さらなる邂逅
「え? 今なんと?」
「臨時で船を出さないといけないんだけど、その船長をやってもらえないか?」
「どうして?……俺なんですか?」
「小さい船だから、今船長やっているような人だとちょっと申し訳ないということ、それと乗組員も少ないから君なら魔法士兼任でできるのでちょうどいいと思ったんだ」
「でも……国の仕事ですよね? 軍からは……」
「ああ、今度のはちょっと訳ありでね、軍に頼むわけにはいかないんだ」
「でも、俺はまだ未熟だと思いますし、年だって15ですよ」
「いやいや、ケイン君のことは軍でも噂になっていて欲しがっているという話だよ。ダニエル卿や私が止めているがね」
「そ……そんなことになっていたんですか……」
「今回の事は極秘……とまでは行かないが、あまり目立ちたくないのでね。なるべく口が堅くて信頼が置けて、なおかつあまり重要な仕事をしていない者を探していたんだ」
「はあ……それで、行き先はどこですか?」
「タロッテ」
「それはまた、遠いですね」
「行ったことは?」
「無いです。ただ、例のマローナの一件でガニエ島近くまでは行った事があります」
「けっこう、船はすでに用意されている。2本マストの小型船だが、速力はある」
「横帆ですか?」
「いや、縦だ。2本共にガフセイルがついている」
「ということは、まあ季節風にもよりますが、片道20日程度でしょうね」
「そんなものだと聞いている。どうだい? 報酬は国から弾むけど……」
「うーん、ちょっとフランシスコさんや師匠と相談したいんですけど……」
「そうだろうね。だけど、これはいい機会だと思わないか? 小さい船とはいえ船長の経験を積むことが出来るというのは今後の君にとってもきっと役立つはずだ」
「それはそうですね」
「じゃあ考えておいてくれ。明日の昼までに返事をもらえればいいから」
「はい。ディオン様はどちらにご滞在ですか?」
「港に私の事務所兼住居があるから、そちらに連絡をくれればいいよ」
「ではそうさせてもらいます」
いきなりとんでもない話を振られてしまった。
マテリエさんはあと4・5年と言っていたが、俺自身は2年ぐらいで独立するつもりだった。しかし、今となるとちょっとしり込みする気があるのも事実だ。
船長の仕事は航海士の仕事の延長線上にある。すでに俺が航海士の資格を取ってから1年以上航海しているし、名目上は魔法士だが色々の事情で代理として当直に立つことも多く、アリビオ号に古くからいる船員にとっては今でも普通に航海士の一人として扱われている。
だから、やって出来ないことは無いと思うのだが、それでも船という閉じた社会をうまく運営し、決断一つで全員を死に追いやることもある船長という仕事は、相応の覚悟が無いと受けてはならないという気持ちもある。
2本マストの縦帆船、ということは船員が20人ぐらいだろうか。それだけとはいえ人の命を預かるというのはなんだか恐ろしい気もする。
俺は、そのまま集合場所の酒場には向かわず、港に来ていた。
夜は出港、入港も難しいので、夕方の今の時分は日が暮れるまでに作業を終えようとする船の船員が忙しく働く姿があった。
かなり傾いた日が、横から港全体を照らして船を浮かび上がらせていた。
ディオンさんの埠頭はどこだったかな?
と、目をやったところにそれらしき船の姿があった。
遠くてよくわからないが、確かに細身の船体でマストが2本の船がそこにはあった。
近づいて見ると、索やマストの状態から良く整備されていることがわかる。
この船が、この船の船長に、俺がなれるのか……
近くに寄ってみたが、人は乗り込んでいないようだった。
だが、これは決して死んだ船では無い。
洋上や港で見ることができる、波を乗り越えて進んでいく姿が目に浮かぶ、生きた現役の船だ。
いまはただ、一時羽を休めているだけの渡り鳥のようなものだ。
うん、これなら。
俺はその船の整った姿を見て、心が決まった。
受けよう。
集合場所の酒場に着いたときにはもう日が暮れていた。
最初に終わるのは俺のはずだったのだが、もうそこにはメンバーが4人、酒を飲んで出来上がっていた。……4人?
「ああ、ケイン、遅かったね」
「ちょっと別の用事が出来てしまいまして……って、こちらの方は?」
「ああ、えーと、姉さん名前なんだっけ?」
「俺? ああ、俺はドラコでいいよ。ずっとそれで通してるからな」
「なんで一緒になって……こんなに飲んでるんです?」
前には空のジョッキが3段山積みになっていた。というか、これだけ空きがあったら下げるぐらいすればいいのに……
「おおう、いやなんだか景気良さそうな奴らがいるし、面白そうだったから声をかけてみたんだ。そしたらこいつらとんでもなくおかしな連中だろ? エルフの戦士に獣人の忍者、おまけにドワーフが船乗りだってんだから変わり者にもほどがあるってもんだろ」
「まあ、否定は出来ませんね」
見慣れない女性が、男言葉で話してくるのにも驚いたが、この人も見るからに屈強な体をしていた。黒髪を結い上げた美人だったが、半そでのシャツから見える腕は筋肉質で、背格好はマテリエさんと同じぐらいだったが、酔っ払っているものの発する威圧感はマテリエさん以上だった。
さぞかしランクの高い冒険者なのだろう。ちなみに人族だった。
「それで、ケインとか言ったか? あんたも面白いのか?」
「ケイン・サハラです。航海士で魔法士です」
「で、今は冒険者やってんのか? お前も相当だな」
「今回は臨時です」
「ふうん、まあいいや。とりあえずあんたも飲め」
と、飲みかけのジョッキを渡される。
様子を見ると、ジャックさんは黙々と酒を飲んでいる。カイラさんは、もともとあまり酒が強くないのか、食べる方に専念していた。
どうもいつもに比べておとなしいと思ったが、まあマテリエさんとこのドラコさんが思いっきり騒いでいるので、押されているのかもしれない。
俺としても今日ばかりは色々あったので飲みたい気分だったので有難く受け取って杯を干した。麦酒の苦い味が口中に広がる。南大陸ではこれが良く飲まれているが、確かにうまいと思う。
報酬の件や互いの情報交換を一通りした後、黙って聞いていたドラコさんに俺は聞いてみた。
「そういえば、ドラコさんはここには冒険に?」
「ああ、まあちょっと遠くに行く用事があって、ここで一時待機ってことになってんだ。あ、いや、俺は冒険者じゃない。普段はどっちかというと篭りっきりだな」
「へえ、それにしては鍛えているようですね」
「まあな、俺のところはみんな荒っぽいからな。それなりに鍛えてないとやっていけねえんだ。それより、ケインは船乗りだろ? 海のこと話してくれよ」
「ええ、それじゃあこれは最近あったことなんですが、ソバートンからアンティロスに帰る途中で……」
女性で「俺」という一人称からも想像がついたが、ドラコさんは気さくな人だった。どうも世界中を旅してきたようで、北や西の大陸の事にも詳しかった。
俺も杯が進み、そろそろ危ないかなと思うぐらいに飲んだ。前世でもここまで飲んだ記憶はないし、船乗りの生活はどちらかというと抑制的なので、こちらでも未経験だ。
まあ……俺はまだ15歳なので酔いつぶれるほど飲むというのも問題があるだろうが。
「じゃあ、あんた達はここで解散ってことになるのか?」
「そうだねー、あたしはいい仕事があったらもう少し組んでおきたいと思ってるけど、ジャックやケインは本来こっちの仕事じゃないからね」
「わしも、そろそろ船のゆれが恋しくなってきたところだぜ」
「あんたは陸地でも酔っ払って千鳥足じゃない」
「なんじゃとー」
「私も今回の依頼は楽しかった。出来れば……という気はあるが、まあかなわぬならば今までどおりここを拠点にして地道にやるだけだな」
「そういうケインはどうなのよー」
「俺……俺はちょっと別の用事が出来てしまいまして」
「そうか、ケインも休まる暇が無いね。まあ、いいことだけど」
俺に来た話は船長だ。
それを言ったらみんなは祝福してくれるだろうが、別れることになるのは寂しい。まさか小船でタロッテに行く道中にこのメンバーを連れて行くわけにもいかないだろう。そんなに危険な旅になるはずもないし、彼らを雇うような費用がディオンさんから出るとも思えない。
2・3日はここで休養ということになるはずだから、正式に決まったら言おう。
宴がはけて、皆がばらばらに宿に帰っていく。ここは宿併設の酒場では無いので、それぞれが別の宿を取っていた。マテリエさんはカイラさんの家に居候しているとのことだった。
一人自分の宿に向かう。懐には今回の報酬と戦利品を換金した分でかなりの金額の現金が入っていた。
まだ治安はそう悪くないニスポスだったが気をつけておくに越したことは無いだろう。
そう思って注意しながら夜道を歩く俺に、後ろから声がかかった。
「おい、ケイン……いや、こう言おうか、佐原健、いや健一かな?」
俺は一瞬で酔いが醒めて酒精が冷や汗に変わった。
今回の豆知識:
縦帆の場合は、ヤードに登って展帆・縮帆をする必要が無いため、人員が少なくて済みます。
とはいえ、上に横帆を追加してある場合も多いので、その場合はもう少し必要になります。
さらに、一般的には軍艦よりも民間船の場合は船員をケチることが多いので(というか大砲要員がいらないので)さらに少なくなります。アリビオ号は例外的に多いという設定です。




