表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/313

うつろいを感受して

「なんだって!? まさか、奴が来てるのか!?」

 怒声に遅れて、戸惑ったような声が聞こえた。


「見てみろよ、あの小ぎれいなすまし顔!」

「間違いないです! あんな冷たくてあやしげな美形、忘れるはずありません!!」

「そうか、俺は顔まで見てねえから分からなかったが……お前らがそう言うなら!」



 コアイは騒ぎ声を無視して、店主らしき男の近くに着席しようとする。


「おい兄さんいいのかい? こっち来てるぜ」

 店主らしき男の言う通り、コアイの許へ三人の男が歩み寄ってきた。振り返ってそれ等を見ると、三人はいずれも戦士、あるいは兵士といった風体をしている。


 敵意を剥き出しにして近付いてくる者達。しかし彼等の、いずれからも……特に目立った力は感じられなかった。

 コアイは彼等を見やるのをやめて、正面に向き直した……


「おいアンタ、ずいぶんつれない様子だが……ツラ貸してくれよ」

「……何用だ」

 コアイは声に向き直すことすら面倒に感じて、身体を動かすことなく応えた。

 ……当のコアイにしてみれば、言葉を返すだけでも億劫であった。


「なんだ、ずいぶんスカしてやが」

「プレスター団……知らんとは言わせねぇぞ!!」

 別の声が、最初に声をかけてきた男の少しおどけた言葉を遮った。


 プレスター団……?

 何処かで聞いたような名……とコアイは思ったが、それ以上のことを思い出す時間は与えられなかった。


「父の仇! 表へ出ろ!!」

 最も年少なのだろうか、今にも襲いかからんばかりに目を剥いている若い男が声を張る。


「仇? それは、私を殺したいということか?」

「……アンタら、もめ事なら外でやってくれよ」


 コアイは面倒に思いながら立ち上がり、男達を押し退けて店の外へ向かった。


「なっ!? テメェ、待てよ!!」

「ケンさん、追いましょう! やってやる、やってやるぞッ!!」



 酒場の出入り口から少し離れた辻で、コアイは三人の男に囲まれている。


「ゲイロードの子ハビット、父の仇であるお前に決闘を申し込むッ!」

 コアイに正対している若い男が、高らかに宣言しながら剣を抜いた。

 剣を抜いた男を含め、周囲の人間達からは魔力を感じられない。コアイにとっては魔力を伴わない剣など、どれ程速く、鋭く、優れていても……


「仇よ、我が剣を受けよ!!」

 若い男が力強く踏み込んできた。男は横薙ぎ、次いで袈裟がけと荒々しい剣筋を見せる。

 しかしそれ等はけしてコアイに触れることのない、虚ろな刃である。


「って、待てよ立会いの口上がまだだぞ」

「別にいいんじゃねぇの、俺たち正騎士じゃねぇし」

「ま、それもそうか……そんならよ、いっそ俺たちも」

 斜め後ろから聞こえた男達の言葉の後に、剣身が鞘の内を擦る音がして……


 されどそれ等がもたらした追加の剣撃も、コアイの皮膚に触れることはなく。




「な、なんだよ、この技!?」

「見えない何かに剣をいなされてるようだ、これもこいつの魔術か!」

「俺と父さんの剣が、届かない……なんで…………」

「よく分かんねぇけど気持ち悪ぃ!」


 何度も何度も剣を空振った男達が足を止めてわめいているのを、コアイはただ面倒に感じていた。



 ……何の楽しみも感じさせてくれない、つまらない者達。


 取るに足らぬ雑兵が騒ぎ立てているだけの、退屈な場。

 敵手と見なせる程の力も持っていない、味気ない者達。


 ただの、邪魔者……



 そう感じていながら、コアイには彼等を攻め……積極的に排除しようという心の働きが起こらなかった。


 闘うこと、敵を討つこと、他者と争うこと…………


 それ等によって感じられたはずの喜悦、高揚、充足、熱情……

 溌剌(はつらつ)、胸を押し拡げていくような活力…………


 それ等が湧き起こらない、それ等をまるで感じていない自分がいた。

 ただただ、目の前の弱い敵達を邪魔くさいと思っていた。




 比類なき強敵……甦った「魔獣の王」との濃密な闘いを経たために、弱者との争いを楽しめなくなったのか。それとも、他者との闘争そのものに喜びを感じられなくなりつつあるのか……

 今のコアイには、あまり解らない。


 ただ、()()()()について考えてみたとき……コアイの胸中に浮かんだものは、何故か……いつもスノウが感じさせてくれるぬくもりだった。




「……用は済んだか」

 コアイは誰に語りかけるでもなく、小さく吐き捨てた。


「ハァ、ハァ……なんで、なんでっ……」

「クっ、クソッ……」

「触れることもできんとは」

 何度も何度も斬撃を試みていた男達は肩を落とし、あるいは膝を落とし、背を丸めて視線を落としている。


「諦めて立ち去れ、私の気が変わらないうちに」

 コアイは男達が誰も攻めてこなくなったのを見て、退くよう促した。

 男達から返答はなく、特に目立った動きもない。


 コアイは改めて、酒場へ入ろうと踵を返す。

 男達とは別の何人かがコアイを遠巻きに見ていたようだが、それは気にせずに酒場へ戻っていく。




「いらっしゃい……ああアンタか、大丈夫だったかい?」

 コアイは特に答えず、先ほど着こうとしていた席に向かう。


「まあ大丈夫そうだな、何にする?」

「クラースイ、タラー……という料理が美味いと聞いた。それ等を食べたい」

 コアイは宿で聞いたままに注文する。


「ああ、タラーか……ちょっと待ってくれよ」

 注文を聞いて、店主は何故か店の奥へ引っ込んだ。


「ご隠居ぉ、タラー準備できるか〜?」

 店主はなにやら大声を上げて、のち回答を得たらしい。


「大丈夫だそうだ。ただ少し時間がかかるから、クラースイを食べながら気長に待っててくれ。ところで飲み物はどうする?」

 戻ってきた店主は飲み物を勧めてきた。

 飲み物ならば、スノウのために酒を試してみるべきだろうとコアイは考えた。


「この辺りの酒が欲しい」

「ここらではアルキって酒を飲んでるよ」

「ならばそれを()れ」


「そうだな……アンタここらは不案内なようだし、始めは「草」にしとこうか」


 店主の話によると……アルキという酒には「草」と「白」の二種類があり、「白」は少し癖があり好みが分かれるとのことだった。


 コアイは「ちびちびと、ゆっくり飲め」との勧め通りに、「草」のアルキを少しずつ飲んで料理を待った。

 酒を口にすると、ピリッとした刺激を鼻と舌に感じた。ただそれだけだった。


 彼女は、これを気に入るだろうか……と悩みながら何度か酒を口に運んでいると、深めの器と大きめの(さじ)がコアイの前に差し出された。

 器の中を覗いてみると、そこには瑞々しい赤く丸い粒がみっちりと集っている。


「これは……?」

 コアイはふと疑問を抱き、呟いていた。


「これがクラースイだよ」

「魚の料理だと聞いているが」

「魚? ……まあ、魚から採れるから……魚料理だな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ