十七 わざわいの、残リガ
コアイは案内されるまま、広間の上座に着いていた。
集められた村長一同のうち向かって右手の集団が、どこか暗く不穏な雰囲気に覆われているように見えた。
それとは対照的に、左手の集団はそれぞれコアイへ一礼する……ある者は座ったままで、ある者はわざわざ立ち上がってまで。
沈黙のなかに、老人ソディが一つ咳払いを入れる。
「陛下は人間の『勇者』とやらを討ち果たし、こうして城に戻られた。また陛下の勝利は、どうやら人間たちにも伝わっているようだ……頃合いだろう」
コアイの隣で、ソディが広間に集う者達へ穏やかに語りかける。
「我等は人間の主力を討った。程々に勝ったところで、儂は和睦を持ちかけたいと考えておる」
「和睦」……その言葉が発されて、コアイの右手の集団がざわつく。
「人間どもを討たないのですか!?」
「そうだ、人間どもに復讐する好機ではないか!」
「この老いぼれの命あるうちに、怨み晴らせるものとばかり!」
右手の席に着いている村長数名が、ソディの言葉を遮って叫ぶかのような声を上げた。
ソディは眉を寄せ、小さく嘆息してからそれらを否定する。
「そうではない……今は講和すべき、人間は平和裏に従わせるべきなのだ」
「なっ!? 本気ですか!?」
「やはり、その考えは変わらぬのかソディ殿」
「なぜだ? 訳を聞かせてもらいたい」
右手側に固まって着席している村長達は、納得が行かないという態度をあからさまにしている。
村長達へ十分根回しをしていると聞いていたから、コアイは彼等の態度を疑問に思った。
しかしコアイには特に口を挟む気もなかった。あくまでソディに任せるつもりでいる。
「陛下の力は示した。犠牲者が増え無用な恨みを持たれる前に、アンゲル大公を通じて我々に有利な条件で不可侵の和約を結ぶ」
「なぜ和睦にこだわるのですか? 人間側の死人、恨みなど気にすることはない!」
「ソディさん、まさかあんた、人間を殺したら商売あがったりだとでも言うつもりか?」
コアイはソディを疑るような物言いに少し苛立ちを感じたが、黙っていた。
「皆が望むなら、互いの不干渉を定めて人間との交流を断っても良い」
それは、人間との商機を捨てても構わないという意味だろうか。
ソディの視線や動作に、慌てふためいた様子は見られない。
「それでは、人間を殺すなというのか!? 散々わしらを苦しめてきた人間どもを、許せというのか!?」
「せっかく陛下がいるのに、そんなの!?」
「そうだ! 今こそ積年の恨みを」
「人間を根絶やしに! 掃滅すべきだろう!?」
右手側の村長達は顔をしかめ、不満の色を露にする。
「人間を根絶やし? どうやって?」
「……そんなことが可能なものか」
ソディは呆れたように顔を背け、大男アクドはつい口を挟んでいた。
「どうやってって、そりゃ戦って勝てばいいだろ」
「陛下ならどんな大軍を相手にしても勝てるでしょう!? それにアクドさんも、村々に魔術士もいます」
村長の無邪気な物言いに、ソディとアクドは顔を見合わせた。
コアイとしては、人間側が闘いたいと言うならそれでも良いのだが。
「やれやれ……陛下のお力を知った人間がみな、いつまでも馬鹿正直に戦うと思うのか。例えば……兵を散らばらせて、陛下を避けつつ我等が森を焼きに来たらどう対処する? どれだけの犠牲が出ると思う?」
「大陸のあちこちで逃げ隠れするヤツらを全員見つけて殺すなんて、王様でも俺でも無理に決まってんだろ。人間はそんな簡単な相手じゃねえ」
「根絶やしにするというなら徹底せねばならん、でなければ要らぬ禍根を生む。だが現状ではそうはいかぬ、だから従わせようというのだ」
「変に恨まれちゃ、後が面倒になるだけだろ」
誰からも反論はない、しかし承服した様子もなかった。
会議は紛叫、進むことなく。
やがて左手の集まりから声が上がった。
「ソディ殿の言に従うとして、一つ、懸念がある」
その声は落ち着いている。
「アンゲル大公……人間を、信用できるのか?」
「人間だというだけで、我らの……陛下の盟友を疑うのか?」
「陛下にとって、ソディ殿にとって大公は盟友、としても……果たして、他の人間は信じるに足るものか?」
左手から届く村長の言葉は、純粋な疑問のような……悪意の類を感じるものではなかった。
「俺は人間など信用できん」
「私も同意見です、大公が盟友だなんて言われても?」
「人間と約を結ぶなど、わしには我慢ならん」
「全くだ、人間なんて嘘つきばかりだ。あんな奴らを信じるなんてどうかしてる」
しかし右手から聞こえる声は、どれも意地の悪さを感じさせる。
コアイは面倒になってきた、文句を並べるだけの者達が疎ましくなってきた。
「私は万事ソ「いや待てよ、それを言っちゃ王様にも失礼なんじゃねえのか」
コアイは久方ぶりに口を開いた。しかしその声は、アクドの大声にかき消されてしまった。
「王様は伯父貴を信頼してんだ、『勇者』どもを倒してきたわけでもないアンタらがそれを疑うなんて」
「黙れ小童ァ!」
「……あ?」
大男アクドは首をもたげて、金切り声で一喝した男を睨めつける。
「やめんか二人とも……」
ソディの溜息は大きかった。
「今日は夜も更けた。ひとまず散会とし、明日改めて集まろう」
「とにかく儂は、現時点では……人間との和睦は避けられんと考えておる。必要以上に恨まれぬこと、それが肝要だとな」
「人間は強いんだ。アイツらは俺たちが思ってる通りにしたたかで、俺たちが思ってるよりずっとしぶといんだ」
絞り出すように独り言ちたソディに呼応するように……アクドはどこか遠くを見つめるような視線を浮かばせながら、先程の苛立ちをすっかり忘れたかのように静かな声で呟いた。
「アクド!? お前までそんなことを言うのか!」
「言うさ、俺は……アンタらよりずっと近くで人間を見てきたんだ。アンタらよりは人間のことを知ってるつもりだ」
何かを思い出しながら、語りかけるような素振りだった。
「……まあいい、今日はお開きだろ。じゃあなアクド」
「失礼いたします、陛下、ソディ殿」
村長達は、滞在している城下の家屋へと引き上げていった。
そのうち、数名は……どこか、胸に決意を秘めたような風を纏って去って行くような……
そんな佇まいを、コアイに感じさせていた。
前回投稿時に「今投稿で第五章終幕予定」としていましたが、もう一話だけ第五章として投稿します。
すみません。




