魔王の秘密
「ケイン……」
「おやおや、お知り合いだったのかね。いや、実はこちらの方は……」
「ケインはもう知っているぜ。昨日会ったばかりだけど、ちょっとした因縁があってな」
「ほう……それは、いやその因縁というのは……」
「安心しろ、敵対しているわけじゃない。ちょっとした共通点といったところだ」
「はあ」
「で、ケインが何だって?」
「……ええ、こちらのケイン君を今度のタロッテ行きの船長として選びました」
「へえ、大丈夫なのか? ……だってまだ3年……」
「3年ずっと船で航海士と魔法士として経験を積んできましたので大丈夫です」
危ない。俺がまだこっちに来て3年だということは秘密だ。
「そうか、まあ本人がそう言うんなら大丈夫だろう」
「私も十分能力があると思ったから推薦したんです。大丈夫、何があっても彼ならしっかり役目を果たすはずです」
「はい、お任せください」
再会はまだ先の話だったはずだが、意外なところで接点が出来てしまった。
「はあ……それで道中に危険がないという話につながる訳ですね」
「そういうことだ。まあ、どうしようも無くなったら戦艦、じゃなくて戦列艦が来ようが一発で沈めてやるよ」
「実際にそのようなことをされては色々後始末が大変なので、出来れば控えていただきたいと……」
「なんだよ、どうせ俺とトランドの仲がいいってことぐらい秘密でもなんでもないだろ?」
「それはそうなんですが、外交上の失策になりますので……」
ディオンさんも大変そうだ。
「そんなことでどうするんだよ。俺はあの『教団』とやらを皆殺しにしてやるつもりなんだけどな」
「そちらは……はい。まあ現地の教会との折衝が済んだあとであれば存分にやってください。ただの暴力集団ですから、何をやっても現地当局ともめることは無いはずです」
「それは過激ですね」
「いやあ、穏便に済ませられればそれに越したことはないんだがね。何せドラコさんの方が……」
「こともあろうにレインの生まれ変わりだとか抜かす奴がいるらしいから、俺も何十年ぶりかに出向く気になったってわけだ」
「レインさん……あの魔法使いの?」
「そうだ。俺のただ一人の……相棒だな」
たしか彼女と同様に地球からやってきた人のはずだった。
「あいつは人として生きて人として死んだ。だからいまさらやり残したことがあって生まれ変わってきたなんて信じねえ。だってもしそんなことがあるんだったらあいつは俺と同じ道を選ぶことだって出来たはずなんだ……だから」
そこでドラコさんは俺とディオンさんの顔を一度ずつ確認してから続けた。
「だから、あいつの名前を騙る奴の息の根を止めてやるのは俺の役目だと思うんだ」
そして200年前からただ一人生き残った異世界人は、すこし寂しげな表情を浮かべた。
そこから細部の詰めの話し合いが行われた。
「じゃあ、やはりある程度の戦力がいるということですか?」
「まあ、単純に一撃を加えるなら彼女一人でも可能だろうけど、教団を再起不能にするにはある程度の戦力が必要なのは確かだ。その点は現地の当局の助けを借りる予定でいる」
「じゃあ……もしも、この場にそれなりの戦力がいれば役に立ちますか?」
俺の頭にあったのはしばらく行動を共にした仲間の事だ。
「……どういうことだね?」
「ちょうど仕事明けの腕利き冒険者がいるんですが……」
「おお、あの連中か。いいぜ、来てもらおう」
「……まったく、ドラコさんは自分がどれほど重要人物かわかっているんですか? まさか、その人たちにも……」
「あーいやいや、そっちには正体はばらしちゃいない。だけどあいつらなら大丈夫だろうと思うからいいと言ったんだ。それに、今回の費用は俺持ちだぜ?」
「まあそうですけど……詳しく知らないですが能力の方は大丈夫ですか?」
「はい、今回の洞窟ではサイクロプスを倒しましたから……」
「ほう、ということは鷲獅子級を4人で、ということになりますね。ならば個々の能力は平均して巨人級ということですか……」
「それにケインと、あとあのドワーフが船乗りだろ? 雇う船員を減らせるぜ?」
「そうですね、冒険者であれば向こうで警戒されることも無いでしょう。わかりました。すぐに確認に行ってもらえますか?」
そして、俺は一時退出して3人に事情を話して着いてきてもらった。昨日一番飲んでいなかったはずのカイラさんだけが、なぜか二日酔いで気分が悪そうだったのはおかしなことだと思ったが、こちらの世界でも酒の強さには個人差があるようだ。
「仕事がある」という話に半信半疑だった一同だが、ディオンさんの応接室に戻って事情を聞くと、全員がひとまず参加を表明した。
「しかし、姉さんがあの第三魔王だったとはねえ」
「何を言ってるかなあ。どう見たって100を越えてるようなエルフのあんたが姉さんって呼んでくるからわかってるとおもってたぜ」
「いやさすがに魔王とまでは思ってないよ。確かに雰囲気から魔族かなってぐらいは思ってたけど……」
カイラさんは、眼前の事態の重大さに固まってしまっているようだった。顔をしかめている。そして、これは意外なのだがジャックさんも……
「ジャックさん?」
「ああ、しょうがないだろ。ドワーフと俺たち魔王とはちょっと因縁があるからな」
「え?」
「昔々の話さ。ドワーフには故郷の山があったんだ。そしてそこには今第一魔王、クランクの居城があるってわけさ。で、故郷を追われたドワーフは散り散りになって各地の山に移り住むことになったんだ」
「……ああ、そのとおりだ。だがまあ、俺にだって第一魔王とこの人が違うってことぐらいは理解できている。それでも、たぶん魔王に面と向かって会ったのは同族でも俺ぐらいだろうぜ」
「ははっ、違いねえ。おお、なんだったら第一魔王の弱点でも教えてやろうか?」
「そんなのがあるのか?」
「おお、こいつは魔族の間での極秘事項だがな。いいか……よく聞け、実はクランクの奴は……」
これは重大な情報だ。まさか他ならぬ魔王の口から他の魔王の弱点が聞けるなんて……
俺達は固唾を呑んで彼女の言葉を待った。
「クランクの奴は弱っちいんだ。これが弱点だな」
「「なんじゃそりゃー」」
俺たちの言葉が重なった。
「それって弱点でもなんでもないし……そもそも魔王っていう時点で弱いなんて無いでしょう?」
「ああ、だけど奴は魔王にしては弱いから組織とか国とか作るのに熱心でなあ。普通はそんな面倒なことしないで力で押さえつけるものなんだがなあ」
なるほど、つまり第一魔王領というのは秩序だった国としての体裁を持っているということだ。それに対して第三魔王領、恐らく彼女の言い方からして第二魔王領も、魔王の力による支配が主体ということになるのだろう。
「ま、そんなわけだからある程度で連合して立ち向かえば倒せるんじゃないかって思うよ。やる気があったらやってみな」
「そんな無茶な」
俺の言葉に、皆もうんうんと頷いていた。
「じゃあ、契約としてはタロッテに行ってその『教団』とかを活動停止に追い込むまでってことでいいのね?」
「それでかまわねえよ。なんだったら現地解散でもいいぜ」
「それは……みんなこっちが拠点だから、むしろ帰りも込みで考えて欲しいわね」
「よし、じゃあここに送り届けるところまで保証させてもらう。いいな? ディオン」
「それではそのように、後ほど書面で届けさせます」
「それはそうとして、敵戦力の詳細とかはわかってないの?」
「……なにぶん遠方ですのではっきりとは……ただ、貴族を襲ったのは少なくとも50人はいたという報告が来ています」
「中には数合わせの人もいるだろうけど、それにしたってかなりの人数ね」
マテリエさんが、ドラコさん、ディオンさんと打ち合わせをしているので、俺は元気が無いカイラさんに話しかけた。
「大丈夫ですか?」
「うん、ようやく収まってきたが頭痛がひどくてな」
「なんだ、敵の事で心配していたんじゃないんですね」
「これは奇妙なことを言うもんだな、ケイン。考えたり心配したりするのはマテリエの仕事だ。私は自分に向いていないことはしない」
そんなドヤ顔で言われても……
「今は非常にいい状態なのだ。マテリエと組むようになってから、私は私の得意なことに専念できるようになったからな」
確かに、最初に会ったときに比べれば、今回のダンジョン探索でのカイラさんは動きも良くなっていたし、大活躍だった。だが……
「それでも、単独行動することもあるし、マテリエさんとずっと一緒というわけでもないでしょう? 少しは自分でも頭を使った方がいいですよ」
「むう……それは……そうだな。だが、私は苦手なのだ。ケインよ、例えば今回の場合どんなことを心配すればいいのか教えてもらえないか?」
「カイラさん……えっと、まず相手の戦力の確認と、それに合わせた自分の装備や戦術なんかを考えるのがいいと思います」
「ふむふむ……で、相手の戦力はどれぐらいなのかな?」
「それを今マテリエさんが確認しているところです」
「なんだ、じゃあやっぱり私のやることは無いじゃないか。うん、全く問題ないぞ。はははは……」
なんか疲れる。
「えっと、カイラさんには不安とか無いんですか?」
「不安か……うん、昼に食べようと思って作っていたシチューが……しまった、火にかけたままだったかもしれない。ケイン、あとはよろしく!」
そう言って、カイラさんはすばやい身のこなしで部屋を出て行った。
うん、船長をやるのも不安だが、あの人が何かやらかさないか考える方が不安だ。
今回の豆知識:
第一魔王は、(魔王の中では)弱い。




