私は、恋を知ったときから
私は馬に乗り、されど当てはなく……
とりあえず城を出たは良いが……何処に行けばいいのか、私には見当もつかなかった。
彼女と離れて。彼女の願う、望むものと離れて。
彼女の示す目標を見られない私には、行き先も見つからない。
ただ、彼女を。記憶している彼女を追う。
彼女だけが支えの私には、他の目処など見つけられないから。
ふと、後ろを向いて城を見上げた。
そうして、思い出した。この城も、彼女のためと……極力建物を壊さぬように攻め落としたのだった。
彼女を招き、彼女と暮らせるように。
……そうだ、あの時は確か、あっちの林道から……
城を攻め取りに来た時のことを思い出して、私はその時の道のりを逆さに辿ってみる。
……そうだ、あの時は確か、一人で歩きながらずっと彼女のことを……
辺りに誰もいないときは、彼女のことを考えていた。
人間に道を塞がれ闘いを挑まれたときだけ、そのときだけは彼女のことを考えずに済んだ。
ならば今の私に必要なのは、もしかしたら敵との闘争なのかもしれない。
しかし今では私に挑んでくる者も居ない、居処を探して私から挑みたくなる者も居ない。
あの日以来、『神の僕』から感じたような、天から降る声や光に感じたような不快感、嫌悪感は一度も感じられてない……それでなくとも、猛烈な魔力の匂いを感じられれば、多少は奮い立てるのかもしれないが。
あの日以来、敵する存在など…………あの日?
……私はふとあの日の、彼女とのひとときを思い出してしまった。
すると直ぐさま顔に、唇に熱が集まってしまう。
どうにも恥ずかしくなって、顔を下向けてしまう。
どうにも恥ずかしくなって、手綱を強く握りしめてしまう。
胸が鳴って痛む。
落ち着きたいのに、そう意識すればするほど……胸の高鳴りが、顔の熱さがますます強まってしまう。
馬は先ほどから変わらず、のんびりと歩を進めている。
同じように落ち着きたいのに、私の身体はそうしてくれない。
気付くと、ほとんど森を抜けており林道の先には村が見えていた。
馬はそのまま村へ入ろうと歩く、私は馬の行く気にまかせてみる。
夜も更けているせいか村には人影もなく、私と馬のほかには月の灯だけがあった。
静けさのなかで、私は月光に照らされる薄汚れた像を見かけた。
確かあれは、クチュルクの像だという話だったか……同名の別人という可能性もあるが。
昔、この像の話を、彼女とした。
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「そう言えばさ」
「さっきの汚い像の人……クチュルフ、だっけ?」
「お姉様、知ってる人っぽかったよね。なんか遠い目しててかっこよかった」
「もしかして元カレ、とか?」
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あの時の彼女は何故か、クチュルクのことに少し興味を示していた……
が、それよりも……あの時私達は、水浴びをしようと……川の水浴び場へ向かっていたのだった。
私は、川への道のりを思い出して向かってみる……あの時の私達と同じように。
馬に乗っていたためか、川辺に着くまでにさほど時間はかからなかった。
私は馬を降り、そのまま川へ踏み込んでみる。
彼女に手を引かれながら、入った川へ……今度は手を引かれることもなく、入っていく。
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「この辺もう一段深くなるよ、ちょうどいい感じかも」
「ほら、おいでよお姉様」
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一人、奥へ奥へ進んでいくと、今度も少しずつ川は深くなっていく。
何時しか私は足を滑らせ、川に倒れ込んでしまった。
水中に落ちて、そこで私は思い出した。あの時……
水の中から空を見上げて、傍に立つ彼女を見上げていた。
水のせいかぼやけ、揺らいで見えた彼女に私は強く惹き付けられた。夢中になっていた。
けれど、あの時も……
何故か、彼女がとても縁遠い存在に思えていた。
彼女はすぐ傍にいたのに、酷く離れているように思えていた。
あの時の私はふわりと浮いたように軽々と、彼女の手で水面に持ち上げられた。
今の私を、水面に持ち上げてくれる彼女はいない。
……それを 実感して、 水の中から星空を ……見上げ、ながら…………
私はまた、涙を流していた。
けれどそれは、すべて川の流れに混ざって消えていく。
私はいつから、いつのまに……こんなに弱くなったのだろう。
私は重々しい身体を立ち上がらせて、川岸へ戻っていった。
そして念のため、辺りに人工的な物が落ちていないことを確かめてから川辺を立ち去った。
このとき……水から上がったとき、私は気付けなかった。
身体中に感じる重々しさとは別の、頭の微かな重みに。
月明かりに照らされていても色の視えない路を、記憶のままに進む。
村に戻り、その中を進み……入口に樽を置いた家屋の前に立っていた。
確かここは……アクドがいた……
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「ここ、ワインしかないのかな? ワイン専門のお店とかあったっけ?」
「ビールとかないのかな、って」
「ほーりつをまもろー」
「ねーおかわりまだ~」
「飲まなきゃやってらんない日だってあるでしょが~」
「甘いのないー? 飲み足りないのに持ってないの!?」
「飲みったりっな~い、飲みったりっな~い、飲み足りないから待ってるのぉ」
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そうだ、ここで彼女に酒をふるまって、それから二人でアクドから聞いた代官の屋敷へ…………
あの時の酒でも飲んでみたら、少しは思い出も鮮やかになるのだろうか?
私は家屋へ入ってみたが、ここには誰もいない。しばらく人の出入りが無いのか、室内は埃っぽかった。
家屋を出た私は、そのまま代官の屋敷へも向かってみた。
しかしそこはもう、瓦礫が並ぶだけの荒れ地であった
どちらにも、彼女への手掛かりとなりそうなものはない。
当てもなく私は、代官の屋敷跡に背を向けて馬を進める。
落ち込む私を乗せていても、馬は何も変わった様子を見せずのんびりと歩を進めている。
馬の歩みが止まったことに気付き顔を上げると、そこには所々が朽ちた、古ぼけた屋敷の跡が見えた。
ここは、昔……私が住処としていた、『ドロッティンゴルム』などと呼ばれていた屋敷。
……彼女と、出逢った場所。
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久しぶりに『異神召喚』をして、当面は喚び出した者に働かせてみよう。上手く行けば動かずに済むし、現状での魔力の質と量を測る機会にもなる。
そう考えた私は手袋を片方外し、指の腹を囓った。そして皮膚の上に滲んだ私の血に命ずる。
足許の床に想像した召喚陣を、その通りに描けよと。
指の切っ先からとろとろと流れ出した朱い血は徐に、整然と召喚陣を象った。
ここまでは順調だ、私はその血で象られた環の中に入らぬように気を付け……といっても玉座から立ち上がってもいないが、ともかく私は左手を高く掲げながら指を召喚陣に向ける。
そして、
「mgthathunhuag La-la!!」
私は、召喚の呪文を発声した。
赤い召喚陣が色を喪いながら、周囲の色を、光を吸い取りやがて艶のない闇色に染まっていく。
それは更に周囲の空間を侵し、やがて私以外の全てが、冥く冥く沈み込んでいき……
……その後には、光があった。
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あの時、私の前に光……彼女が現れた。
何故、彼女だったのだろう。
私にはわからない。
けれど、彼女がいたから、私は……
そして今、私は…………




