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密と熱の渇を満つ 日はいつか

 今、私の傍には、彼女がいる。私はそれでいい。



 コアイは自身の腕にしがみついて眠るスノウを起こさないように、ゆっくりと身体を彼女の側へ向ける。


「ん……」

 刺激してしまっただろうか、微かに開いた彼女の口から声が漏れた。目の前から聞こえたその声の心地良さに、コアイは思わず笑みをこぼす。


 そして一息ついてから、コアイはもう一度目を閉じた。

 すると眠りにつくより先、意識のあるうちに……


 柔らかな何かが、口に触れた。


「っッ!?」

 コアイは反射的に目を開き、同時にそれを押し退ける。

 押し退けていたのは、スノウの寝顔だった。



 ()()に気付いたせいだろうか、口元が微かに痺れたような余韻を感じる。

 ただ、それよりも……胸の中を何かが暴れているようで、少し痛い。


 少しの間、それに耐えていると……吐息が胸を熱く鳴らしながら、力なく開いたコアイの口から漏れていった。

 それをきっかけに、胸の中を這い回っていた何かが、全身に拡がっていく。

 それらは拡がった先の皮膚を疼かせ、昂らせ、そして気恥ずかしさで震えさせる。


 心身を焼き付けるような熱が、自分を惚けさせているのがわかる。

 そんな自分の身体は熱にうなされるように、弾んだ荒い息を吐き出している。



「ん〜……おはよう、どしたん?」

 彼女が目覚めていた。


「あ、い、いや、なな、なんでもない……」

 視線が揺らぐ。息が詰まる。

 言葉に詰まる。声が上ずる。


「ん〜?」

 まるで彼女への意識に揺らぐコアイを煽り立てるかのように、スノウは疑問を投げかける。


「きょ、今日は……これから、どうする?」

 コアイは何とか切り返し、誤魔化す。


「あ~……面接近いから帰ろっかなって」

「そうか……」

 コアイは安堵しつつ、残念にも感じた。



 何故かは分からない。

 いつもより、名残惜しい。引き留めたい。

 普段彼女を帰すときよりもずっと強く、そう感じている。



 もう一度、彼女に触れたい。触れられたい。


 普段よりもずっと強く、そう感じてしまっている。




「さてと、せっかくだから帰る前に……」

 彼女は光を発する板状のものを手にしながら、何かを確かめるようにその上面に触れていた。

 そうしながら彼女がこぼした言葉の意味は、コアイには良く解らない。が、以前彼女がこの光板を用いて魔術を使っていたことは良く覚えている。


「はいあっち向いて、キメ顔よろしく!」

「きめがお……こうだったか?」

 コアイが聞き返しながら顔を向けると、彼女はコアイの顔へと身を寄せる。


「いーよいーよー、まばたきしないで、そのまま……」

 彼女は板を持ったまま手を伸ばし、それが発する淡い光をこちらに向けながら輝く面に指を触れる。


 パツッ


 二人に向けられた光板から、聞き覚えのある音が鳴り出した。

 以前と同様に、彼女の魔術が発動したのだろう。


「うん、いい感じ! 印刷したらまた持ってくるね」



「ってそうだった、これ忘れてた」

 彼女は手に下げたカバンに光板を入れて、代わりにそこから紙を取り出す。

 それは以前に彼女からもらった、彼女の肖像画と同じもの。


「ついでにヘアピンとかも付けといたよ、今度はなくさないようにね」

「ああ、ありがとう」

 肖像画が何故失くなったか、それはまだ彼女には話していない。と言っても然程面白い話でもないから、訊かれなければ話すことはない……とコアイは考えている。



「じゃあ……最後にお別れのハグ」

 スノウはそう言いながら、コアイに抱きついてきた。



 彼女の身体から、少しずつ早まる鼓動が伝わってくる。

 私の身体からも、この強い鼓動が伝わっているのだろうか。



「……じゃあ、またね」

 ゆっくりと後ずさり、離れたスノウの姿を見て……コアイは、改めてもう一度触れてほしいと願った。

 手でも、肩でも……口でも。


 しかしそれらを、コアイから言い出すことはできなかった。

 コアイは何も言わず、彼女を本来の世界へ帰した。




 ……またいつでも逢えるから、次はもっと彼女を楽しませよう。

 

 そしてその後に、また私に触れてくれたら良い。





 コアイがスノウと別れ、城に戻ってから二日後の昼下がり。


 ソディ、アクド、大公フェデリコ……エルフと人間双方の重鎮達がコアイの寝室の前に集まっていた。

 コアイは扉の向こうで聞こえる声から、それを察した。



「し、寝室の扉のように見えるのだが……ここで良いのですかな?」


「もしや、ご体調がすぐれぬのか? であれば、日を改めましょうか」

「いや、まぁ……いつものことだ」

「いつものこと……?」


「火急の用ならばともかく、いつでも寝室に押しかけるというのは若干無礼な気がするのですが……」

「王様はものぐさ……あ、いやあ、その」

「ええ……あー……陛下は普段、特に用のないときには、あまり寝室からお出でにならぬのです」

「な、なるほど」


「しかしお二方はともかく、私が訪ねても良いものだろうか……大して急ぎの用でもないのだが」

「まあ大公さんなら大丈夫だろ」

「殿下ならばその点は問題ないでしょう、私もアクドと同意見です」



 どいつもこいつも声が高い、大方聞こえている。

 どうやらあの二人は、私を出不精なぐうたら者だと思っているらしい……



 …………私はものぐさ、なのだろうか?


 私はただ、この寝室が……再び彼女の肖像画を飾ることができたこの空間が……心地好いから、ここに居るだけ。

 そういうつもりなのだが。

 客観的に見たら、コアイさんはどう見てもものぐさな引きこもりですよね……



 なお今投稿をもって、余聞『あたたかく薫るかぜ』は一区切りとなります(次回投稿の際には、別の章が立ちます)。


 楽しんでいただけていれば、幸いでございます。

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