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さわがしい街中にて

 辿り着いた城市、アルグーンの市街地は行き交う人で賑わっている。



 随分、人間の多い街らしい。


 時々、自分を見ながら荷車を避けて、すれ違っていく者達がいる。

 稀に、遠巻きに自分を見ながら歩き、過ぎ去っていく者達がいる。


 また、一度も自分に視線を向けることなく消えていく者達もいる。



 コアイはこの街を、騒々しい、ごちゃごちゃした街と感じている。

 しかし、今のコアイには分かっている。

 その印象が、この街の価値を決めるわけではないことを。


 コアイにとって、その街の価値を決める基準は……コアイ自身が有するものではなく。




 しばらく広い路地を進んでみると、道の左右に食材を売る店が並ぶようになっていた。

 それ等を横目に見ながら更に進み続けると、そのうちのある一角に……見覚えのある食材が積み上げられていた。

 タラス城を出る前に食べた……紫がかった赤色の、楕円形の根菜。マルグ・ラーフと呼ばれているのだったか。


「これは売りものか?」

 コアイは赤紫色をした塊の側で立っている男に声を掛けた。


「ん? そうだが……仕入れならもう少し早起きして来ねぇとよ、目ぼしいもんはあまり残ってねぇぞ」

 男はそう言いながら笑っていた。コアイが()かせているほぼ空の荷車を見て、農産物の仕入れに来た商人だとでも思ったのだろうか。


「いや……それにしても、随分多いな」

 コアイは否定しつつ、商品について尋ねてみた。


「ああ、ちょっと前にこいつが大量に売れたって話を聞いたんで、産地の村々で買い集めてきたんだがよ……」

 男は笑顔のまま、背後で山積みになったマルグ・ラーフを一目見て……再びコアイへ向き直す。


「こりゃ下手こいたかもしれねぇな」

 男は笑顔のまま頭を搔いていた。


 ふとコアイは、タラス城でのソディとアクドの様子を思い出す。



 あの二人は確か、これを楽しそうに食べていた。

 私には良く分からなかったが……

 もしかしたら、彼女にも喜ばれるかもしれない。



「これを()れないか。樽詰めで、二つ程……か」

 コアイは何となく思い付いた量を注文してみた。


「お、じゃあなるべくきれいな樽を付けてやらなきゃな、それで二樽分か……銀貨四、いや三枚ってとこでどうだい」

 コアイは男の要求通り、銀貨を三枚渡した。

 コアイに農産物の相場は良く分からないが、おそらく高くはないのだろうと考えた。


「よしきた、樽に入れて車に乗っけるから少し待っててくれよ」

「この街に、馬や車を預けられる宿はあるか」

「宿か、それなら……この先に分かれ道があるんだが、見えるか? あそこを右に行けば、その先に宿屋が何軒かあるからそっちで聞いてみるといい」

 男は路地の先にある分かれ道を指差して示してから、根菜の山の奥に隠れていた樽を引っ張り出してそこにマルグ・ラーフを詰めはじめた。



「じゃあな、ありがとよ兄ちゃん」


 マルグ・ラーフの詰め込まれた樽を二つ荷車に載せてもらったところで、コアイは宿を探すため立ち去った。

 すると荷車が少し動いた辺りで、コアイの背後から声が聞こえてきた。


「なに!? あるだけ全部だと?」 

「はい、比較的日持ちする野菜なので、買える時に確保しておきたいんです」

「そいつはいい話だが、なんか理由(わけ)ありなのかい?」

「最近、ある商会の幹部がこれを買い占めようとしている、という噂がありまして……」

「へぇ〜……どこのどいつか知らねぇが、買い占めねえ」

「これが手に入らないと少し困るのです」

「困る? てぇことは……」



 背中越しに聞こえる会話は放っておいて、コアイは教えられた方へ向かい宿を探す……そして最初に入った一軒で、首尾よく馬と荷車を預けることができた。


 一旦客室へ通されたコアイは、部屋までの案内をした中年の女に街の酒場について()いてみた。


「そうですねえ、ここから西へ行って大通りを反対側へ渡ったら、そのあたりに人気の酒場がいくつかありますよ」

 そう聞いたコアイは客室で一息付いてから、金銀の貨幣のみを持って酒場を訪ねてみることにする。



 外へ出てみるとまだ日が高かった。もしかしたら酒場はまだ開いていないかも知れなかったが、コアイは気の向くままに街へと歩き出していた。

 宿屋から出て西へ、つまり馬と荷車を置いて大通りへ戻る格好となったコアイが、大通りへ差し掛かったころ……


「どけっ、どいてくれっ!」


 単騎で駆ける馬蹄の音と、人々のどよめきが聞こえた。

 ちょうどこの時、コアイの他に大通りを横切ろうとした者はいなかった。そのためコアイだけが突出した格好となったが……当のコアイは慌てず騒がす、馬蹄の音に視線と意識を向けた。

 ……わざわざ避けてやろうという気にはならない。

 

「クソッ!?」

 騎手の手綱さばきでコアイを避けていったのか、コアイの身体を護る斥力にいなされたのか……結果として、軽装の騎馬がコアイの目の前から右後ろへと駆け抜けていた。

 またその動きのためであろうか、騎馬はコアイの足元に棒状の物を落としていた。


「バカヤロー気を付けろ!!」

 騎馬は怒声を上げながら、止まることなく走り去っていった。

 どうやら落とし物には気付いていないらしい。



 コアイは駆け去っていった騎馬の後ろ姿が小さくなっていくのを眺めてから、(おもむろ)に落とし物を拾い上げた。


 確かめてみるとそれは、あの短刀……先日、城市デルスーで入手した短刀と同じ外観をしていた。

 教会の暗殺部隊と言われる襲撃者が持っていた短刀と、同じ外観を。



 先程の人間も、ミリアリア教会とやらの手の者なのだろうか?

 しかしそれにしては、私の姿にも気付いていない様子であったが。


 ……何にせよ、近くに残党がまだ居るというなら……少し様子を見てみようか。

 今なお刃向かおうとするのなら、そこで死なせてやる。



 コアイはそんなことを考えながら、一先ず酒場へ向かった。


 酒場があるらしい一帯に差しかかると、大通りのそれとは少し異なった喧騒を感じる。

 それはどこか、野放図な……少し彼女に似ているような、彼女を想わせるような喧騒。

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