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夜と宵と酔に寄る  こころと

「……お、王サマ、起きてる?」


 夕暮れ時と同じように彼女を荷車に寝かせて、同じように彼女の横顔を見つめて、彼女とあたたかく過ごした月夜の中。


「あ、ああ……?」

 突然目と口を丸々と開いたスノウの表情の変化に少しうろたえて、コアイは反射的に返事をしていた。


「横だよね!? 横にいるもんね!?」

「え……ああ、隣にいたが?」

 ずっと彼女の側にいた、ずっと彼女を見つめていた。

 コアイはそれを隠さない。


「よかった……やっぱ夢だった」

「夢?」

 コアイはどうも会話が噛み合っていないように感じたが、特に彼女を問い詰めるつもりはない。


「あっあっ、いや、その……うん」

「どうかしたのか」

 しかし、彼女の慌てた様子はコアイを少し心配させてしまう。


「うん大丈夫、大丈夫だから!? ただの夢だし!」

「……そうか、それなら良い」

 慌てるような夢を見た、というだけなら……さほど気にすることはないか。

 コアイは納得する。納得して、片手で握っていた彼女の手にもう一方の手をそっと添えた。




 夢といえば、近頃……彼女と安穏とした日々を過ごせるようになってからだろうか。

 私も、よく夢を見るようになった。


 しかし、今そんな話はどうでもいい。

 彼女の姿を見るほうが、きっと楽しいから。




「寝れなくなっちゃった……少しお話していい?」

「聞かせてくれ」

 彼女が自ずから発する声が、妙に心地良い。そう感じると、自身の奥底の何処かがむず痒いような気がしてくる。

 コアイはそれを少し意識しつつも、彼女へ向けた真っ直ぐな視線を保つ。



「この前、実家で飼ってた犬が死んじゃった……って、友達がめっちゃ凹んでてさ」

「そなた等は、犬……を飼うのか」

「わたしにはよく分かんなかったんだけど、友達すっごい凹んでて、かわいそうでさ」

 死ぬ、命を失うということは、すべての生者から離れてしまうということ。

 コアイにもそのくらいのことは、今なら解る。


「死しては二度と語り合えぬ、それは辛いことだろう」

「そっか、やっぱツラいよね」

「それはそうだろう、私もあの時は……本当に辛かった」




 二度と彼女に逢えぬと悟った、あの時の……あの時のことを思い出すと、今でも不安で、寒くて、心細く感じてしまう。

 はっきりと寒いのに、目頭だけが熱くなる。


 それを、すぐ側にいる彼女のぬくもりでかき消したくなって。

 彼女に、かき消してほしくなって。



「あのとき?」

「そなたに会えなくなった、ことがあった」

 そう言葉にすると、改めてコアイは当時の寂しさ、絶望感を思い返す。

 

「あの時、私は……っ」 

 コアイは思わず身を震わせながら、彼女の手を強く掴んでしまっていた。

 そんなコアイを癒やすような、彼女の優しげな声が聞こえる。


「……大丈夫、わたしはここにいるよ、ほら元気だよ」


「ああ……ああ、そうだな」

 コアイはそんな彼女に、生返事しか返してやれない。



 二人は静かな夜の下、互いの心を暖めあっているのだろう。

 しかし、少なくともコアイはそれを……完全には理解していない。

 それは、己が受け取っている温もりだけで十分すぎるほど、その心身が満足し浸りきっているせいなのかもしれない。



 やがてコアイはいつしか、眠りについていた。





 私は恐らく、夢を見ている。


 どこまでも広がる白い空間、そこには白い光だけがある。

 その光があまりに強いのか、私は己の姿すら目にできないでいる。



「ダァ・シ・エリイェス」


 何処からともなく声が聞こえた。しかし私の周りには何も見当たらない、ただただ白い光が広がっている。


 私は声の主を探そうと思い、歩きだそうとする。しかし移動できているようには感じられない……いや、そもそも歩いている、身体が動いているという感覚すら無い。



「これでこの子は大丈夫、あとは何とか奴等を……」

「こんなとこにいたのか」

 先ほどと同じ調子の声と、それとは別の声が聞こえた。


「奴ら動いたみたいだ。疲れてそうな顔だが大丈夫か?」

「ついさっき、この子の全てを次元10646に移して十五面封印術をかけ終えたところ。この施術を外部から解いて侵襲できるのは私だけ。アンタの全力でも壊せないはずよ」


「それと事前に、非捕食性付与理論、主席研究員だった私に次ぐ二例目となる全循環型機質受容・供与体移植術も……」

 二種類の声に耳を傾けてみるが、聞き慣れない言葉が早口で流れるためか良く聞き取れない。


「あぁん? なんか難しいなオイ」

「まあ顔と筋肉以外残念なアンタにもよく分かるような説明をするのは難しいんだけど……」

「ぐぬ……そうかもな!」

「少し褒めたんだから拗ねないでほしいわ」

 言葉は聞き取れるようになったが、それ等が意味するところはあまり分からない。



「要はね、もし私がここに戻れなくても……この子が飢えて死ぬことはない、ってこと」


「大丈夫、この子は強い子だから。多分、私よりも」

「そうだな、将来は多分俺よりも……」


「だが、そうだとしても……俺たちはいま、俺たちだけでも、いま戦わないといけない」

「……そうね、この星の先住民のためにも、未来のこの子達のためにも」


「見てみたい、そしていつか戦ってみたいなあ……コアイ、強く美しく育った俺たちの子と」

「そのためには、生きて帰ってこなきゃね……って、本当アンタはそればっかり。確かにコアイも可愛いけど、もう少しくらい私のことも見なさいよね」



 この声…………何故、私の名を?




 と、考えると突然、見えない何かに身体を掴まれた! そしてそれを感じた次の瞬間には……コアイは我に返っていた。


 夜明け前の薄暗い視界に木々が映る。それまでと比べたら明らかに、コアイの視覚ははっきりとしている。

 そして現実的な視界の外れ、コアイの身体には何かがしがみつくように……コアイの腕を抱きかかえるように眠る彼女がいた。

 スノウちゃんはいったい何の夢見てたんでしょうかね……

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