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ゆるやかに引かれて

「んじゃ、もう一仕事してから昼寝にすっか」

 大男アクドがそう言いながら、空いた各人の皿を下げようと立ち上がる。


「帰ってきたばかりで、そう慌てる必要もあるまい……陛下もお急ぎというわけではなかろうに」

 老人ソディの言う通り、コアイは特に急ぐ気はない。


「王様のためならそのくらい構わねえさ、というか……帰ってきて飯食ったらなんか元気になっちまってよ」

 アクドはそう言いながら、笑っている。


「余程あのカブが気に入ったのかのう? まあ良い、なれば(わし)も、早めに金を用意しておこうかの」

「俺は馬と荷車と、念のため幌を用意しとこう」

 食器を片付けると、二人は早速具体的な話を始めた。

 まるで、直ぐにでも出立しようとしているかのような二人の所作。


「幌……ふむ、確かにあの辺りだと一雨あるかもしれんな」

 別に急ぐ理由はないのだが、無理に彼等を止める理由もない。

 コアイは二人のやり取りを、ただただ眺めていた。



「陛下、雨避けの外套は持っておいででしょうか?」

「外套?」

 突然話を振られ、コアイは若干戸惑う。


「今頃のエミールでは、夕から夜半にかけてザッと強めの雨が降ることがあります」

 西……タブリス領へ行った時には、そんな話はされなかったことを思い出す。


「それほど強い雨が降るのか?」

「雨が強いというよりは、寝てるときに降られると気持ち悪くて目が覚めちまうからな。だから野宿するときなんかは荷車に幌をかぶせてそこで寝るか、荷車がないなら外套をかぶって雨よけしながら寝ると安心だ」


「夜中の雨は、寝る前の空を見ても予測できぬのか?」

 コアイは急な雨の話に興味が湧いたのか、二人にあれこれと()いてみた。


 過去、「魔術の王」として君臨していた頃には気候にあまり興味を持たなかったから、天候の変化についても気に留めなかった。

 だから、昔からそういう気候だったことを覚えていなかったのか、最近になって気候が変わったのかは分からない。


 ただ実際のところ急な降雨は、コアイ個人にとっては問題でない。

 コアイには、「護り」がある……眠る際でも身体の周囲に斥力を起こしていれば、雨粒など問題にならない。


 しかし、今……コアイの注意は別のことに向いている。



 今、コアイが天候に関して考慮するのは自身よりもむしろ積荷への悪影響であった。

 せっかくの土産物を帰り道で台無しにしてしまったら、彼女に申し訳ないから。


 過去には、気に留めるどころか考えようともしなかった……考えようという発想すらあり得なかったこと。



「はい、夕から夜半にかけては急に雲の様子が変わることがあるのです」

「そうなのか。外套は要らぬ、荷車の幌があればそれで良い」


「それより、地図が欲しい」

「ああ……うっかり忘れておりました。失礼いたしました、用意しておきましょう」

 コアイは胸の奥を浮かせたような心地で、寝室へ戻っていった。

 そしてベッドに転がり、壁に飾られた彼女を見て……()()がより高まったところで、暖かさに誘われて眠ってしまった。




 翌朝になって、ソディが寝室を訪ねてきた。


「陛下、お目覚めですかな? ご出発の準備が整いましたぞ」

 扉を開けたコアイに、ソディが地図を手渡す。


「結局アクドよりも儂のほうが時間がかかってしまいましたな、申し訳ありません」

「……気にすることはない」

 頭を下げるソディに対し、コアイは素直に答える。


「地図には国境までの道程と、エミールの主な城市について記しておきました。また金貨の袋は荷車に用意してございます」

「ありがたい、助かる」

「ほっほっ……おっと、これは失礼」

 素直に答えるコアイに対し、ソディは何やら嬉しそうに笑っていた。


「何時頃、出立なされますかな?」

「……可能なら、今から行こう」

「承知いたしました、陛下」

 二人は屋敷を出て、荷車が用意されている城門へ向かった。



「陛下、それでは……良き旅を」

「ああ」

 コアイはソディのみに見送られ、馬を北の林道へと歩かせた。

 アクドは例の赤カブの調理法について明け方まで試行錯誤していたらしく、泥のように眠っているため見送りに来なかった……とのことであった。

 と言ってもそれは、コアイが特に気にする事柄でもない。




 日が高くなったころ、コアイは馬を御しつつ地図を確認していた。

 ソディが記したであろう地図中の書き付けによると……出発時刻にもよるが、馬車であれば二日目の夜までは大森林内の村に泊まるのが良い……とのことであった。また、それに適した位置の村についても記載されていた。


 コアイは記述に従い、地図に記されたエルフの村へと馬を進めることにした。




 夕暮れ時となった頃、コアイを載せた馬車は村の入口に差し掛かった。

 大森林の内側の村では、他所者の侵入を拒む門扉は備えられていないことが多い。この村も例外でなく、コアイは誰に断ることもなく村へ入ってみる。



「おきゃくさんだー」

「わーきれー」

「かっこいいなー」


 何時しか、コアイはエルフと思しき幼子達に囲まれていた。


「貴様等は、村長……ではないな。村長に会いたい」

 コアイには、幼子に何と言えば適切か……などということはまるで分からない。


「きさまら?」

「むらおさ? ってだれのこと?」

「わかんないけどかっこいいなー」

 コアイには、続けるべき言葉がなかなか浮かばない。



「どうしたお前ら、行商人でも来てんのか?」

 戸惑っていると、村の奥から子供のものではない声が聞こえた。


「助かった、村長に……」

「ん、あんた……いっいや、あ、あなた様は!?」

 駆け付けた若者も、コアイの姿を見てか戸惑った様子を見せる。



 どうやら話は進展しそうだが……やはりコアイには、取るべき対応が良く分からない。

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