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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第四章 15~16歳編 魔法書は吊り寝台の中で揺れる
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とある貴族の移住先

「どうですか? 儲かっていますか?」

「いやいやいや、そこそこといったところですね」


 大阪名物、「儲かりまっか?」「ぼちぼちでんな」そのものをやってしまった。

 俺が今いるのは、タロッテの東側の商業地区、とある交易事務所の中だ。例えばガルシアさんのところの事務所と比べればずいぶんと規模が大きい。周囲では山積みの書類に埋もれた職員がまじめに仕事をしている。

 日本人じゃないんだから、こちらの人は仕事も大雑把なことが多い。それでも「まじめに」やっているのは、上司の目があるからに他ならない。すなわち、今俺と応接用のソファセットで対面している目の前の男、旧知のトレリー卿であった。


「あれから……ああ、心配しなくても、ここの職員はタロッテ採用です。それにこの事務所自体私の個人的なものですから、本国とは無関係です」


 そう言われて、出されたお茶にも手を出さず、きょろきょろと辺りを見回していた俺は、ようやくちょっと腰を落ち着ける。

 例のマローナでの脱出劇の後、彼は本国であるソバイトーに戻ったはずだった。マース湖から大河が流れだす、そのほとりにある国からは、ここはかなりの距離がある。


「てっきり地元でおとなしくしているものだと思っていました」

「ああ、いやいや、一応お咎めなしになったけど、あそこでは落ち着かないからね。裏から手を回してタロッテでほとぼりを冷ましているんだ。ここではさすがにストランディラも影が薄いからね」

「なるほど……」


 彼は貴族ではあるが商売もやっている。その意味で、ここで事務所を開いていることには不思議は無い。それに、ここは多くの国の勢力が入り込んでいて、おまけにタロッテ自体の力が強いので、そうそう変な動きは取れない。


「それにしても大きいですね。取り扱いはなんですか?」

「なんでも。食料品も鉱石も木材も……私は自分の船は持っていないからね。利は薄いが仲介でやっているよ」

「そうですか……あ、そうだ、俺自分の船を手に入れました」

「おお、すごいね。その若さで」そこで彼は声を小さくして、「……例の資金かい?」


 こちらも声を小さくする。


「ええ、まあそれが半分ぐらい、あとは色々と成り行きで……まあ、小さい船ですけど」

「いやいやいや、それでもすごいよ。何か回せるものがあったら言ってくれよ」

「はい、ありがとうございます」


 本当にありがたい。俺もこちらでの交易相手を探していたところで、渡りに船だった。

 例の凪を越えたあとは、幸い何もトラブルには巻き込まれなかった。一度、遠方に怪しい船が見えた事があったが、こちらが風上だったので、そのまま風に向かって進んだら追いつかれることはなかった。本当に危険な船はシップ型、つまり横帆を中心にしていることが多いため、向かい風での速度はそれほど速くない。

 そうこうして、タロッテに入港することが出来た。前回来た時より暖かくなっているのがわかる。とはいえ、まだ春の初めといった感じで、夜は肌寒い。

 入港料を払って港に入り、船員を半数ずつ上陸させる、いわゆる半舷上陸にして俺自身は町に出た。まだ倉庫や取引相手を決めていないので、積み荷は船に残してある。

 アンティロスなら知り合いを頼ってなんとでもなるのだが、こちらではその辺りの手続きや人脈作りを一からやっていかなくてはならない。こちらの知り合いといえば、一人は秘密の場所で洗面器に乗ってぷかぷか浮かんでいるし、もう一人はその秘密の場所を守り通すのに忙しい魔法使いだ。どちらも商売に役立つようには思えない。


 いくつか貸し倉庫や商店を回ったのだが、どこも取引実績が無いということであまりいい条件ではなかった。いくつかはその場でことわり、いくつかを保留にしてある。

 先行きが怪しくなって、俺は汗だくになって町を歩き回っていた。すると、どこかで聞いた覚えのある声が耳に入ったのだ。

 まさか、この場にいるはずのない人だったので驚いた。一瞬疑ったが、自分一人ぐらいなんとかなると考え、こうして事務所に付いてきて正解だった。


 友人価格ということで、安く倉庫を借り、いくつかの品物を取引する契約を交わすことができた。その後は雑談になった。


「じゃあ本国とはあまり連絡は無いんですか?」

「半ば隠れている身だからね、いやいやいや、なんとか情報をつかもうとしているけど、ここからでは難しいところがあるよ」

「じゃあ、ストランディラが攻勢に出ていることも?」

「うん、噂では聞いているけど……正直最後の力を振り絞ってなのか、それともセンピウスとの間で和解の気配があるのか……色々な噂があるけど、私としてはどれも違う気がするんだよね」


 トレリー卿でもわからないらしい。海のことはストランディラでも海岸派の管轄で、そことは俺も巻き込まれたトラブルがあった。情報源は限られているのだろう。


「ケインくんはこれからどうするつもりなんだい? まあ、今は自分の船でうまく交易を回すことで手一杯なんだろうけど……」

「……そうですね。その通りです。あとはタロッテで魔法の勉強をすることと、あとは出来れば将来にはもう少し大きな船を手に入れたいですね。今の船は船足は速いんですが小さいので……」

「そうか……というとアリビオ号ぐらいの?」

「ええ、できればそれぐらいの規模で」

「あの船だと……金貨500枚ぐらいかな?」

「そうですね、今だとそれぐらいでしょうか。昔の話なのですが、当時はもっと高かったそうです」


 噂ではアリビオ号は金貨800枚とも1000枚とも言われる巨額の費用をかけて作られたそうだ。大型のフリゲートより高いかもしれない。

 ただ、今はトランドであれば南大陸から豊富な木材が供給されるので、船の値段が下がってきているとのことだった。また、造船技術も上がってきており、大掛かりな手回し式のクレーンなども使用されている。500枚、というのは武装やいくつかの設備を除けば、不可能な話ではない。


「……まだまだ目標額には遠いですけどね」

「そうか……そうだ、もし船足に自信があるならレースに出てみればいいんじゃないか?」

「レース?」


 そんなのがあるとは初耳だ。


「このタロッテ主催で、タロッテ南港と北港の間を競うレースがあるんだ」

「それは……毎年やっているんですか?」

「いや、5年に1度だね。次は来年の春だね」


 ということは、前回は4年前、俺はまだこの世界に来ていない。初耳なのも不思議ではなかった。それにしても北港と南港か……運河を使えば1日かからないんだけどな。

 もちろん、そんなのは不可能だろう。ならば、西の大陸を大きく回って来ないといけない。1ヶ月以上かかる計算だ。ってあれ?


「ミニュジアとセンピウスの戦いはどうなるんです?」


 その航路だと、タロッテ南のガニエ島をめぐる紛争地帯を通り抜けることになる。大回りすれば避けられるかも知れないが、その場合はさらに一週間程度かかることになる。


「ああ、これはタロッテ主催だからね。力関係で、その期間は紛争も一時停戦になる。前回もそうだった」


 そこまで権力があるのか。


「それに、ミニュジアもセンピウスも国の威信をかけてレースには参加してくるからね。まあ、そんなわけでこれを貿易の機会と見て歓迎している商船もあるらしい」


 停戦されるということは、そこを安全に航海することができる。いくつかの航路ではショートカット可能なのだろう。


「なるほど……」

「賞金はかなり出るし、船の規模で部門がいくつかに分かれている。自信があるなら出てみればいいのではないかね?」

「そう……ですね」


 その場合はしばらくタロッテとアンティロスの往復はできない。各方面に根回しは必要だが、やってみる価値はあるかもしれない。

 それにしても来年か……その頃までには俺の商売もうまくいっているだろうか? それとも挫折して船を失っているだろうか? 何にせよ、まずは商売をがんばるか……


今回の豆知識:


金貨100枚=1億ぐらいです。ウラッカ号はトータルで金貨150枚弱かかっています。

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