二 良く似た者へのハイリョ
「あなたをあい゛しています、だからせめで、陛下の手で……」
若者は首を掴まれながら、良くわからないことを言う。
「そう゛ずれば、すごしは……」
私を? 愛している? 何故?
「ニクんで、わたじを憎んで、ころ゛してください……でないと」
若者は両手を私の腕に添えて、涙を溢している。
「陛下はわたしのことなんて……すぐにわすれるだろうから」
この者は一体、何を言っているのだろうか。
狼藉者を殺したといって、いつまでも覚えているはずがない。
いや、そもそも……覚えていたから、何だというのだ。
何故、そんなことに拘る?
そもそも……何故、私を愛していると言うのだ。
分からない。どうにも分からない。
迷いが……身体を、判断を重くする。
少しの間の後、私は右手に象られた赤い錐の切っ先を若者の胸の……中央ではなく、まず端に突き入れた。
急いで殺す必要はない、少し苛んでやる……
「うぁ……あ゛……あつ、痛い、陛下が……わたしに入って……」
若者の涙が、首を掴む左手に落ちる。しかしその表情は柔らかく、苦痛に歪んだものとは思えなかった。
「へぇかが熱ク、伝わってきます……それが愛情でなくとも、憎しっ……私は……グスッ……うれし…………」
若者は手を震わせながら、首を掴む私の手から傷口へと動かしている。
それはやはり、突き刺さる錐を退けようとするものではなく……そこにそっと添えられる。
若者は手を添えたまま、じっと私の目を見つめてきた。
その眼がどこか寒々しく感じて、その手が淋しさを思い出させて。
私は思わず、左手に斥力を込めて若者の喉を突き、押し退け倒していた。
「ぐぇッ!? げはッ、あ゛……」
「お前が……お前が、奪った……」
淋しさを思い出して、言葉にすると……改めて実感が湧いて、とても切なく感じた。
それは、せめてどこかで、晴らすべきもの。
「へ、陛下ぁ……」
起き上がり、膝を付いて私を仰ぎ見る若者の目は縋りつくように見えた。
倒れた時の衝撃でまとめていた髪が乱れたのだろうか、はらりと横髪、後髪が落ち……若者の顔を彩る。
それはおそらく、美しい女の姿なのだろう。
けれど。
「わたしを わたしを……」
虚ろな目で呟きながら歩み出そうとする女を見据えてから、私は距離を詰め……もう一度、胸の端、肩に近い傷痕へ錐を突き込んだ。
そしてグリグリと抉り込む、淋しさと切なさを少しでもその先へ逃がすために。
「あ゛あっ!? くッ……んあ゛あっ……」
苦しそうな呻き声を上げながら、また、女が優しく手を添える……
そこから少しだけ伝わる温もり……それを感じた瞬間、私は涙を落としていた。
私が、泣いている……?
そうだ、私には、もう……彼女は……
彼女の、ぬくもりは…………
「何故笑う……私を見て嬉しいか!?」
「私の、このような姿がっ……嬉しいのか!!」
悲しみが、強く激しい怒り、憤りに塗り潰される。
私は何も考えられずに怒鳴り声をあげて、女の前髪を鷲掴みにして持ち上げていた。
「フフ、うれしいに、決まっています……」
「好きな人が、はじめて見せてくれる顔で、はじめてさわってクレている……うれしくないわけがありません」
乱暴に髪を引っ張り上げられてなお、女は穏やかに微笑んでいる。
「何故だ……」
何故、そのように……?
何故、そうまで盲目的に……?
何故、傷付けるばかりの私を受け入れようとする……のだ?
「わたしにとって陛下は太陽、その光はアイ……私には、差すことのなかった光」
「こうして少しでも……ふれてもらえた……わたしはしあわせです」
「お前は、何故……?」
知らぬうちにそう呟いて、私は血に塗れた自分の右手を見つめていた。
私は、彼女に触れたい、そして触れられたい。
この女は、私に触れられ……どこか嬉しそうにしている。
私は、彼女に……この女は…………私に?
「理由……? そんなこと、わかりません」
「けれど、わたしは……陛下をおしたいしています」
「はじめてお会いした、あの日から……今日まで、ずっと」
初めて会った、その日から……
私は……初めて出逢った、その日からずっと、彼女を…………そこに、理由などない。
私はついに察した。
そうだ、この女も、私と同じ……同じなのだ。
同じ心を持った、一人の女なのだ。
もし私が、彼女に求められるなら……どんなことでも応じて見せる。
もし私が、彼女に触れられぬなら……どんなことをしてでも触れられたい。
この女も、私と同じように……




