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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
終章 私は叛かれ、そして彷徨った
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四 最後のサマヨい

「おはようございます、陛下……」

 (しゃが)れた声に、私は目を覚ました。目は覚めたが、身体を動かそうという気力は湧いてこなかった。


 あたたかなベッドから、離れたくない。

 彼女が……スノウが残してくれたぬくもりから、離れたくない。



「陛下、陛下、よろしいでアッ……」

 嗄れた声と共に、扉を叩く音が二度したのに続いて……三度目には、何かが外れたような小気味良い音がした。


「やはりここも脆くなっておるか……」


「陛下……お疲れのところ不躾ですが、そろそろ報告と相談をさせていただきたく」

 この嗄れた声は老人ソディのものだ、目覚めている以上は話を聞いてやるべきだろう。

 ……とは思うのに、動きたくない。身体をここから、離したくない。


「寝転がったままでも良ければ、話を聞く」

「……陛下が宜しいのでしたら、それでも構いませぬが……」

「ならば入るがいい」

 我ながら不精なものだが……私はベッドに横たわり身体を丸めたままで、ソディを入室させた。


「では、失礼して……」



 正直なところ頭に入らなかった話もあるが……ソディから数種の話を聞いた。


 曰く、叛乱を起こした孫のリュカ……リュシアは放逐(ほうちく)の刑、向こう百年間の大森林からの追放に処したという。

 王たる私が殺そうとしなかった手前、死罪とすることはできない……という論法で、翠魔族(エルフ)にとって死罪の次に重い大森林からの追放、それも最も長い百年間の放逐を科した……それにより、各村にある程度の示しを付けたのだという。

 そうしておいて、大森林に近いタブリス領を拠点とする人間の商人の伝手を使って、ひとまず傷が癒えるまでは街で静養させるつもりらしい。


 それについて、文句をつける気はなかった。

 ただ、それで何とか話が付きそうだと言ったソディがどこか柔和な、安堵したような表情を浮かべていると思ったとき……少し嬉しいようで、それよりもどこか切なくなった。



 それとは別の話として、大公から反乱勢力との争いを優勢に進められているという言伝が寄せられたらしい。

 大公側が反乱勢力を粗方掃討したところで我々との和平交渉を始める、そんな心積もりで返答したという。

 本来なら何らかの形で支援しておきたかったが、遠方のため手が出せないのがもどかしい。そう言ったときのソディの表情は、特に切ないとも感じなかった。



「それはそうと陛下、こことは別に寝室をご用意しました。そちらへ移られてはいかがでしょう」

 私は横たえた身体の、手を置いた辺りに視線を落とす。


「夏が近付いております。そろそろ虫も増えてきますからの、ここのような吹きっさらしでは寝苦しいでしょう」

 その提案には、気乗りしない。


「私はここが良い」

 ここにはまだ、微かに彼女のぬくもりを感じられるから。


「陛下……あるいは、ご自身を責め戒めておられるのでしょうか? あれはあくまで、儂の不明……」

「……誰かを責めるだとか、そういうつもりはない。無論貴殿のことも」

 もし、私が責めているならば……それは十分な警戒を怠り彼女に繋がる糸を手放した、不注意な私のことなのだろう。


「……話は済んだか?」

「今日のところはこのくらいでしょうか……では、そろそろ失礼するとしましょう」


 ソディが部屋を出るのを見送ってから、私は目を閉じた。




 次に目が覚めたときは、壁の崩れた部分から射し込む月明かりが私を照らしていた。

 春から夏、また秋から冬への季節の変わり目にのみ同時に現れる、大小の月の光。


 月が並び立つさまを、彼女は見たことがあるだろうか? 彼女に見せてみたかった。

 彼女の世界の月も、同じように……並び立つのだろうか? 確か彼女は、月自体には驚いていなかった。彼女の世界にも、月はあるのだろう……


 今日もまた、恋しくて。



 そう感じてまた、涙が落ちた。同時に私は、寒気を感じていた。それから逃げるように私はベッドに横たわり背を丸める……


 そこにぬくもりは無かった、私は跳ね上がるように身体を起こす。

 慌てて身体を反転させた、私は何時も通りの白いシーツを確認してからうつ伏せに倒れ込む。

 しがみつくようにシーツを引き寄せた、私は何も感じ取れないでいる。


 私の目に溢れた涙が、続々とシーツに染み込んでいくことだけがはっきり感じ取れる。



 あの日以来、私はすっかり……泣き虫になってしまった。



 ここにはもう、あたたかさは残っていない。

 一頻(ひとしき)り泣いてからそう認識した私は、不意にベッドから飛び起き立ち上がっていた。


 私には……彼女のぬくもりが必要だ。

 それがここに無いなら、ここではない何処かで……もう少しだけでも、触れたい。


 私は独り屋敷を出て、城門へ向かってふらふらと歩き始めた。

 ここではない、何処かへ……



 歩みは遅く、されど着実に城外へ向かう私を呼び止める声がした。


「お〜い、お〜い! 王様ぁ! 待ってくれ〜」

 いかにも大男が発しそうな、野太い声。

 声のした側へ振り向くと、やはり大男……アクドが馬を引いて駆けつけてきた。


「ふぅ、追い付いた……こんな夜に、どっか出掛けるのかい?」

 私は特に、答えなかった。

 答えないでいると、アクドは話し続けた。


「ってことは……アレか? お嬢ちゃんに渡す土産を忘れて怒られたから、逃げて……」

 私は思わず、アクドを睨んでいた。


「す、すまねぇ……そんな辛そうな顔すんなよ」

 私は自分で思っているより、酷い顔をしていたらしい。そしてこの男は、事情を知らないのだろう。


「……戻ってきて、くれるんだよな?」

 私は何も、答えられなかった。

 そんなことを訊かれるとは思っていなかったし、ここに戻ってくるということを考えてもいなかった。

 ただ、彼女を感じられる場所を探しに行きたかったから。


「この前頼んだだろ、平和になったら魔術教えてくれよって……まあいいか、とりあえず」

 私はアクドが引いていた、馬の手綱を手渡されていた。


「出掛けるなら、馬がいたほうが楽だろ。それと提げた袋に金貨を少し入れてある、どうせ手ぶらで出てきたんだろ?」

「……助かる」

 私は素直に返答していた。



「ちゃんと馬を連れて、帰ってきてくれよ」

 馬に跨った私を見上げながらアクドは笑っている。


「ま、少しくらい俺たちに任せて遊びに行くのもアリだな。何か意外なモンが見つかって、いい気晴らしになるかもしれねぇ」



 意外なもの……そうか。


 もしかしたら、彼女の残したぬくもりや……それだけでなく、もしかしたら。

 これまでに彼女と訪れたどこかに……彼女の持ちものが、落ちているかもしれない。

 雲を掴むような話かもしれないが、それでも今の私には……希望なのかもしれない…………

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