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森の民にかこまれて

 エルフの若者が一旦立ち去った後……先程コアイへ声をかけてきた若者に連れられて、壮年のエルフが駆け寄ってきた。



「コ、コアイ様!? ようこそいらっしゃいました!」

 二人は馬車から少し距離を取ったあたりで、まるで滑り込むかのように足を止めて跪く。


「何もない、むさ苦しい村で恐縮ですが……」

「堅苦しい挨拶は要らぬ」

 コアイはあいかわらず、形式ばった言葉を好まないでいる。


「私は村長のハタイ、こちらは息子のアジュにございます。申し訳ありません、お越しになると分かっていれば宴の準備をしたのですが……」

「まさか、村の者が聞きもらしたのですか?」

「いや……旅の道中に立ち寄っただけだ、気にすることはない」

 (うやうや)しい男達の態度が、少し面倒に感じる。

 その辺り、コアイの他人に対する感性は今でもあまり変わっていないのだろう。


「大仰なもてなしは要らぬ、寝床と馬を繋げる場所があれば良い」

「は、はあ……それだけでよろしいのですか?」

 若者は戸惑った様子を隠せないらしい。


「かしこまりました、準備をいたしますので一度我が家へお越しください。お待ちの間に、せめて茶でもお出ししたく」

 それに対し村長は落ち着いた様子で移動を勧めてきた。



 宿の準備ができるまでの間、コアイは村長の家で待つことになった。


「ところでコアイ様、供も連れずにお一人で、どちらまで行かれるご予定なのですか?」

「北のエミールを見て回るつもりだ」

 コアイは村長が疑いもせず急な求めに応えてくれたことを考え、その質問にも偽りなく答えてやる。


「なるほど、ご領地の視察も兼ねておられるというわけですか」

 村長は満足げにうなずいてから茶をすすっていた。


 コアイは、そこまでは考えてなかったのだがと思いつつ言葉を返そうか……と思案したところで、家の外から声が聞こえてきた。


「オイお前らなにやってんだ、盗み聞きなんかしてたら怒られるぞー」

 宿の準備のために別れた若者の声だった。


「村の子供たちか……し、失礼いたしました……」

「……構わぬ」



「お待たせしました、俺が使ってる家ですみませんが一軒空けてきました。ご自由に使ってください」

「そうか、案内してくれ」

 部屋に入ってきた若者の言葉を合図にコアイは立ち上がる。


「はて、こちらは……お口に合いませなんだか?」

 村長はコアイに出していた茶の方を気にしているらしい。


「いや、私はいい。良ければ貴様が飲め」

 しかしそれはコアイにとって特に必要のないものである、コアイは若者に勧めてやった。


「あ、ありがとうございます! ではいただきます!」

「ってあっ、ご客人用の高いトゥアツァなのに……一気に……」

 喉が渇いていたのか、若者は固い様子で茶を一気にあおった。

 そしてそれを見た村長は、少し不満げな呟きを漏らしていた。



 若者に案内されて外に出ると、ちょうど日が落ちた頃合いであった。コアイは村長の挨拶を背に、宿となる若者の家へと向かう。


「コアイ様、お食事は後ほどお持ちすればいいですか? 今からだと大したものは作れませんが、なるべくがんばります」

「食事は要らぬ、一人で寝させてくれ。それ以外のもてなしは不要だ」

「はい、わかりました! ではせめて、お連れの馬にしっかり草を食わせておきます」

「そうだな、それは頼む」


 広場の辺りで一旦足を止めて、夕食についてもう一度確認してから向きを変えて再度歩きだす。位置的には村長の家からそれほど離れていないようだが、良く(なら)された道を選んで歩いてきたらしい。



「ここです、コアイ様」

 案内された家は建てられてからまだ日が浅いのか、壁板が月明かりを優しく反射している。


「一人で住んでいるので、何もない家ですが……その分せまくは感じないと思います。ご自由にお使いください」

「助かる」

「と、とんでもありません! 私は父……村長の家におりますので、何かありましたら訪ねてください」

 若者は門前でコアイに説明し、立ち去ろうとした。


 が、数歩進んだところで立ち止まった。


「あれ、妙だな……」

 若者はなにか違和感を覚えているらしい。

 コアイは特に気にはしていなかったが、意識すると確かに若者とは別の魔力が漏れているのを感じる。


「誰かが近くにいるな」

「そのようですね……全く……」

 若者は足下から小石を拾い、近くに生えた植え込みの奥辺りに放り投げた。


「いてっ!?」

「おいコリ、王様をのぞき見なんて失礼だろ!」

 植え込みの奥から子供が二人出てくる。


「ん? アリンもか……」

「ごめんなさい、きれいだからもっとみたくって」

 後から出てきた子供が、謝りながらコアイの美しさをほめていた。



 この子供も、私を綺麗だと言うのか。

 けれど私は、やはり……彼女にこそ、綺麗だと言われたい。



 コアイは改めて、スノウのことを思い出す。


「まだもう一人居るな」

 彼女のことを想いつつ、コアイは別の存在を認めていた。


「ど、どこですか? ……あっ!」

 若者はコアイの目線が屋根に向いているのを頼りに意識を向けて、そこで何かに気付いたらしい。もう一度足下の小石を拾い、強く投げつけた。


「痛っ!? あっ、わわわたっ落ちちゃうっ!?」

 女の声のあとにどすん と音がして、地面に倒れる長髪のエルフの姿が現れていた。



「やっぱりお前か」

 若者が呆れたような声を上げる。


「何やってんだよ、カチャウ……子供かよ全く」

「あはっ、あ、ど、ども……わ、わた、わたしこの村の魔術士ですカチャウというものです」

 どうやら村の者らしい。


「で、何してんだお前」

「あ、あのそのほらほらアジュ言って言ってたじゃん新しい王様がものすごくそのカッコイイって」

 それは魔術を用いてまで隠れる理由にはならないだろう、とは言わないでおいた。


「いやだからって王様のことのぞき見んなって」

「あっでもそのほらあのアジュよりカッコいい人初めて見れたからあのその」


「……それが、どうかしたのか」

 コアイは思わず呟いてしまった。それに何の意味があるのだ、と。


「ヒッ、す、すみすみませんでしたぁーーーーーーー!!」

 コアイが怒っていると思ったのだろうか、女は飛び去るように逃げていった。


「すみません、村の者が……カチャウは幼なじみなのですが、ああ見えてあれはとても優れた魔術士なのです。どうか非礼をお許しください」

 若者は視線を落としている。


「別に構わない、私は休むことにする」

 コアイはそう言い残して、家へ入っていった。




 ここなら、私の他には誰もいない。

 しかし、こうまで注目されているのでは……ここで彼女を()ぶわけにはいかないか。



 コアイは新しいシーツの敷かれたベッドに横たわりながら考える。


 彼女……スノウのことを、思い起こしてしまった。

 彼女に綺麗だと言って欲しい……と、思いわずらってしまった。


 そんなときに、彼女を喚べないなんて。



 コアイは懐に入れておいた、彼女と自分の肖像画を見つめながら……せつなく感じている。

 そのせつなさをどこにも発散できないまま、夜明けを迎えるのだった。

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