森の中の川の辺の
「余聞」と題した章は、原則本編完結後のちょっとしたエピソードを載せる予定です。
木々の間に拓かれた林道。
風に吹かれさえずる青葉。
ゆったりと車をひく若駒。
一人黙々と馬を御す美人。
──この先の辺りに、落ち着いた水場があると聞いた────
春から夏へと移る季節の頃、木々が力強く枝葉を張らせている。
その間を進む、一組の馬と人の姿があった。
彼等が繋がる荷車には、人のほかに数々の荷……大小様々の壺や樽、小ぶりな食卓と椅子、毛布、布地……家財道具の類があれこれと載せられている。
しかし荷車に幌らしきものは付いていない。どうやら長旅をしているわけではないらしい。
馬を御す美人は……煌びやかで、凛々しく、それでいてどこか優しげな表情で進路を真っ直ぐに見据えている。
そんな表情をした美人が、脳裏に思い浮かべていることといえば…………
──前に逢ったとき……
私は城内でスノウを喚び、二人で湯浴みをしながら酒を飲み……それから一緒に眠ることにした。
彼女は寝室に入るや否や、ふらふらとベッドに倒れ込んだ。私は彼女を追うように寝転がって、彼女の身体を抱き寄せる。
酒を飲み過ぎたのだろう、彼女は耳を真っ赤に染めている。私は彼女から伝わってくる熱さを、目と肌で感じ取っている。
そうしているとふと、彼女が私の顔と腕の間でつぶやいた。
「ん……キャンプ……行ってみたいな……」
「きゃんぷ……? ああ、野宿のことか」
彼女の言葉は聞き覚えのないものだが、概念としてはスッと理解できた。
「ん~……野宿ぅ?」
しかし、その認識は少々間違っていたらしい。
「キャンプだよ! 野宿ちがう!!」
彼女は語気を強めながら、私と密着したまま強引に体勢を変えて私のほうを向く。
「大自然にかこまれた中で……ごはん食べて~、おさけ飲んで~、お泊りしたら日の出の日光を浴びて、さわやかな気分になりながら景色を見て~……キャンプだよっ!」
「違う……のか?」
私には、彼女が主張する違いが良く解らない。どういうことなのだろうか……?
と、それよりも私は別のことに気付いてしまった。
彼女の顔が、目の前にあることに。
その吐息が、私の唇を撫ぜたことに。
ち、近い……一度それを意識してしまうと、私の感覚は熱くぼやけてしまう。
目は泳ぎ、鼓動は早まり、身体は……思考とともに、痺れ…………
何もできない、なにもかんがえられない。
彼女の丸く輝く瞳を映す私の視界は、規則的に届く彼女の息づかいに揺らされている。
しかしそんな私の動揺を知ってか知らずか、いつしか彼女の目は閉じられ、唇は動きを止めていた。
それを察した私の思考は、少しだけ動きを取り戻し……このまま眠ることを選んでいた。
「う゛あ~あだまいだいぃぃ……」
顔のあちこちに皺を寄せて呻く彼女の声で、私は目を覚ました。
体調がすぐれないなら一日休んではどうかと私は提案したが、彼女にはなにやら急ぎの用事があるらしい。
私は彼女から小物を二つ譲り受けてから、彼女を元の世界へ還した。
……結局、「きゃんぷ」と野宿の違いは何だったのだろう? 訊くのを忘れていた。
しかし、彼女がそれを欲していることは分かっている。
ならば、私が欲するものは。
「きゃんぷ……ああ、いや野宿をしたい。準備してくれないか」
私は調理場で何やら煮込んでいた大男アクドを見つけ、手配を頼んだ。
「きゃんぷ? 王様、そりゃなんだい」
アクドは目を丸くして聞き返してきた。
「野宿のようなもの、だが野宿とは少し違うらしいのだ。外での食事や酒、風景を楽しむものらしい」
「はあ……となると、野宿ってよりは野営みたいなもんか」
何やら知見があるらしい。
「昔、軍で野営の訓練をしたって話を人間から聞いたことがある。兵隊は体が大事だから、外でもしっかり食べて、よく休めるように何回か練習しとくんだとさ」
私には、それをわざわざ練習する意義……は良く解らない。が、野宿よりも良い状態で過ごす、という考え方を理解できた気がする。
「なるほど、では二人分手配してくれ。細かいことは貴様に任せる」
「よしきた、やってみよう」
「それと、この近くで良さそうな場所があれば教えて欲しい」
私はアクドから「きゃんぷ」に向いていそうな、大森林の中の川原の場所を教えてもらった。
加えて、保存が効く食料と水、酒、そのほかに必要となりそうな食器や調味料、毛布、家具など用意してもらった。
それらを用意してもらったところで、それらを運び出せないことに気付いたが……アクドはあらかじめ馬と荷車も用意してくれていた。
「結局なんだかよく分からんが、とりあえず……いい旅を」
「礼を言う」
「楽しかったら、俺にも教えてくれよな」
城門まで見送ってくれたアクドに礼を言って、私は目的の川原へと向かった────
美人……コアイを載せた荷車は森の中に穏やかに流れる川のそば、少し開けた川原に辿り着いた。
コアイは荷車から降りて、布袋から取り出した球状のものを馬に食わせる。そうしてから、馬を放してやった。
馬が去ったのを見届けたのち、コアイは荷車から机と椅子を降ろして平坦な所に据える。
そこにはコアイのほかに誰もいないが、コアイは当然のように椅子を二つ用意する。
机とそれを挟む格好で向かい合う椅子の位置を確認したのち、コアイは荷車から酒と酒器を降ろして机上に並べる。
そこにはコアイのほかに誰もいないが、コアイは当然のように酒器を二つ用意する。
そこに招かれる者といえば、当然……決まっている。
コアイは既に、楽しみで堪らない。




