テーブルマナー
※ 昨日の79話を一部書きなおしています。改めて見返してもらうのも悪いので、概要を述べると、襲撃の目的は「貴族の殺害」ではなく「金目の物を奪う」としないと辻褄が合わないので、そう書き直しました。細かいところに目をつぶってもらえれば、その点だけ押さえてもらえればスルーして結構です。
※ おかげさまで6月13日でPVが200万行きそうです。ありがとうございます。
次の日の昼。
俺は船に戻っていた。今日の当直は俺で、めぼしい仲間としてはジャックさんもそうなっている。一方でパットが陸ということになっている。
すれ違い、ということになってしまうが、俺としてはむしろありがたかった。
整理すべきことがあると思うのだ。
目下俺の頭を悩ませているのは、1つには今回の依頼をどうやって解決しようかということ。細かく言うと、敵のアジトがわからない状態でどうやって見つけるのか。また、実際に襲撃犯をどうやって捕まえるのか。そして、捕まえた後どうするのか、ということだ。
だが、こちらについては仲間たちの調査が進展してみないとわからない。気にはかかるが、いま頭を悩ませるべきことではない。
問題は、俺がタロッテを本拠地にするかどうかということ。あの場では返事したが、一方でそれでいいのかという気持ちもずっと残っている。
心配なことは多い。
トランドのみんなにどう受け止められるか。こちらで生計を立てられるのか。本当にこちらに来なければ勉強出来ないのか。アリビオ号の事、パットの事……
関わった人、お世話になった人に恩返しをしたい。そういう気持ちは強い。そのためにもまずは一人前になる、という目標があった。
それはこちらで生活して可能なのだろうか? 遠距離恋愛は長続きしない、というのは一面の真実があると思う。やはり人は日常的に接している人に好意を持つし、長く会っていない人に対する感情は薄れがちだ。
俺のトランドに対する感情が、こちらで生活していくうちにタロッテへの感情にすり替わってしまわないだろうか?
俺自身、こちらに移動するということは変化するチャンスだと思っているが、その変化で捨て去ることになる事が何か、という点も考えておかなくてはいけないのだ。
「船長、ちょっといいだすか?」
当直を交代したはずのガフが話しかけてくる。
「ああ、いいよ。何?」
「帰りの積み荷について船長はどのようにお考えだすか?」
「帰りの?」
寝耳に水の話だった。
「それはまだ早いんじゃないか? それに、こっちに来る時だって交易品は積んでいなかっただろう?」
「それはそうだすが、船長、タロッテといやあ貿易の中心ってわけで、こんな船で食料を持ち込んだって大した売上にもなんねえだす。だけんども、帰りは別でさあ」
なるほど、タロッテに世界中から集まるものをアンティロスやニスポスに持って帰るということなら、それなりに儲けが期待できるということだろう。
アリビオ号でもそうだったが、商船においては、船員がちょっとした宝石や細工物などを個人的に運ぶのは黙認されていた。自分の手荷物の箱に入ることが条件だったから小物や細工物、あるいは宝石などが人気だった。
ただ、船の事なら詳しい船員も、交易品の目利きとなるとさっぱりだった。騙されて二束三文のものを掴まされたり、買い叩かれたりすることも多く、さほどの儲けにならないことが大半というのが実情である。
同様の事は船の積荷についてもいえる。タロッテで手に入るものの中で、向こうで需要が高いものを帰りに持ち帰れば、それなりの収入になる。
今回は、ディオンさんの船なので改めて何か交易品を積むことを要求されるかもしれない。こちらの仕事は明日にでも終わるかもしれないし、1ヶ月ぐらいかかるかも知れない。確かめておく方がいいだろう。
「わかった、ディオンさんに確認しておく」
「へえ、よろしく頼みましただよ」
そう言って、彼は船を下りていった。
上陸3日目ともなると、船の方でやることはそう残っていない。
俺は一気に手持ち無沙汰になった。
いい機会だ、山積みしている問題についてゆっくり考えよう。
そうして俺は、その日は後部上甲板で手すりにもたれ、潮風に吹かれながら1日を過ごしたのだった。
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次の日、船にはガフが残り、俺もパットもジャックさんも上陸という順番だ。
2日前と同じように宿の食堂に集合する。今回は人数が8人ということで大きいテーブルとはいえぎりぎりだった。
「あれ? ドラコさんも?」
「……ああ、ちょっとな。地下の話ということになると気になることもあるから」
何だろうか? とりあえずおとといの方針としてはドラコさん抜きで何とかする、ということだったし、地下で戦いになって町を陥没させては大問題になる。出番は無いように思うのだが……
まず昨日の動きの報告があった。もうみんな慣れてきているのか、おとといはディオンさんの報告などは手を止めて聞いていたのが、今は手や口を動かしながら聞いている。
わかったことがいくつかあった。
まず、この町の地下にそれなりの構造物があることが確かめられた。町がある程度大きくなってきた時に、排水を処理するために何本かの地下水路を作った事が発端だったらしい。
大変な工事だったと思うのだが、聞くと魔法で穴を掘ったらしい。つまり前のダンジョンで俺がやったことの逆だ。魔法使いの多いここでは可能なのだろう。
「それじゃ、水路図はあるんでしょうか?」
「それが、おおまかなものしか存在しないんだよ」
と、ディオンさん。
なんでも、町が責任を持つ大きな水路があるのだが、各建物からそこにつながる排水路は使用者が管理することになっているらしい。
「もっとも、大体は地区でまとめて魔法使いに依頼するらしいから、建物の数だけ排水路があるわけじゃないけどね」
「それでもかなり複雑というわけですか……」
この町は広い。それに合わせて下水路が作られていると、これはもう立派なダンジョンといえるだろう。ゴブリンの一族が2・3住み着いていても不思議はない。いわんや盗賊をや、だ。
俺はディオンさんが紙に書き写してきた大水路の図を見て、妙なことに気がついた。
「あれ? この辺りはどうなっているんですか?」
俺が指し示したのは大壁の周辺、ここには貴族や中央の施設があるから、むしろより立派なものがあっても不思議じゃない。
「ああ……そこはね、軍の管轄になっていて完全に秘密なんだよ。ほら、大壁に地下の抜け道とかが作られると困るから」
「なるほど、じゃあ水路があるかもしれないんですね?」
「あるかもしれないけど、そこは中も含めて軍が見張っているから除外していい」
俺が見ている図は、東と西、それぞれの町の中心街である商業地域を中心に、南北に海までつながる大きな水路が何本か走り、そこに東西の水路をつなぐいくつかの線があった。そして大壁周辺はまったくの空白になっている。
大壁周辺は丘の上だから、普通に地下に埋めなくても水が流れるのかもしれないし、仮に地下だとしても浅いのかもしれない。こっちは考えないでいいだろう。
「ところで……」
そこでドラコさんが口を開いた。
「もし地下に行くなら俺も同行する。……ああ、もちろんわかっている。魔法で町を壊すような真似はしないよ。戦いになったら魔法を使わないで適当にやっておくから、主力はお前たちでやってくれ」
意外な言葉だった。
「ドラコさん、どうしてですか?」
「ああ、ちょっとな。まあ、ここの地下にはちょっと面倒なことがあるから……俺も結構ここには長いから知っているんだが……」
「それはどんな?」
「あ、いや、気にするな。ダメな方に行きそうだったら俺が止めるから。お前たちは気にしないで探索してくれ」
なんだか煮え切らない態度だったが、一番の実力者である彼女が口を濁していることに突っ込む勇気はないし、ともかく頼りになる人がついてきてくれるのだ。断る手はなかった。
ディオンさんの話は終わった。
他にめぼしい情報といえば、カイラさんが同じ斥候仲間を頼って、情報屋に聞いた話として、やはり地下水路を逃走に使う盗賊は少数だがいるらしい、ということが出てきた。
「汚物で臭いがひどいことと、やはり地下に住み着いたモンスターが居ること、それと……なんだったかな」
そこでメモを見る。物覚えが悪いと自覚するようになったのはいいことだ。
「えーと、そもそも町から地下水路に降りる口が少ないから、めったにいない、と盗賊ギルドの者が言っていたそうだ」
やはりあるのか、盗賊ギルド。
それはともかく、モンスターか。
このメンバーなら大丈夫という気もするが、ダンジョン探索並に装備を整えていったほうがいいかもしれない。
ふと見ると、下水道の話ばかりしていたからだろうか、パットが嫌な顔をしていた。
彼女は本当のことを言うと船員として雇われているので今回の事件の捜査に加わる必要はなかった。ただ、ケインの行くところなら、と同行する旨を俺は聞いていた。
「ごめん、パット。やっぱり下水道は嫌だよね……」
ダンジョンに潜った経験もない彼女を連れて行くのに不安もあったし、ここは待機ということで……
「……違う……食べながらする話じゃないと思っただけ。ちょっと気持ち悪くなった」
そうだった。汚物がどうこう話しながら、俺達は食事中だった。
とりあえず食べ物を片付けてから続きを相談しよう。
俺達は一旦食事に専念することにした。
今回の豆知識:
船員が私物で個人的に交易品を運ぶ、というのは実際にあったそうです。
ただ、給料が出ても飲み代や娼婦で使い果たしてしまう人も多いだろうなあ、という気はします。




