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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第二章 13歳編 ローブを纏った航海士
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誕生日

 アンティロスで荷を下ろし、上陸休暇となった。

 アンティロスの関係者は、予定より1ヶ月も早いアリビオ号の帰還に、何があったのかとちょっとした騒ぎになっていたようだ。

 途中でストランディラに拿捕されていたことで、ソバートンへの到着は遅れたが、そこからリッケンへの寄港を取りやめにしたためにそうなったのだが、国家間のあれこれがあるので、そのあたりは口を濁して、トラブルでソバートンから引き返してきたとだけ言ってよいことになった。

 幸い、鯨の衝突痕があったり、砲撃のダメージが残っていたりしたのでそのあたりの信憑性は十分にあった。


 もちろん事実を話しておかなければいけない相手もいる。師匠はまさしくその一人だった。


「……なるほどな」


 俺は一通り、整理した情報を師匠に伝えた。

 ほぼ2ヶ月ぶりに見る師匠は、船に居たときよりも身なりが良くなっているようだった。髪も切りそりえ、ひげもきれいにあたってあった。

 この間から王の相談役と海軍の顧問の役目を押し付けられたそうだ。師匠ほどの人は引退したといえども暇ではないのだ。


「ぼける心配をするより、その方がいいですよ」


 なんて、マリアさんは言っていたが、ともかくこれまで何ヶ月も離れ離れだった夫が、危険な船の仕事をやめて毎日帰ってくるようになったことの方が、彼女にとってはうれしいのだろう。毎日元気一杯で家事をこなしていた。

 師匠は、長い間考え込んで、口を開いた。


「今回は大変じゃったな。まさかそんな陰謀が裏で動いていたとは、思いもよらんかった。ストランディラの、いや、トランダイア伯の恨みがそこまでだったとはな……」

「ええ」

「よし、わしに任せておけ。これはかなり複雑なことだから、お前が悩むことではない」


 と師匠は請け合ってくれた。


 数日後、師匠に外出するのでついて来るように言われた。

 すでに、暦は8月となっていて、町行く人も半そでが目に付く。

 師匠はにぎわう町を通り抜け、貴族街へと向かうようだった。


「……?」


 師匠はさらにまっすぐ進んでいく。俺はてっきりガルシア家が目的地だと思っていたのだが、そうでは無いようだ。こんなに貴族街の奥深くに来たのは初めてだ。

 最終的に着いた目的地は……


「ここは……王宮ですか?」

「おお、そのとおり……なに、かしこまる必要はない。今日は別に国王に謁見しようと言うんじゃない。先日の件について、実務的な会合があるんじゃ」


 とりあえず見苦しくないように上着は着て、帽子も被り、船乗りとしての正装をしていたが間違いではなかったようだ。いかに「実務的」とはいえ、それなりの地位の方々に会うのだから、めかしこみ過ぎということにはならないはずだ。

 師匠は、門番に挨拶して、左の側道に向かう。


「こっちに裏口がある。そっちから入るぞ」


 着いていったら、木陰に隠れて小さな入り口があった。門番は見当たらなかったが、師匠が青く塗られたその扉をノックすると、のぞき窓が開いて、錠が外される音がした。

 師匠に続いて中に入ると、そこは詰め所になっていて、粗末な机と椅子がある小さな部屋だった。

 壁も床も石がむき出しだったので、王宮といえどもこんなものかと思っていたら、そこを通って廊下に入ったら、がらっと雰囲気が変わった。

 床にも厚いじゅうたんが敷かれ、壁もきれいに塗られており、塵一つ無いぐらいしっかり掃除されていた。

 しばらく歩いてとある部屋に入る。

 中には……


「いやいやいや、お久しぶり、ケイン君」


 中にはすでにトレリー卿と、マテリエさん、カイラさん、サイラスさんが揃っていた。

 しばらく会えなかったが、みんな元気のようだった。

 俺がみんなと色々話をしていると、扉が開いてディオンさんが2人の役人らしき人を従えて現れた。


「みな揃っておられるようですね。では早速始めましょう」


 長方形のテーブルの上にディオン宰相が座り、その左右に役人が座る。俺たちもそれぞれ席についた。


「大体の状況は皆知っているでしょうが、その後の新情報についてお伝えします」


 一同、聞く体勢になってディオンさんに注目した。


「まず、センピウスからの連絡があって、フリゲート……えーと、ラウカト号ですか。その拿捕賞金が算定されました。その半額、金貨312枚と銀貨64枚がアリビオ号に支払われる予定です」


 これに関しては、実際にはこの場のメンバーは関係ない。俺にしても、当時は船員として登録されていなかったわけだから、受け取る権利は無い。では、なぜその事を?


「本来関係ないのですが、この後の話とも関係するので、ケイン君は受け取ったことにしておいた方がいいと考えました。そして、その関係する話ですが、ミスリルの塊の事です」


 この件は船員には秘密にしてある。


「確かに純ミスリルの塊だと鑑定されました。今のレートで、約金貨521枚というところです。これに関しては使い道がありますので、国で買い取りたいと思いますがいいですか?」


 皆の目がマテリエさんに注がれる。この件については、彼女が責任の主体となっている。


「いいよ。それで問題ない。分配は……」

「はい、そちらで自由になさってください。では、その件はそういうことで……次に、サイラス君のことですが……」


 こちらの方が今回のメインと言える。皆が息を呑むのがわかった。


「正式に証言を記録させていただいた後で、2年。その間、わが国で拘束させていただきます」


 ああ、やっぱり…………いや、この程度で済んだと言うべきか。

 カイラさんとサイラスさんは息を吐いて気を抜いたようだった。

 最悪死刑を覚悟していたことを考えれば、この処置は有難いものかもしれない。


「ありがとうございます。命を助けてもらって私も妹も感謝しております」


 サイラスさんが代表して答える。


「まあ拘束といっても、牢屋に入ってもらって無駄な時間をすごさせるつもりは無いよ。ストランディラの事や、向こうの航海魔法士の技術など、聞きたいことは多いから。当面はこの庁舎の中で寝起きしてもらって、仕事はダニエル様預かりということでお願いしようかと……」

「うむ、任せてもらいましょう」


 元々内諾は取ってあったのか、師匠はすぐに請け負った。


「さて、後は……」

「私の事でしょうな」


 トレリー卿だ。


「そう、トレリー卿の問題ですが、必要な情報交換をしたら、捕虜としてソバイトーへ帰ってもらおうと考えています」

「まあ、そのあたりが妥当でしょうな。というわけで、マテリエ君、帰りもお願いするよ」

「正直、あたしとしては今回国家間の事に関わりすぎていて良くないなと思ってるんだけどね。まあ、ここまで連れてきてしまった以上は仕方が無いか」


 カイラさんはすでにサイラスさんと共にトランドに残ることに決めている。内陸のマース湖に面したソバイトーについて行けるのはマテリエさんだけだろう。


「あの……」


 俺はカイラさんとサイラスさんをチラッと見てディオンさんに尋ねた。


「トレリー卿の提案の件は……」

「……ああ、そうか、そうだね。カイラ君たちもこっちの側になったからこの場でもいいでしょう。トランドとしては、検討に値すると判断しています」

「それは、ストランディラと……海岸派と戦争をする、ということでしょうか?」

「いや、そんなすぐの事ではありません。今のトランドの方針としては、ともかく南大陸との交易を通じて力を蓄えている最中です。1年2年で準備ができるわけでは無いから、しばらくはこのままの状態が続くと思います」

「そうですか、安心しました」


 戦争になると、俺やアリビオ号の面々、そしてパットにも危険が及ぶかもしれない。こんな風に常から危ない目にあっている俺としては、いろいろ心配だった。


「ただ、何も現段階では確定していない。状況は常に流動的だからね。今は無事だけどセンピウスがさっさとストランディラに攻め入るかも知れない。あるいは東からノヴァーザルがストランディラに侵攻しないとも限らない。だから……」


 そこでディオンさんは広げていた書類をまとめ始めた。


「くれぐれも他言無用です。この場で見て聞いたことは、全員秘密にするように、いいですね?」

「はい」


 一同の声が重なった。



 なぜ、拿捕賞金を俺も受け取ったことにしなければいけないかは、後日カルロス達と会ったときにわかった。

 彼らとしては、あれだけ活躍した俺に分け前が無いかもしれないと、心配してくれていたのだ。

 それどころか、自分の分け前をいくらか分けてくれようとさえ考えてくれていたらしい。

 もちろん、俺はお礼を言って辞退した。

 むしろ、こちらの受け取った額の方がはるかに大きいのだ。

 その日は俺持ちで、リック、カルロス、そしてマルコと食事をした。

 みんなには、トレリー卿の護衛の収入がかなりあったとごまかしておいた。

 実際に、トレリー卿からは当初の契約より多めにもらっていたのでうそでは無い。



 アリビオ号の修理は、順番待ちをしていたので2週間ほどかかり、その他拿捕賞金の手続きやなんやらで、出港は1ヶ月後ということになった。

 となると……


「おめでとう」


 8月18日、それはパットの16歳の誕生日だった。

 俺も数日後には出港しなくてはいけないが、パットは1週間ごとには戻ってきていたので会うのは4度目になっていた。

 アリビオ号の状況については話してあったが、まあ、俺自身が五体満足でここに居るしアリビオ号も港に戻っているので、比較的冷静に聞いてくれたと思う。

 彼女の方は、やはりアリビオ号に比べれば短い航海なのと、これは成長したのだろう。すこし背も伸び、体つきもすこしふっくらしていた。

 太った? と聞くような野暮はしません。ええ、絶対に。


 俺が彼女に差し出したのは小さな包みだった。


「……開けていい?」

「もちろん」


 彼女がリボンを解き、紙の包みを開けると、そこには鳥の形をした木彫りが入っていた。


「……これは? 髪留め?」

「そう。最近髪も伸ばしているみたいだから、ちょうど似合うかなって彫ったんだ」

「ありがとう……でも、これって……何か臭いが……」

「ああ、それは前に言ったと思うけど、マテリエさんが海に落ちたときにつかまっていた酒樽の木を使ったんだ。海で安全に過ごせますようにって意味で……」

「……そう、あのおっきい人……」


 背の事だよな?


「まあ、幸運のお守りということで、帰りの船と、こっちにいる時に見よう見真似で彫ったんだけど、あんまりうまくいかなくて……」

「いいえ、とてもうれしい。ありがとう」


 パットはそのまま、背中まで伸びた髪をそれで留める。

 くるっと一回りして見せてくれる。

 こうして見ると、前より大人びて見えて、やはり彼女は年上なのだな、と思える。


「そういえば、樽の中身はどうなったの?」

「ああ、それはみんなで分けて、俺の分は貯金することにした」


 師匠もそれでいいと言ってくれていた。まだこの家にいていいから、将来のためにその金はとっておけと。


「それは私も賛成。どうせケインは船を買うんでしょ?」

「うん、まだ足りないからこれからがんばらないといけないけどね」

「そのときは私も連れて行ってね」

「もちろん」


 まだ何年かかるかわからないが、俺は自分の船を手に入れて航海を始めるつもりだ。

 そのためにもアリビオ号で後進を育てなくてはいけないし、俺自身ももっと勉強しなくてはいけないことがある。

 だけど、今回の事件、大変だったけど、それでその将来はぐっと近くなったことも確かだ。俺自身の回りも、トランドという国の周辺も、いろいろあるが、俺自身は精一杯やっていくだけだ。

 もう俺の唯一の故郷となったこの場所のためにも……



第二章 了


いろいろ詰め込みすぎた一方、キャラが動かしにくかったという反省もある二章でしたが、これにて終了です。

多くの皆さんに見ていただいて非常に感謝しています。

まだまだつたないですが、今後ともよろしくお願いします。


明日は二章の資料などをアップします。

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