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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第二章 13歳編 ローブを纏った航海士
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接敵

 ダイアレン号が右舷の砲門を押し出し、発射態勢をとる。

 敵もすでに右舷の砲が出ているのが見える。

 ドーンと単発の音がするのは船首砲で距離を測っているのか。

 両艦とも被弾した様子は無い。


 風は相変わらずこちらの後方から吹いていて、船尾上甲板にいる俺にも吹き付けてくる。ローブがばたばたとはためくのが気になるが、俺は戦況に注目する。

 ダイアレン号と敵艦は、もう砲撃可能な角度になっているように、こちらからは見える。だが、まだ砲撃の音は聞こえてこなかった。

 じりじりしていると、突然轟音が響き渡った。

 一斉に乱れなく砲撃をしたのは、砲煙が立ち上っていることからもわかるがダイアレン号の方だった。

 遅れて、敵艦からも発射音が響く。発射の音の高さでわかるが、こちらも重い砲弾を撃つ大砲だった。


 こちらで一度あがった歓声が、しぼんで消えていく。

 何が起こったか?

 ダイアレン号の砲弾は数発命中し、特に後部の砲列に直撃したものが被害を与えたようだ。ちょうど艦長室にあたる位置の船体が破壊され、煙が出ている。

 だが、遅れて発射された敵艦の砲撃はダイアレン号に重大な損傷を与えていた。

 悲鳴や叫び声と共に、ダイアレン号のメインマストがゆっくりと右に倒れていく。


 これは良くない。

 中央のマストが帆を開いたまま敵のほうに倒れたのだ。これでは右舷の砲門のいくつかがふさがってしまい、火力が半減してしまう。

 悪いことに他にも着弾があったようで、ダイアレン号の甲板上は激しく混乱していた。


折れたマストのせいか、速度が落ちたダイアレン号が近づいてくる。


「進路やや右、敵に打撃を与える」


 船長の命令が飛ぶ。

 ちょうど、ダイアレン号をカバーする形で敵に近いほうの進路を取ることになる。

 俺も万が一の敵の魔法攻撃に備えて構える。

 今回のすれ違いは海戦としては至近距離といえた。

 これはダイアレン号が拿捕狙いであることが理由だろう。斬り込みやすいように近づいたということだ。

 この状況においてはアリビオ号の、射程が短い大砲でも敵に打撃を与えることができるはずだ。


「撃て」


 船長の号令に従い、接近した敵艦にアリビオ号の砲撃が放たれる。

 敵船には1発だけ命中。

 砲弾は、先ほどの命中弾の上、後部上甲板の手すりが吹き飛ぶ。

 周囲に木片が散らばり、被害を与えていく。

 後部上甲板には艦長がいて指揮をとっているはずだ。はたして人的被害がいかほどだったのかは遠目でわからないが、敵の指揮系統を混乱させられたかもしれない。

 事実、敵からの砲撃音は統制が取れていなく、ばらばらに聞こえた。


「よし、これで……」


 船長の喝采の後半をさえぎるように着弾があった。

 狙いが高い。

 近くを何かが通る音がして、布を引き裂く音がした。

 鎖弾だ。

 俺はとっさに伏せながらそう思った。

 鎖弾というのは、通常の丸い砲弾を半分に割って、それを鎖でつないだものだ。

 発射されると2つに分かれた砲弾が広がり、それに引かれて張られた鎖が、帆や索具の広い範囲にダメージを与える。

 通常の砲に比べると命中率は悪いが、相手の航行能力を奪うという点では有効だ。特に相手が自分より速度で勝る場合には……

 まさに今の敵艦とアリビオ号の関係そのものだ。


「けが人の治療に向かいます」

「よし、行け」


 俺は、身の安全を確かめてから、後部上甲板から前部に向かう階段に駆け寄った。

 船の状況が見える。

 幸いマストは折れていなかったが、帆や索具が何箇所かちぎれていた。

 ヤードやマストに登っていた者が数人、甲板に落とされている。

 俺は近くの一人に駆け寄って状態を確認する。


 だめだ、落ちたときに首の骨が折れたらしく、苦悶の表情を浮かべながら絶命していた。俺の魔法はあくまで「治癒」なので、すでに死んだものには効果が無い。

 パヴェル・ロマノ……熟練の船乗りで、メインマストをいつも一番で天辺に上がっていく男だった。

 もちろん良く知っていたし、最初にヤードで訓練していたときに横でついていてくれた。いつも頭巾で広くなった額を隠していたが、どちらかといえばひょろっとしていて「あまり船乗りらしくねえが、太れねえ体質でな」なんて言っていたのを覚えている。

 彼の死を悼む気持ちはあるが、任務が優先だ。

 俺は2人目の治療に向かった。


 3人、動けない船員を魔法で治療した後、俺は立ち上がって戦況を見る。

 こちらの大砲が発射される音も、向こうからの砲撃音も何回か聞こえたが、互いに大した打撃は与えられていないようだ。

 いつの間にか向かい風になっている。

 この海域でそうそう風が反転することは無いから、アリビオ号が方向転換したのだろう。そういえば、操帆の指示が出てきたような気がするが、魔法に集中していた俺は具体的にどういう命令だったかは意識に無かった。

 いきなり歓声が上がる。


 見ると敵艦のマストが折れている。

 アリビオ号からでは無い、ダイアレン号からの砲撃だ。

 ダイアレン号はいつの間にか折れたマストを切り落とし、右に回って敵に右舷を向けていた。

 ひょっとすると、海に落ちたマストをアンカーにして、そういう動きをしたのかもしれない。詳しくは見ていないからわからないが……


 ともかく残った帆を使って操船し、敵の後ろから一撃を食らわせたのだ。

 右旋回したアリビオ号は、若干スピードを落とした敵船の左舷後ろから接近していく。

 ダイアレン号も右旋回して、敵船の右舷側から接近するように進路を取る。

 これでもう決まりだろう。

 ダイアレン号の火力は無事だし、マストを除いて損傷はほとんど無い。アリビオ号もいくらか帆や索具がやられたものの、人的・装備的には被害が少ない。

 それに対して敵艦のほうは砲列を一部やられているし、マストも落ちている。

 このまま両舷からはさんでしまえば、敵も左右両方の大砲を撃つような余力は無いはずだ。


 じわじわと敵船との距離が近づいてくる。

 このまま斬り込みということになるか?

 アリビオ号では皆、木箱からカットラスを取り出して、振ったり持ち手を確認したりしている。

 いつの間にかマテリエさんも上に出てきていた。


「大丈夫ですか?」

「トレリー卿なら大丈夫……だけど、あのおじさん、好奇心が強くてすぐに甲板に上がりたがるんで、困るよ。いまはカイラについてもらっている」

「いや、マテリエさんの方は?」

「あたしは大丈夫さ。船の上での戦いは慣れてるからね」


 いや、俺が言ったのは立場的にどうかということだったのだが、たしかにこちらがやられてしまえば行き先はマローナだ。トレリー卿の身柄も安全では無いだろう。

 護衛本来の任務として、この敵艦を無力化するということは必要かもしれない。


「わかりました、無理はしないでくださいね」

「ああ、わかってるよ」


 巨人級冒険者、マテリエさん。巨人の体躯では船に乗れないだろうから、それに匹敵する彼女は、この場で最高の戦力であることは間違いない。


 アリビオ号は、敵艦に比べて一段甲板が少なく、高さが足りない。このままぶつかっても敵の上甲板までは届かない。

 そこで、各マストの横静索シュラウドに登って敵艦に飛び降りることになる。

 ちょっとジャンプ力に自信が無いと難しいし、波の状態にも左右される。

 踏み外して2隻の間に落ちたら船にはさまれてすりつぶされてしまう。

 こちらとしてはなるべく敵艦に混乱を引き起こして、ダイアレン号が追いついてくるのを待つという戦術が正しいだろう。


 ならば……

 俺は近づいてきた敵艦の後部上甲板めがけて、水を呼び出した。

 船の上でこれは混乱する。かつてリーデ号甲板上で有効だった手段だ。

 ところが、妙な手ごたえを感じて、予想したのより少ない量しか呼び出せなかった。

 しまった、敵の魔法士の妨害か。

 俺の呼び出した水は、敵の甲板をにわか雨程度濡らしただけだった。


 もう敵艦は目の前だった。

 こうまで近づいては砲撃もできない。

 散発的に敵も味方も高い位置から銃撃をするが、ゆれる船上でなかなか当たるものでは無い。


「いくよ」


 そう言って波のタイミングをはかって、マテリエさんが敵艦に飛び込んでいく。

 うまい。

 着地の衝撃を転がることで受け流したマテリエさんは、すぐに起き上がって体勢を立て直す。

 すぐさま手近な相手に切りかかっていく。


 こちらからも相手からも鉤爪の付いたロープが投げられ、二つの船の間が固定される。

 こちらはフォアマストの前、相手は後部上甲板だ。

 板が渡され、敵が飛び込んでくる。

 こちらもシュラウドの高い位置から敵船に飛び込んでいく。

 たちまち双方の船で敵味方入り乱れて乱戦になった。


 そのとき、銃声が響いた。

 慌てて身をすくませるが、痛みは無い。

 ふと見やると、敵艦尾の手すりから、海に投げ出される体が見えた。

 見覚えのある褐色の肌、マテリエさんだった。

今回の豆知識:


海戦描写難しい(愚痴です)。

それはともかく、軍艦というのは基本的に降伏はしないようです。降伏して無事生還しても、臆病な行動をしたとみなされたので死刑になったという話がイギリス海軍にあるようです。ということで、敵艦も一発逆転を狙って斬り込んできたという解釈は不自然じゃないと期待するのですが……

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