声を聞いて音きいて
「兄ちゃん、ずいぶん飲むなあ……あまり急に飲みすぎるなよ」
店主の声は、コアイにはあまり届いていない。
何故なら、コアイは思い悩んでいたから。
奴等は襲い掛かってきた時ですらまるで魔力を感じさせなかった、魔力自体全く具えていないと考えて間違いないだろう……
しかしそれはむしろ、今のコアイには不都合であった。
魔力を持たぬ者の存在は、目や耳、あるいは皮膚に触れて捉えない限り……確かめられない。そのような者等は、コアイ本人にとっては何の障害とも危害ともなり得ぬ小さな存在だが……
コアイにとって近しい誰かを守ろうという場合には、むしろ大きな懸念となってしまう。
彼女を、例えほんの僅かでも……危険に巻き込みたくない。
それは、コアイがスノウに対して……常に気遣っていることのひとつ。
「……これ等は、他の街でも食べられるのか?」
一度別の街へ移動して、奴等の反応を試すのも一手か……と考えたコアイは、店主に問うてみる。
「他の街ぃ? ウチ以外で食おうってか……ま、兄ちゃんたくさん飲み食いしてくれたし、お礼ってことでいいか」
コアイの問いに、店主は何故か笑っていた。
「そうだな……南西のドイトにはタラーは無い。だが北西のアルグーンならもしかしたら……春先までに仕込んだ分が残ってるかもしれん」
「そうじゃな、だがあの辺りは……ここより人も多く、また春や夏はここより暖かい。ゆえに氷を溶かさぬのが難しい。今日まで残っとる可能性は低いじゃろうな」
二人は丁寧に、近隣の街について教えてくれた。
「アルグーン……」
「それと、もしアルグーンに残ってたとしても……ここよりは味が落ちるだろう。そのことは、自信を持って言っておくよ」
「それに、アルグーンならクラースイはあるはずじゃ。ただ、ここよりは味が落ちるじゃろう」
その根拠は良く分からないが、店主も老人もここの料理が良質だと強く推している。
「そうなのか」
コアイはまた酒が注ぎ足されていることに気付き、一息に飲み干す。
「は〜……それにしても兄ちゃん、顔に似合わず酒ご……あ、いやすまない」
「……代金はいくらだ?」
店主が何かに感心していたようだが、それはどうでも良い。コアイは地図が荷車に載せてあることを思い出し、一旦宿へ戻り地図を見直すことにした。
「あ、持ち帰りは無しでいいのかい?」
「また来るつもりだ」
コアイは店主に言われた通りに代金を支払い、酒場を出た。
夜が更けて、酒場の外はすっかり暗くなっていた。宿への帰り道を歩きながら、コアイは辺りの様子を窺ってみる。
先刻の男達が、コアイを監視しているか否か……奴等の姿を見つけその動きを知れれば、最上。
いや最上ではないのだが、少なくとも……奴等への対処を優先すべき、という方針が定められる。それで少しは悩みが減る。
だが結局、コアイは先刻の男達らしき人影を目にすることなく宿へ辿り着いた。
但しそれは、男達がもうコアイを狙っていないという確証にはならない。コアイは少し不満に思いながら、荷車が置いてあるという宿屋の裏手に回った。
そして荷車から地図を取り出し、宿屋の入口へ向かおうとしたとき……灯りが近付いてきた。
もしや、あの男達か?
コアイは少し期待する……
「おい何してる、その荷車はうちのお客さんの……ん?」
期待とは裏腹に、コアイに声をかけてきたのは……松明を持った宿の主だった。
「なんだ、お客様でしたか。先に一声かけてくれればよかったのに」
宿の主は気の抜けた様子だった。それを見たコアイも気が抜けた。
コアイは宿の主とともに屋内に入り、ひとり客室へ向かった。
そして気の抜けたまま、地図を床に転がしてベッドに倒れ込む。
奴等が居ないのなら、ここで彼女を喚びたいが……
と思い浮かべたところで、同時に心配が浮かんでしまう。
まだ早い、けれど逢いたい……コアイはスノウの肖像画を忍ばせた懐に手をやる。
そして、取り出したそれに目を向けて気を紛らわせ……ようとしたとき、ふと魔力の存在を一つ感じた。
それはさほど強いものではないが、まずまずの速さで真っ直ぐコアイへ近付いてきている。
私を目指している? だとすれば、何者だろうか?
今、私の居場所を正確に知る者は……居ないはずだが。
コアイはベッドに寝転がったまま肖像画を懐にしまい、魔力を放つ存在の動きに気を配る……
するとそれはほぼ一定の速さでコアイから数十歩程の距離まで迫り、一旦止まってからコアイの周囲を一周した。
その後、魔力は一箇所に留まり続けていた。
コアイはその魔力を不審に思ったが、起きて魔力の場所へ向かうほどの意欲は起こらなかった。
そこで寝転がったまま様子を見ていると……離れた場所に他の魔力がいくつか現れ、それ等がコアイの近く、最初に現れた魔力と同じ場所に集まり固まっていた。
コアイから見たその方向には、窓がある。
この建物の構造を確認したのち、窓からの侵入を試み集結している……のだろうか? もしそうだとすれば、この魔力の持ち主は……私を狙う刺客だろうか。
だとすれば、何故私が此処に居ることを知っているのか?
コアイは少し面倒に感じながら、起き上がりベッドに腰掛けた。
面倒だが、もし私を殺しに来るのなら相手してやる。
そう考えて待ち構えるコアイの耳に、窓から……何やら呟くような音がきこえてくる。




