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私は、叛乱されない魔王に ~恋を知って、恋で生きて~  作者: 者別
第五章 災禍、血煙、乱れ厄災
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十五 帰り路ノハナをなくして

***前回のあらすじ***

 コアイは城塞都市タフカウの街中で『神の僕』の一人と再び相見えた。

 「神の力を得てきた」と言う『僕』の男が臭わせる魔力は、コアイに猛烈な拒否感、拒絶感をもたらした。

 コアイはその心のままに、必殺の魔術『光波』を男にぶつけた。

 コアイは強い疲労感を覚えていた。それは過去にないほどの、極めて強い虚脱感を伴っている。


 コアイの掌から放たれ、敵を捉えた『光波(コウハ)』は見覚えのない色彩と分厚さ、記憶にない熱量と濃密さを(そな)えていた。

 それは、コアイの心中に渦巻く筆舌し難いほどの嫌悪感、忌避感が自身の精神を強く支配していたことを意味する。

 感情の強い干渉。それは『光波』の美点の一つであり、難点でもある。



 おそらく相当量の魔力が注がれてしまったのだろうが……一度『光波』を放っただけで、これほど疲れを感じるとは。


 コアイは、疲れもあってか暫く様子を見ることにした。

 かの男に命中した黒い光束は、コアイ自ら生み出した石壁すら易々と貫いて、その遥か先へと飛び去っていった。その円形の跡、男に戦意と戦力が残っているならば……ここで待っていれば、そのうちそこから顔を出すだろう。

 そう考えてもいたが、何よりも積極的に動くのが面倒だった。

 それは『光波』による消耗自体が原因というよりは、むしろそれがもたらす気怠さによるものだろうか。



 少し様子を見ていると、遠くで飛び散った破片のような力が巨壁の穴から吹き付けてきた。

 それは先に浴びた、この男を(かば)って死んだ女の……生命と魔力の霧散に似ている。しかし一方でそれとは明らかに異なる、(まと)わりつくような不快感をも伝わせてくる。


 おそらく、あの男は直に死ぬ……少なくとも、致命傷を負った。

 この感覚からは、そう考えられる。

 だが舞い散り飛び交う細やかで腹立たしい……羽虫のような疎ましさが勝利の、あるいは排除の達成感を容易くかき消してしまう。

 そのことがますます、コアイを気怠くさせる……


 コアイは結局、日が落ちるまで動かずにいた。




 城市タフカウは夜の闇を迎え入れた。城市はもはや人の営みを喪い、人の灯りを失くして闇にその佇まいを浸からせる…………


 暗く静かな城市の跡で、一人待ち構えていたコアイだったが……あまりに静かな様子の続く城市から立ち去ることを決めた。


 此処にはもう討つべき者も居らず、待つべきものも無いだろう。

 コアイは巨壁の穴から暗がりの街並みへ出た。そして人間達に捨て置かれた城門をくぐり、近郊の広野へと歩いてゆく。

 先に『僕』の女達と闘った辺りまで戻れば、馬が繋いである。馬を南東へ駆けさせれば、帰城までそう長くはかからないだろう……

 コアイはそう考えて、先の戦地まで歩いて戻る。


 しかし、岩に繋いでいたはずの馬の姿は何処にも見当たらなかった。いくつか、記憶にあるのと似た大きさと形の岩を見つけ、探し回った。が、その内の一つで馬の足元に転がしておいた空の水筒が見つかっただけであった。



 綱の岩への縛り付けが甘く、逃げてしまったのだろうか。

 別の馬を探すか、それとも……


 コアイは思案したが、城市タフカウの他に馬が居そうな場所の見当もつかず、また城市の静けさを顧みる限りそこにも馬が残っているとは思えなかった。


 コアイはやむを得ず、城市のあった方角を背にして歩き始めた。



 長く、長い時間をかけてコアイは丘を上り、草木のまばらな荒野を踏みしめ進んでいく。

 乾いた荒野、荷も持たぬ状態で歩くこと自体は別段苦でもなかったが……夜が明け、陽の光に中てられながら歩き続け……コアイは冷たく渇いていった。


 勿論それは、水分の不足ではなく……彼女の不足である。


 懐に忍ばせていた肖像画を召喚に用いてしまった、今のコアイには彼女の姿を確かめる術が無い。

 それが無いまま、何も無い荒野を独り歩き続けることはコアイにとって大きな苦痛であった。


 問題はそれだけでない。

 帰路に就いて三日目の夕暮れ時、コアイの視界に腰掛けるのに手頃な岩が映った。コアイはそこに腰を下ろし、身体を休めながら彼女のことを思い浮かべようとする……すると思い浮かぶのは、あの時、自身の口に触れた柔らかななにか。


 そればかりであった。

 そして、それを思い浮かべると……コアイは想い出してしまう。



 身体を休ませているのに、息が弾んで荒くなる。

 陽の光にも焚き火にも当たっていないのに、顔が熱くなる。

 身体を休ませているのに、胸が鳴って痛くなる。



 誰もいない荒野の一端で、コアイの身体は熱に渇いてしまう。

 そしてコアイの心身は、気恥ずかしさに震えてしまう。


 


 潤いのない、長い時間に耐えながらコアイは歩き続け……少しずつ緑を目にし、乾き気味の草を踏みながら…………数日後、ようやく森へ接した。


 コアイは木々の間に整備された道を探し、拓けた部分へ歩いていくと……その木陰に人馬の影が見えた。人影はコアイの姿を認めたのか、慌てた様子で駆け寄ってきた。


「コアイ様、コアイ様であらせられますな!」

 どうやら人間の男らしいが、丸腰で駆け付けコアイから数歩離れた場所で跪く姿に敵意は感じられない。



「……どうかしたのか」

 コアイは少しだけ、声の出しにくさを感じながら答える。


「私めは大公殿下の使いにございます、殿下ならびにソディ様より言伝をお預かりした故、コアイ様をお待ちしておりました」

「そのような長ったらしい言い回しは不要だ、用件を言え」

「はっ、失礼いたしました」

 コアイの言葉に、使者は一層頭を低くする。


「殿下はコアイ様のご活躍を知り、タラス城にてお出迎えする心づもりでしたが……北方諸侯叛乱の報を受け、急ぎ帰国することになりました」

「長い」

 実のところ、コアイは然程苛ついてはいない。それを示すように、その口調は穏やかなものである。


「も、申し訳ありません。殿下はコアイ様に心より感謝しております、叛乱を鎮めたのち、日を改めて御礼に伺う……と」

 それでも、使者は恐縮した様子を見せながら大公の言葉を伝えきった。



「また、ソディ様からの伝言ですが……全域の村長を集める故、急ぎお戻りいただきたい……と」

「わかった」

 コアイは静かに頷いてみせた。

 だが今のコアイは徒歩、急ぐこともできない。


「だが馬が無いのだ」

「宜しければ、私めの馬をお使いください」

「良いのか」


 コアイ達は使者の乗っていた馬へと歩み寄った。しかし馬はコアイを見て急に怯え、暴れ回った。


「おかしいですね……大人しい馬なのですが」


 暫く様子を見てみたが、結局馬はどうにもコアイに馴れなかった。


「お役に立てず申し訳ありません」

「良い、近場の村で借りる」




 コアイは大公の使者と別れ、森へ入り最寄りの村へ向かう。

 やがて辿り着いた村、そこには誰もいなかった。


 村人の、誰一人も。

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