水の際の火の横の
卓を挟んで向かい合う椅子と椅子、そのうちの一方の後方が少し開けている。
コアイは椅子をそちらに向けてから、そこに腰掛けた。
その空間は、彼女を招き入れるための場所……広さも十分だろう。
コアイは少しだけ熱い吐息を一つついたところでなにか思い付き、荷車に戻る。そして持ち出した布地を椅子の前の地面に広げた。
コアイはそうしたところでまた別のことに気付き、土と金と、視界のやや先を想起して詠唱する。
「囲師周するならば、無欠鉄壁たるべし……」
「黒鋼の壁、完全たる璧 『金城』」
轟音とともにせり上がる巨大な石壁が、コアイのいる辺りを円形に囲い込んだ。
招かれざる者が、そこに混じらぬように。
その危険性はおそらく、大きなものではないどころか……極々微小な可能性でしかないだろう。
実際に、召喚時の異物混入など経験したことはない。
召喚や転移の際の、そういう例を目にしたこともない。
それでも、万が一の備えを。
彼女にはけして触れさせない。想定できる、如何なる危害も。
コアイの傍には、何者もいない。
実のところそれは、『金城』の前と変わりない。しかしそこには、憂いもない。
コアイはもう一度、少しだけ熱を持った息を吐いてから……彼女からもらった小物を丁寧に布地の中央へ置いた。そして席に戻り、指先を齧る。
コアイは軽く痛む指先に意識を向けて、血に命ずる。召喚陣を描けよ、と。
指先から、血がゆるゆると流れ出す。流れ出た血は物体に触れぬよう穏やかに流れ、布地の上に赤い召喚陣を象どった。コアイはそれを見てから左手を高く掲げ、指先を召喚陣に向ける。
「mgthathunhuag Moo-la-la!!」
布地の上、召喚陣に代わって現れた彼女の姿。
コアイは前進して身を寄せる、するとそのまま添い寝したいと思えてしまうが……それを堪えて彼女の身体を抱き上げる。
しかし、これはこれで……静かに寝息を立てる彼女に密着し、彼女の体温と微かな身体の動きを間近で受け止めている。
あたたかい。
コアイは彼女を抱いて椅子の近くまで戻ったが、そこでしばらくの間立ち尽くしていた。
コアイが名残惜しそうに彼女を椅子に座らせ、それを卓の反対側から眺めて数刻後……
「ん……まぶし…………」
「おはよう、スノウ」
ずっと彼女から目を離さずにいたコアイは、スノウが目覚めるや否や声をかけていた。
「今日はここで「きゃんぷ」をしよう」
コアイは卓に並べておいた酒を器に注ぎ、手渡しながら語りかける。
「んと……キャンプ? あっうん、もしかして準備してくれたん?」
スノウは辺りを見回しながら、器を受け取る。
「ま、とりまカンパ~イ」
「はー、きれいなとこだね〜」
城から少し離れた、森の中の川沿いに彼女の声が響く。
「けどおつまみがないのはつらい!」
おつまみ……食事のことか。そう理解したコアイは荷車から保存食を持ち寄り適当に並べた。
「つけものっぽいのと、ドライフルーツっぽいのと、パンっぽいのかぁ……」
理由はよく分からないが、彼女はあまり納得していない様子だった。
「この、つけもの的なのはわりとイケるんだけど、もう一品ガッツリしたメインがあったらなあって」
「これはアチャルというものらしい」
確か、野菜や果物を塩や酢、香料で漬け込んだものだとアクドが言っていた。
「これでは不足だったか」
「う~ん、ごめんけどもう一声って感じ……」
不満げな彼女の言葉通り、アチャル以外はほとんど食べ進められていない。
困った、これでは彼女に「きゃんぷ」を楽しんでもらえない。
コアイはもう一度車に積まれた荷を探すが、他に食料らしきものは見つからない。
「済まない、他に食料はなさそうだ」
手ぶらで席に戻ったコアイに、ある提案が……
「つかここ川だよね……川なら、魚とれないかな?」
川といえば魚、魚とは食べるもの、なのか。
そう言われてみれば、昔……配下の者のうちに、魚食を好む者がいると聞いたような気がしなくもない。
だが私は魚など捕らえも、食べもしなかった。だから捕らえ方も、食べ方も分からない。
ここを教えてくれたアクドも、川では魚をとると良い、という話は特にしていなかった。
コアイは遠い過去と近い過去を思い出したが……それらには、魚に係る知見は含まれていなかった。
コアイは素直に、彼女に話を聞こうと思った。
「私は魚の捕らえ方を知らない、どうすれば良い?」
「とり方? そっか、網とか釣りざおとか……なさそうだもんね」
「う~ん……そうだ、ちょっと耳貸して」
何かを思いついたのだろうか。彼女は私の横に駆け寄って耳元に顔を寄せ、小声でささやく。
言葉の当たる弱い衝撃と、彼女の息が私の耳を撫ぜてくすぐったい。
コアイは彼女の助言に従い、指先の傷痕から伸ばした血の縄でやや大きな石を一つ浮かせた。そしてそれを、水面から頭を出している岩に向けて勢いよく投げ付け、強く岩を叩く。
「ひゃッ」
ガァン! と石と岩のぶつかる音が鳴り、そこに彼女の悲鳴が混ざった。
投げ付けた石は砕け散り四散していたが、彼女の反応を窺う限りそれは特に問題ではないらしい。
そしてしばらくすると、水面に大小の魚が浮き上がってきた。
「拾って拾って! なるべくおっきいやつね!」
川へ走っていく彼女に少し遅れて、コアイも川に入り水面の魚を拾い集める。
「えっとねえ、たしかこんな感じで焼くの」
川から上がった後、彼女の処理を真似て魚の腹を裂き、串刺しにした。
そして焚き火を熾して、その前に二人並んで座りながら魚を焼いている。
「あれ、昔、おじいちゃんが教えてくれたやつ。ほんとはやっちゃダメらしいんだけどね」
彼女は隣で、だしぬけにそう呟いていたずらっぽく笑った。それはコアイの視線と心を彼女へ、強く強く引き付けようとする。
(おことわり)
本文中で石打漁(ガッチン漁)を行っていますが、現在日本では多くの河川で禁止されています。マネをしないでください。
海外での規制については不明ですが、生態系への負荷を考慮すると褒められた行為ではありません。海外でも、特段の事情がない限り行わないようにしましょう。
(設定面の補足)
本作中のエルフは、大半が我々の世界でいうラクト・オボ・ベジタリアンです。
なお種族の習慣というよりは、個人の心情として自ら動物を傷つけたくない、単に味や風味が受け付けないから肉や魚は食べない、などの理由がほとんどのようです(彼らにとっては卵や乳製品も、好き嫌いの分かれる食材のようです)。




