ああ、明日も泊まりたい。だが食事は要らぬ」
「承知いたしました、ごゆっくりお過ごしください」
コアイは男に希望を伝えて、奥の客室へ向かって歩き出した。
「いいなあ……」
ふと後方から聞こえた声に、コアイは立ち止まり少しだけ振り向いて……
「あ、いえなんでもありません」
無言のまま顔を戻し、また歩き出す。
先の女の声が、何を意味しているのか……それは、コアイには良く分からない。
ただ……何にせよそれは、コアイには関係のないことなのだろう。
客室に入ったコアイは、直ぐさまベッドに寝転がった。
柔らかな枕に顔をうずめたところで、懐に硬い引っかかりを感じて、その原因となっていた教団の短刀をベッドの外へ放って……そのまま眠りこけていた。
そして翌日、コアイは突然おぼろげな不足感を覚えて……目を覚ましていた。
朝か……と思ったが、窓に射し込んでくる陽の光の向きからすると……どうやら既に昼の刻らしい。
朝であれば、農産物でも見に行って、のち宝飾品を探してみようかというところだったが……
昼過ぎならば、昨日とは別の酒場へ行ってみようか。
……けれど、その前に……
コアイは懐から、昨日の異物……鞘付きの短刀とは比べようもないほど大事な……一枚の紙を取り出す。
眠りを覚まさせた不足感、それを晴らすためのもの。
コアイはそれを、じっと見つめている。
少し胸が熱く、息苦しくなるのを感じながら。
陽の光が少し赤味を帯びた頃になって、コアイはふと我に返った。
夕暮れ時、まだ明るいうちに……酒場へ行ってみよう。
……彼女のために。
コアイはもう一度だけ、紙に描かれたスノウを見つめてから……それを丁寧に懐へ収めた。
コアイは胸にあたたかさを抱きながら宿屋を出て、大通りを横切る。
身を隠すことはしない、堂々と市井に姿を晒す。
元より逃げ隠れするつもりなどないが、特に今は……コアイの命を狙う者達に、なるべく姿を現してほしいから。
……とは言っても、街の喧騒のなか、それも僅かな時間のうちにコアイへ襲いかかろうという者など居はしない。
コアイは何となく、昨日訪ねた酒場から斜向かいにある酒場へ足を向けていた。
一歩一歩近付くごとに、耳が笑い声を拾う。
どうやら酒場は随分賑わっているらしい。
酒場の前まで進むと、入り口の脇に【酒! 笑え! 牛喰屋!】と書かれた看板が立てかけてあった。
一先ず入ってみようと、コアイは入り口をくぐった。
「『牛喰屋』へようこそ!」
右手から、快活な男の声がした。コアイにとっては少し煩い。
「お一人ですか!?」
「……ああ」
「空いて……ますね、あそこの席に着いてください! ご案内します!」
コアイは先導する男の元気に呆れながら店の奥へと歩いていく。
歩いていると、左右から人間達の、主に男の楽しげな笑い声が……それに混じって、歌声のような音さえも聞こえてくる。
「飲み物は何にしますか!? アクアフがオススメですよ!」
コアイが席に着くや否や、男は注文を聞いてきた。
「アクアフ……」
コアイは昨日の飲食を思い出す。
「それの他に、良い酒は無いのか?」
「他? お、兄さん……」
コアイの問いを聞いてか、男の様子が少し変わった。
「アクアフでは不満ですかい?」
「あれは、私の好みでない」
コアイの好み……それは実のところ、コアイが予想するスノウの好みである。
しかしその差異は、コアイにとって何ら問題ではない。
スノウが好みそうなものを見つけること、それがコアイにとっての問題なのだから。
「へえ……じゃあ、ちょっと試してみないかい? 最近若い職人たちがつくりはじめた、おもしろい味の酒があるんだけど」
「ならば、それを呉れないか」
コアイは淡々と答えつつ、内心では新たな味覚への期待を膨らませていた。




