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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第二章 13歳編 ローブを纏った航海士
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闇夜の出港

 俺が「小細工」を終えるのにかかった時間は30分ほどだったが、そのほとんどは移動時間だった。

 アリビオ号に戻ってみると、まだ騒ぎは起きておらず、前のまま静かに水面にたたずんでいた。


“ジャックさん、今から行きます”

“おお、ちょっとだけ待ってな、便所に行くってことで俺も上がる”

“了解”


 船の便所は基本的に船首にある。もちろん水洗などではなく、いや広い意味ではそうなのだが、海に排泄物を落とすだけで、落ちないように穴の開いた椅子がいくつかしつらえられているだけである。

 アリビオ号の場合は前部に3つあり、船尾にも1つあるが、あちらは基本的に船長専用で、あえてプライバシーを保たなくてはいけない、例えばパットなどが降りた後は船長以外使うものはいない。

 俺は下ろしたままになっている縄梯子を、なるべく音を立てないように上る。時折縄がギシッと音を立てるのに冷や汗を流しながら何とか船べりまで上りきる。

 しばらくそのまま潜んでいると、階段を上ってくる足音が聞こえる。

 そっと船べりから頭を出してのぞいてみると、甲板上に見張りは2人いて、階段からジャックさんが現れた。

 見張りの注意がそちらに行っている隙に、俺は船べりを乗り越えて甲板に下り立ち、こちらに背を向けているほうに魔法を一発。

 対人戦闘だとこれしか使ってないよな、と思うがいつもの陰魔法、一瞬で体温を奪われ、見張りの1人が胸を押さえ崩れ落ちる。

 相手の体にかけているので、血液が凍って血流が止まるほどの威力ではない。実際には急に冷やされることによる心臓麻痺が起こっているらしいが、結果は同じ。

 一瞬で絶命した男をみてうろたえたもう一人をジャックさんが押さえにかかる。

 手を縛られているのでジャンプするようにしてのどを一突き、大声を出せないようにする。

 のどを押さえて苦悶する男を、俺が魔法で倒す。


「三人目は?」

「船長室だろうな」


 俺は船長室へ向かい、吊り寝台で眠っているもう一人を永遠に眠ったままにする。

 甲板に戻ると、ジャックさんが声をかけてくる。


「俺の合図で全員前に移動する手はずになっている。少々大きめにぶっ放して大丈夫だぞ」

「それはありがたいです」


 そして、俺は杖の直線部分に集中し、力を長く伸ばすイメージで魔法を詠唱し始めた。


「開門……陰よ、その力を我が前にもたらせ

 操作……冷気と化し、熱を奪え」


 詠唱するのはもはやワンパターンとなった陰魔法、だが短縮無しで人に使うのは初めてで、どれほど効果があるかは自信がない。

 それでもやるしかない。

 俺は、ジャックさんに目で合図をして、下で人が移動し始めた振動を感じて、魔法を発動させた。


「実行」


 階段上から船尾に向かって放った魔法は、一瞬で士官室全体を冷却した。

 パリンと聞こえたのは未開栓のワインの壜か、高いのでなければいいな、と俺は妙な心配をした。

 階段を下りる。

 背後から一撃切りつけられる。

 しまった、まだ残っていたか。

 痛みは感じなかった。

 前に飛び込み、凍りはしていないもののひんやりした床に転げる。

 体勢を立て直しながら振り返ると、ちょうど上からジャックさんが飛びかかり、最後の見張りを押さえ込んだところだった。


「ケイン、怪我はどうだ?」

「大丈夫です、ローブの中に荷物袋を背負っていたのが切られただけです」


 俺は切られた背中を確認して答える。

 黒っぽいローブのほうが目立たないだろうと、帆布で出来た袋を背負った上から着ていたので命拾いをしたようだ。背中は筋肉が無いので骨でもやられると色々大変だ。うん、今後はある程度防具についても考えないといけないな。

 熱帯とは思えないほど冷やされた空気の中で、俺達は縄を切って船員を解放していく。

 解放されたものを手伝いにして全員の縄を解くまでそう時間はかからなかった。

 さすがに縛られ慣れているというか……いや、これはあんまりいい傾向では無いな。

 ともかくほとんどが前回のセベリーノ号、リーデ号の時の生き残りであるアリビオ号の船員に細かい説明は必要なかった。

 聞いたところによると10日ほど拘束されていたそうで、皆やつれて動きもぎこちなかったが、目は死んでいなかった。


「では、脱出計画を説明します」


 俺は、とりあえず出港までの手順を手短に説明し始めた。



“マテリエさん、こっちの準備は完了しました。お願いします”

“了解”


 準備を始めてから30分ほど、俺はマテリエさんに通信を送った。

 すでに甲板には船員が伏せ、いつでもマストに登って帆を開けるように待機していた。

 その他の準備も完了し、この後は時間が経てば経つほど条件は悪くなっていく。


 しばらくして、港のほうが騒がしくなってきた。

 軍の詰め所だろうか、船尾甲板から見ていると大きな建物で明かりが増え、中が混乱しているのがわかる。鐘が鳴らされ、宿舎と思われる別の建物からも明かりが漏れてくる。


「よし、始めましょう」


 伝令を介して前部に指示を飛ばす。

 そこには士官は居なかったが、この状態では贅沢は言っていられない。

 闇夜を、左右合わせて6門の短重砲による砲火が照らし出す。

 轟音が響き、左右にとめてあった軍艦の船体が砕けるのが見える。

 通常の海戦よりさらに近距離なので、ほとんどの砲撃は命中し、船と船員にダメージを与えていく。

 慌てている様子が、ランタンの光の動きからも伺える。


 続けて二撃目。

 今度も命中し、両側の軍艦の混乱はさらに広がっていく。

 あえて長砲を使わず短重砲を使ったのは、装填速度が速いということ、1門ごとの操作人数が少なくて済むこと。これにより、両舷の6門全てを砲撃に使用することができる。

 通常、船は横を向いて敵船に対するので、一度に操作する大砲は片舷のものだけだが、今回はどちらにも敵艦がいるのでセオリーからは外れる。


 港全体も騒がしくなってきた。各艦、各船で何事かと起き出して状況を確認しようと甲板まで上がってきているのがランタンの動きで見える。

 いよいよ時間がなくなってきた。


“マテリエさん、どうですか?”

“ああ、今全員救出できた。これから脱出するよ”

“港にも兵士が出てきています。気をつけてください”

“はいよ”


 そろそろいいだろうか?

 俺は命令を出し、錨を巻き上げさせると同時に、帆を展開させる。

 船というものは始めゆっくりと動き出し、徐々にスピードを上げていくものなので、出遅れは失敗につながる。

 そういう意味で、早く動き出すことが何よりも大事なのだ。


 港のほうを見ると、マテリエさん達が10人程度の集団で建物から出てきた。

 あたりには兵士がランプやたいまつを持って取り囲んでいた。その数少なく見ても30人ほど。

 見ているとさすがにマテリエさんは格が違った。

 反撃の機会を与えずにあっという間に3~4人を切り伏せる。

 ひるんだ敵にすかさず陰からカイラさんが短刀を突き刺す。

 そうして、道を切り開き、一同は着実にアリビオ号に向かって進んでくる。

 だが遅い。

 すでに行き足をつけたアリビオ号は桟橋から離れようとしていた。

今回の豆知識:


トイレですが、一般船員用のものは船首ヘッドにあるので、トイレのことをそのものずばり「ヘッド」と呼んでいたそうです。

いまでもそうなんじゃないかな。


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