2+1
グルドが口を開く前に、俺達の後ろから声が発せられた。
「おっと、奥は見てきたぜ」
声はドラコさんだった。
「それでどうだったんですか?」
「うむ……まあ、いいことが1つと悪いことが1つあったな。あ、いや、とりあえず心配していたようなことはなかった。大丈夫、なんだったら一緒に見に行くか?」
「いいんですか?」
「うん、そうだな。よし、じゃあケインとパット、ついてこい」
グルドへの聞き込みはマテリエさん達に任せて、俺はパットと一緒にドラコさんについていくことになった。
俺の傷は治癒魔法で癒えていたが、固まった血で袖がごわごわになっていた。動きを妨げる程ではないが、臭いのことも含めてこの服は廃棄するしかないだろう。
「大丈夫?」
袖口を気にする俺の様子を誤解したのか、パットが心配そうにこちらを見ている。
「傷は治ってるよ。服が、ね」
それを聞いて安堵の息を吐くパット。
「足元に気をつけろ」
扉の奥の通路は途中から土がむき出しの洞穴に変わっていた。
気が付くと汚水の臭いが土の臭いにすり替わっていた。
「着いたぞ」
穴は行き止まりになっていた。
そして、行き止まりには……
「これは……圧縮空間ですか? ドラコさん」
さっきパットの命を救ったそれと同じ、向こうが見通せない空間境界面がそこにはあった。
金属製の枠で、ちょうど人が入れるぐらいのサイズはあるようだ。
「ふふん、そう見えるか? まあ、入ってみろ……大丈夫、危険は無い」
言われて俺は、一応杖を構えなおして境界面に足を踏み入れる。
何度か船の貯蔵庫に出入りをしたことはあるが、いつもちょっとした違和感がある。
境界面は開放されているのだから、空気の行き来も自由なはずなのだが、その辺りは圧縮の副作用なのかもしれない。
だが、今回はその違和感が無かった。
「あれ?」
杖の先に灯した光に照らされているのは、ちょうどいま来たような洞穴だった。
先は暗くなっていて見えない。
俺は2、3歩進んでみる。
おかしい。
圧縮空間は境界面の形のまま続いているはずだ。
今回で言えば、入り口の長方形のままの空間が続いているはずだった。
「えっ?」
後から続いて入ってきたパットも俺と同様のことを感じたようだ。
「これは……まさか……そんな……ありえない」
「そう、圧縮空間じゃなくて、転移門だな」
最後に入ってきたドラコさんが後を継ぐ。
俺は全くそれについての知識がなかったが、名前だけでもどんなものか想像がつく。
「じゃあ、ここはどこか遠くの洞窟ですか?」
「そんなに遠くないさ、まあ進みながら話そう」
そう言って、ドラコさんは先頭に立ち、そのまま洞窟を進んでいく。
「パット、気づいたってことはある程度勉強しているんだろう? 転移魔法の特徴を言ってみな」
「……確か、条件が厳しい。1つは入り口と出口が相対していないといけない……」
入り口を抜けてまっすぐ進んだ先にしか出口が作れない、ということは俺達はいま西に進んでいることになる。
「……2つ目は、入り口と出口が同じ形でないといけない。3つ目は距離、持続時間、入り口の大きさを増やす為に魔力がたくさん必要……それぐらい」
「おお、大体それで満点だな。補足して言うと、人間の魔力だとどうやってもさっきの大きさの転移門をタロッテの外に作ることは出来ない」
いつしか通路は石造りに変わっていた。
そして、やはり通路は行き止まりになった。
「さっき来たからな。ええと……ここだ」
ドラコさんが壁の一部を押す。
突き当りの壁が開いていく。
ムッとする汚水の臭いが漂ってくる。
その先は、さっきまでいたような水路につづいていた。
「ここは……町の西側ですか?」
「そうだ。西1号水路だな」
これが『聖者の園』の逃走経路なのだろう。
夜だから、当然中央門は閉じられている。
元々大壁の周辺は軍によって厳重な警備がされている。
だからこそ、逃走経路は東か、あるいは地下にしばらく潜んでいたのだと思っていた。
だが、こうして西に来てしまえば一気に警戒も手薄になる。
むしろ、応援のために西の警備隊が東に行ってしまった可能性もある。
後は協力者の家でゆっくりと獲物を小分けにして、目立たないようにできるのだ。
「なるほど、タネが割れてしまえば大したことはない、ということですね」
「大したことがない、とはさすがの俺でも言えないな」
「えっ?」
「思い出してみろ、ケイン。パットが船の貯蔵庫を維持するのに何回魔法をかけ直した?」
「あっ……ああ、もしかして……」
ドラコさんは俺たちに振り向いて続ける。
「せいぜい3日がいいところだろう? 転移魔法はさらに必要な魔力が多い。さっきの続きになるが、この規模の転移門を作ろうとしたら、人間の魔法使いだったらせいぜい数十秒しか保たない」
「……でも、ずっとそのまま」
パットも事情に気づいている。
「そう、当然俺が最初に来た時にもそのままだった。少なくとも、これを作ったやつは人間じゃ……いや、並の人間の魔力じゃあないな」
「そういうのが教祖、というわけですね?」
「ああ、もちろん紋様や何やらの技術で補強しているだろうが、その教祖とやらが出てきたら、絶対にかなわないだろうから逃げろ」
「ドラコさんでも、かないませんか?」
その質問への答えには、長い時間がかかった。
「……わからん」
つまり、その教祖は魔王とすら互角かも知れない、ということか。
この依頼は、達成が難しいのではないだろうか?
パットもドラコさんも、続く言葉が無いようで、その場を相変わらずの汚水の流れる音だけが支配していた。
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「おお、おかえりー……?」
俺達の沈んだ空気を察したのか、怪訝な表情を浮かべるマテリエさん。
「どうしたの?」
「あ、いや、それより何か聞き出せましたか?」
「うん、えっと、いいことが1つと悪いことが1つあるんだけど……」
あんたもか。
流行っているのか? それともドラコさんの真似か?
ちなみにドラコさんのいいこと、というのは扉の向こうが単純な逃走路だったこと。悪いことというのは教祖の魔力のことだ。
「とりあえずいいことから聞かせてくれますか?」
「えっと……実はいいことかどうかは微妙なんだけど、教祖はこの町にはいないらしいの」
「はいいっ?」
想定外だった。
「うん、なんかもう2ヶ月ほど前にどっかに行って戻ってこないらしい。なんかすごい魔法使いらしいけど、とりあえずその相手はしなくて済むみたい。でも、同時に教団の壊滅は難しいわよねえ」
「じ、じゃあ、今は誰が指揮をとっているんですか?」
「この町のまとめ役だそうよ。んで、悪いことってのが、どうもそいつらが集結して大規模な襲撃をやるって計画があるってことだ」
「いつですか?」
「それが……今日らしい。こいつらは予め逃げ道を確かめに来たらしい」
そんな急な……
「おっと、そういえばもう1つ、これはいいことだけど、襲撃はまだ始まっていないよ。今は集結しつつあるらしい」
「集結? 場所は?」
「ちょっと遠いけどね、東の……大通りの向こうの教会だよ」
それは俺が行ったところか。
「ということで、これから止めに行く。なに、これを乗り切れば仕事は完了だ。張り切って行くよ!」
俺達に異存は無かった。
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そうは言っても、全員で行くわけにもいかず、ここで縛っている連中のこともある。
とりあえずここの連中は、しばったまま隠し扉の向こうに放り込んでおく。
グルドは連れて行く。
道案内兼、敵の組織のメンバーを判別するためだ。
だが、あとで身を隠すことも考えて、覆面で顔を隠した状態で同伴する。
見ようによってはこちらのほうが怪しいが、深夜だし大丈夫だろう。
ダイクさんには警備隊に通報に行ってもらうことにした。
戦闘力に不安があったし、後始末の件も必要だ。すでに何度か顔を合わせているディオンさんをたたき起こして、そちらから手を回してもらう予定だ。
そして、ドラコさん。
「いいよ、教祖がいるかもしれねえからな。俺も同行する」
と、念のためということでついてくることになった。
ドラコさんといえば、グルドに先行されて近道を走る俺の隣にやってきた彼女は、こんな事を告げてきた。
「あの、昔なじみの気配な。あれ、関係無かったから。少なくとも『聖者の園』には関係していないから安心しな」
そういえばそんなこともあったな。
ドラコさんからも、いい事+1だった。
今回の豆知識:
リーン家の書斎の扉のことを思い出したかもしれません。やはり強大な魔力の持ち主であることと、いくつかの技術によって圧縮魔法の効果が続いています。「500年は保証するよ」とレイン本人が言っていますので、500年誰も開けるものがいなかった場合にはドラコが魔法をかけ直す約束になっています。




