寄り添うものをみて
結局夜明けまで眠れなかったコアイは、外が概ね明るくなった頃を見計らって家を出た。
「お、おはようございます! コアイ様!」
扉を開いた途端、若い男の声が聞こえた。
若者は朝から、随分元気の良い様子だ。
「門前で待っているとは、何かあったのか?」
「あ、いえ、まずはごあいさつをと思い……」
「……そうか」
確かに言われてみれば、若者はさほど慌てた様子でもない。
であれば、門前で待っている理由など無いように思えたが……コアイは特に口を挟まない。
「わっ……わあ……」
別の小さな声に気付くと、若者の後ろ……十歩ほど下がった辺りにしなやかな長髪を伸ばした女が控えていた。見た目には、昨夜屋根から落ちてひと騒ぎしていた女魔術士らしく見える。
その前髪はまるで目元を隠す薄布のように顔へ垂れ下がっている。また顔の前でなにやら手を組んでおり、口元が隠れている。
顔や体はこちらを向いているようだが、その視線や表情は見えない。
「おいカチャウ、コアイ様に会いたかったんだろ? あいさつくらいは自分でしろって」
若者は振り返って女に挨拶を促す。
「へあっ!? ……あ、あの王様、お、おめでとうござあぁっ違うおはおはようございます王様っ」
女はハッとした様子を見せて手を降ろしてから、こちらに歩み寄るでもなく口を開いた。その早口な言葉は、どうにも要領を得ない。
「……ああ」
コアイは特に、それ等について問いただす気にもならなかった。
女のほうでは、コアイの返答を聞くや否や手を口元に戻している。
「すみません、コアイ様……とりあえず一度、村長の家へお越しください」
コアイは若者とともに村長の家へ向かうことにした。
「ところでコアイ様、朝食はお召しになりますか?」
「不要だ」
朝日を浴びながら、昨日来た道をのんびりと歩き出す。
「ほんとキレイ、歩く姿美しい……一人で家から出てくる姿も、アジュと並んでる姿も美しい……趣の違った二人の美形が並び立ってて……」
「きっとどんな荒野に立っていても、泥にまみれていても美しい……あれが…………私たちの王様……」
「ちょっと、まぶしすぎて近づけない……」
コアイ達を見つめているのだろうか、女は立ち尽くしたままなにやら呟いていた。
変わらず視線は髪に隠れ、手は口の前で組まれており表情は読めない。呟く声だけが小さく聞こえてくる。
村長の家へ向かう道中、二人は特に振り返ったりはしなかったが足音や魔力の様子から女魔術士が付いてきていないことを察していた。
確かに、エルフの女魔術士は目立ちたがらない者が多いとは言われているが……朝から寝所を訪ねるほど興味があるのなら、村内でくらい同行すれば良いだろうに。
村で力を認められている魔術士なら、村内での出来事に首を突っ込んでも余程のことをしでかさない限り文句など出ないだろうに。
と、コアイがそこまで考えていたかどうかは分からないが……コアイは若者に確認してみる。
「さっきの女、付いてきていないようだが問題ないか」
「あっ……いえ大丈夫です、コアイ様をお待たせするわけにはいきませんので」
若者の答える様子から、任せておけば良いか……と、何となくそう感じていた。
「おはようございますコアイ様。朝食になさいますか、軽く茶でも飲まれますか」
アジュの父、村長ハタイもまた門前でコアイを待っていた。そして今朝もやはり、茶の話をしだした。
「不要だ、準備ができているなら出発したい」
「わかりました、すぐ連れてきます!」
若者はそう言って走り去った……それほど時を待たずして、何処からか馬を連れてきた。そして馬を村長の家の裏に停めてあった荷車に繋いだ。
荷車に繋がれた馬は、どこか活き活きとした様子に見える。
「時間があったので、馬体の手入れをしておきました。それと、荷車に薬を用意してあります」
荷車に目をやると、見慣れぬ色合い……妙に柔らかで淡い黄色をした壺が載せられている。
「あれか? 壺にしては珍しい色だな」
「カチャウに調合してもらった馬用の魔法薬が入っています。馬が気にする場所や傷口にぬってもよし、なめさせても効果はばつぐん……だそうです」
薬草を調合して治療の魔術を付与したものだろうか。用法を限らず使えるというなら、なかなかに高度な魔術……技巧と知識の賜物だと考えられる。
……馬に限る、というのは良く分からないが。
「分かった、機があれば試してみよう」
「本当はカチャウに説明させたかったんですが……自分で薬壺も作ってて、そういう話題なら普通に話せるんです」
「……そうか、優しいのだな」
コアイは若者から、これまでに何度か触れた、何人かから感じた……それ等と同じ匂いを感じていた。
「えっ、あ、その……はい」
若者はコアイの言葉に戸惑っているらしい。若者の、こう歯切れの悪い様子は初めて見る。
「コアイ様、どうぞ良い旅を」
「礼を言う」
コアイは村を発ち、また荷車を進ませる……
大森林内の村でもう一度泊まるのが良い、だったか。
次の村では、彼女に逢いたいな…………
と考えていたコアイだったが…………次の村でも同じように村人の注目を浴びてしまい、村内でスノウを召喚することはできなかった。
コアイが村人達の耳目の中でスノウを喚ぼうとしないのは……言うまでもなく、村人達よりも彼女への配慮故である。
コアイは村を発ち、また荷車を進ませる……
森を形作る木々の幹や葉が少しずつ様変わりし、大森林を北側へ抜けようとしていることが見て取れる。
しかし今のコアイには、それ等は目に入らない。
今日には大森林を抜けられる……人間の多いエミールの城市であれば、彼女もさほど目立たないだろう。私もおそらく、ここよりは目立たないだろう。
彼女と、安心して眠れるだろう……
コアイはそう心に浮かべながら、日差しの中を微睡んでいた。




