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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第二章 13歳編 ローブを纏った航海士
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最初の一手

「ところで、みんなが捕まっている場所はどこかわかりましたか?」

「ああ、一般の船員達はそのまま船に、船長達は違うらしいが、たぶん港近くのどこかに監禁されていると思う。街中での目撃証言が無かったから」


 となると、問題は2つ。

 1つは目標が分散していることで、先にどちらかを攻めてしまうと後の方の警戒が強まってしまい、成功が難しくなること。

 まあこれは、片方が船ということが幸いだ。これで船と士官と一般船員で3ヶ所に分けられている、とかだったら手のうちようがない。それに比べれば数段ましだ。

 やり方としては二手に分かれて片方が船員の解放と船の出港準備、もう片方が士官たちの奪還ということになるだろう。


「では、ケイン君と私が港ということでいいだろうか?」

「それで問題ありません。マテリエさんとカイラさんは船長やサイラスさん達をお願いします」

「了解」「承知」


 この中で船の構造や出港準備の指揮を取れるのは俺だけだ。そして船長達の救出は相当な荒事になるはずで、そこにトレリー卿を連れて行くのは難しい。ここは直接戦力になる2人だけを送ったほうが勝算は高い。


 そして、2つ目の問題。

 これは、首尾よく皆を救出しても、その後脱出できなければいけないということだ。港には船が多く、その中には伯爵配下の軍艦もある。全て隠密裏に事が運べば気づかれる前に脱出できるかもしれないが、それは望み薄だ。

 また、ここまで重要な港なのだから、沖合いに巡視船が出ていないとも限らない。

 そうした敵船を振り切ってトランドに戻るというのは、かなりの困難が予想される。


 まあ、そっちの方は正直なところそこに至るまでの不確定要素が多すぎて、どうなるかわからないというのが現状だ。

 いくつか考えていることはあるものの、それで脱出が成功するかというとわからない。


「脱出に関しては、臨機応変にやるしかありませんね」

「うむ、さっき聞かせてもらった案は非常に良い発想だと思うよ。素人考えだが、実現したらかなりの混乱を与えられるように思う。いやいやいや、さすがに船乗りといったところか。見た目はまるで新米魔法使いなのにね」

「新米魔法使いで合ってますし、船乗りとしても新米もいいところですよ。さあ、それでは行きましょうか」


 すでに日が暮れて、雨も上がっていた。気温は昼間に比べれば下がっていたが、その代わりに湿度は上がっているので快適とは言いがたかった。ここは熱帯なので一年中こんなものらしい。ふと、俺は見知らぬ土地にいるということを感じ、故郷が懐かしくなった。

 いつの間にか、俺にとって懐かしい故郷の気候というのはもう日本のそれではなく、アンティロスの、海洋性らしく一年中温暖な気候にすり替わっていた。

 まあ、もはや日本など帰りたくても帰れないのだからそれでいいとも思うが、それでもちょっと寂しい気はする。


 つかの間の滞在となった館を締め切り、いかにもまだ中に篭っているようにした。生き残った使用人にはしばらく働かなくても良いぐらいの給金を与えて家に帰し、全ての準備を終えた俺達は外に出た。

 人目につかないように、湖側から森を抜け、商業地域を避けてバラックの立ち並ぶ地区を通って港に向かう。

 ランプの油ももったいないのか、稀にしか明かりのない裏通りは、俺たちには好都合だった。治安も悪いのかあたりに人影はなかった。


 いったん全員で港に出る。

 事前に確認しておいたとおり、東北に扇を開いたようになっている港の、北のほうに海軍の区画があり、今いる東側には一般の船、商船や漁船が停泊していた。

 夜の港は人影もなく、静まり返っている。

 夜間に出港や寄港する船などないのだから、それは当然だった。


 先行すべきは俺たちだった。

 船長達を助け出すのにどれぐらいかかるかわからないが、アリビオ号の仲間を助け出し、船を奪還し、出港準備を整えるのにかかる時間のほうがはるかに長いはずだ。

 物陰に隠れながらアリビオ号に近づき、俺がまず試したのはこの魔法だった。


「開門……ジャック・ドワイトの精神よ、その心の扉を開け放て

 次門……我が精神よ、その心の扉を開け放て

 操作……2つの扉は道をつなぎ、往来を開始せよ

 実行」


 そう、『魔人』のことがセベシアに、そしてマローナに広まっていないのだとしたら『豪腕』のことも同様のはずだ。ただの艇長であるだけのジャックさんが一般船員と一緒にされている可能性は高いはずだ。


“ジャックさん……ジャックさん、聞こえますか?”

“……? ……! ケインか!”

“やはり船に捕まっているんですね? よかった”

“というか、お前今近くに居るのか?”

“ええ、いろいろあって偶然マローナに。それより現状を教えてください”

“ああ、あの時……だまし討ちにされたときと同じで、下の甲板に閉じ込められている。船長達はどこかに連れて行かれちまったがな”

“船長達はマテリエさんに行ってもらう予定です”

“おお、あのエルフか”

“それで、こっちとしてはその前に船を取り戻していつでも出港できるようにしておきたいんですが”

“そういうことなら、敵のほとんどは下甲板にいる。便所のために上に出たときに確認したが上は2~3人で、下に20人弱ってところだ”

“やはり多いですね”

“なに、うまくやれば俺一人でもなんとかならあ”

“……縛られてますよね?”

“それでもだ”


 さすがジャックさん。と思ったが、本当に大丈夫だろうか?


“無理しないでくださいね。俺がまず上を片付けますから、一緒にやりましょう”

“ああ、だが港から出る方法は考えてるのか?”

“そちらもいくつか策を考えています。準備できたらまた通信します”

“おう、戦えそうな奴にはこっちで声をかけておくぜ”

“よろしくお願いします”


 そして俺はジャックさんとの通信を切った。

 続いてマテリエさん宛てに通信魔法をかける。


“マテリエさん”

“……ああ、びっくりした。ケインだね?”

“はい、船の方は何とかなりそうです。そちらは?”

“それらしい場所は見つけた。まだ動きはないから、ひょっとして明日の処刑をそのまま実行するのかもね”

“なぜですか? 明日まで引き伸ばす理由なんて……”

“たぶん、処刑のことを町に広めてしまったんで、いまさら無しって言えなくなった可能性がある。伯爵も人気取りに必死ってわけじゃない?”


 なるほど、公爵もそうだがトランダイア伯爵もこの町に根を下ろしている。一度公言したことを覆すというのは、町の人……はともかく、マローナの貴族街での評判を落とすと考えたのかもしれない。


“では、こっちのタイミングにあわせていただけますか? 船を奪取したらまた連絡します”

“はいはい。じゃあこのまま隠れて待機してるよ。がんばってー”


 最後は気の抜けるようないつものマテリエさんの口調だったが、確かに緊張しすぎてはうまくいかないこともある。そういう戒めだったのだと思うことにする。


「ではトレリー卿、俺はこれからちょっと小細工に行きますから、見つからないように隠れていてください」

「はいはい、わかったよ」


 トレリー卿は、目立たないようなフードつきの外套の胸元を、暑そうにばたばたしていたが、さらに身を低くして物陰に隠れた。


 よし、じゃあ「ちょっとした小細工」に行きますか。

 俺は、巡回の兵士に見つからないように移動を始めた。

今回の豆知識:


設定上はアンティロスは南緯35度ぐらい。ちょうどニュージーランド北島ぐらいです。

北緯35度だとアメリカのカリフォルニア州ぐらいで、そういう気候だと思ってください。

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