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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第五章 災禍、血煙、乱れ厄災
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十六 帰り着いたソノにはまだ

 森と草原の境目に近い翠魔族(エルフ)の村からは、何の声も気配も伝わってこない。

 家々に近付いてみても、子供の人影すら一つとして見当たらなかった。もちろん畜舎にも、家畜の姿はなく……飼われているはずの馬も繋がれていない。


 村を野盗か猛獣にでも襲われ、逃れたのだろうか?

 コアイはそう考えて、家々や畑を探ってみる……しかし家屋、畑や果樹、いずれにも……荒らされた様子はまるで見られない。


 何かに襲われたにしては、家屋も畑も整っている。野盗や獣の類が村に侵入した様子はない。

 それどころか、何者かに襲われ急ぎ避難した……という様子すら感じ取れない。それにしては、散らかりが無さすぎる。

 逆に、先んじて野盗や獣の類を追い払おう……と決起したのであれば、乳飲み子と母親、またその護衛くらいは残すだろう。コアイの知る限りでは、人間も魔族も……そういうものだった。


 コアイは(いぶか)しく思いながら、ひとまず先を急ごうと歩き出し……たところで、遠く馬の(いなな)きが聞こえた。


 進めようとした足の向きをその方向に変え、木々を縫うような小径へ踏み込んでみる。暫く進み、少し拓けた場所へ出ると……そこは草地になっており、そこでは一頭の裸馬がのんびりした様子で草を食んでいた。


 これ幸いと、コアイは村の畜舎へ戻って手綱を持ち出した。そして草地で変わらず野草を食み続けていた馬に(くつわ)をはませ、騎乗した。そして馬をタラス城へと駆けさせた。

 実のところ、コアイは鞍や鐙の用意を忘れていた。本来であれば、鞍なくして長時間の騎乗は困難だが……コアイは斥力を生む魔術を応用することで、足腰への負担なく馬に乗り続けることができる。そのため特に問題はなかった。




 林道を南東へ、南東へと駆け続けコアイはタラス城へ帰り着いた。


 ずいぶん、待たせてしまっただろうか……

 そう思いながら最奥、第三の城門に辿り着いたコアイを出迎える者がいた。



「お帰りなさいませ、陛下!」

 門を開きコアイを出迎えたのは、老人や大男の姿ではなく……潤い豊かで瑞々しい少年リュカであった。


「そこで待っていたのか」

「はい」


 リュカの返答の後、コアイはそれ以上語りかけなかった。少しの間、沈黙が流れる。


「あ、陛下!」

 何かを意識しすぎて気負ったのだろうか、口を開いた若者の声が上ずる。


「陛下の御帰還を祖父へ報告しておきます、後ほど祖父とお会いください。それまではいかがなされますか」

「少し休もうと思う」

 コアイは早く寝室へ戻りたかった。

 彼女の描かれた絵、笑顔を確かめられる場所へ。


「部屋へお食事でもお持ちしましょうか」

「要らぬ」

 コアイは脇目も振らず、若者に一目もくれず真っ直ぐに寝室へ向かった。



 コアイは階段を駆け上がり、勢いよく扉を開いて寝室へ駆け込んだ。そして直ぐに扉を閉め、肖像画を掛けた壁の前に立ち…………


 そこには変わらぬ笑顔を見せてくれる彼女がいた。


 コアイの胸の、内側が鳴る。

 もちろんそれは、寝室まで駆けてきた疲労故ではない。



 暫くの間、コアイは彼女の肖像画を前にして惚け、立ち尽くしていた……

 扉を叩く音が聞こえて、コアイはハッと我に返る。


「陛下、陛下、よろしいでしょうか」

「少し待て」

 コアイは我に返ったことで慌てて寝室を目指した目的……肖像画を手元に保持することを思い出した。

 コアイはそのため、慌てて肖像画を降ろし額縁を外した。そして絵を急いで懐にしまいこんで、そうしてから来客に応えた。


「待たせた」

 扉を開いたコアイの前には着飾った、可憐な娘が立っていた。


 その姿には見覚えがある。おそらく美しいと、非常に美しいと評される類のものであろう。

 しかしその見目麗しさなど、コアイには関係のないことである。

 コアイの心の()()()()には、スノウだけがいるのだから。


「何用か」

「お、お疲れと思いお飲み物をお持ちしました。よろしければお注ぎいたしますが……」

「要らぬ、下がれ。邪魔をするな」

 見覚えのある美しき娘、しかしコアイはそれに興味を示さず冷淡に突き返す。


「失礼、いたしました……」

 娘は下を向きながら立ち去っていった。


 コアイは小さく溜息を漏らしてから、扉を閉めてベッドに寝転がった。するとどことなく砂っぽい臭いが立ち込める。

 先に風呂にでも入っておけば良かっただろうか? と少し後悔を感じたものの、懐から彼女の描かれた肖像画を取り出し眺めていると……些細なことは気にならなくなった。


 コアイは彼女の姿を確かめて、安らかに眠った。



 コアイは気付いていない。

 今しがた追い返した可憐な娘の声色が、城門でコアイを出迎えた少年のそれと酷似していることに。




「陛下、よろしいですかな……」

 扉を叩く音とともに、老人ソディの穏やかな嗄れ声が聞こえてくる。


 どれ程眠っていたのだろうか、窓の外は暗い。


「城に滞在している村長たちを広間に集めます。集まり次第もう一度こちらに伺いますゆえ、ご承知おきいただければ」

「わかった、何か準備が必要か」

「陛下自ら、戦勝をお伝えいただければそれで充分かと」



 再度寝室を訪れたソディに案内され、コアイは村長の待つ広間へ入った。上座に着き、コアイは城市タフカウでの勝利を伝えた。


「さて、我等は人間どもの主力を討った。程々に勝ったところで、儂は講和を持ちかけたいと考えておる」

 ソディの提案は予定通りのものであった。その根回しも概ね、抜かりなく……首尾よく済んでいた。



 その、はずであった。

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