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蒼海の魔法使い~海洋系リアル派異世界冒険記~  作者: あらいくもてる
第四章 15~16歳編 魔法書は吊り寝台の中で揺れる
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とある魔王の無駄知識

 船の荷揚げを監督して、その後色々手続きをして宿に着いたのは夜だった。

 夕食は適当に済ませ、俺は自室にこもって通信魔法を起動する。


“約束通り、来ましたよ”

”ああ、退屈していたよ。どう? 向こうの調子は?”


 前回と変わらない、脳天気な響きの声が頭に響く。「元」「大」魔王、アンタルトカリケだった。


”どうもなにも、まだドラコさんは帰ったばかりで何も進展は無いですよ“

”そうなんだ。まあ、そうだよね。他に変わったこと無い?“


 変わったこと、か。魔法方面では無いが、時勢を考えればある。だが、それが彼の興味を引くだろうか?


“変わったこと、ですか? 最近ストランディラが調子に乗ってトランドの船が大変です”

”へえ、そうなんだ。あいつらも新興国の割によくやるよね“

”それを言うと、トランドはもっと新興国なんですが……”


 ダカス帝国があった頃、いやそもそも建国以前から存在している彼にとっては、どの国だって新興国だろう。


”まあいいや。それで魔法の修行はうまくいっている?“

“ええ。なんとか。まあこれからですけどね。……そうだ、地球のことはかなりご存知でしたよね?”


 俺は、地球では一介の大学生だった。そのせいで、あまりこちらで地球の知識を生かしてあれこれ作ることができていない。だが、地球に行ったこともあるらしい彼なら、それ以上のことを知っているかもしれない。


”まあね“

“それじゃあ、もしかしてステンレスの作り方とかご存知じゃないですか? あと、船の技術に関することは何か知っていますか?”


 ロバートさんには否定されたが、もしかすると彼なら知っているかもしれない。


”うーん、僕もインターネットが自由に使えたから、それなりにいろいろ知っているけど、そういう方面は興味なかったからなあ”

”そうなんですか……”


 インターネットが使える体だったのか……案外向こうでは人間のふりをして過ごしていたのかもしれない。少なくともあのふざけた小動物の形ではネットサーフィンもできないだろう。


”まあ、インターネットは何でも見つかるけど、だからこそ見つける方の頭脳が問われるよね。バカが使ってもバカなものしか見つからないというか……”

”ああ、それは同意します。ネットが低俗って言ってる奴に限って、調べる本人が低俗なサイトばっかり見ているとかありますもんね”

”そう、だから僕もネットなんてアニメとゲームを調べるのにしか使ってなかったよ”


 なんとなくそんな気もしていた。たしかに低俗ではないと思うが……


”それは高尚なんでしょうか……?”

”まあ異文化理解にはサブカルチャーを見るのが一番だよ。高尚も低俗も無いと思うね“

”なるほど……“


 それは同意できるな。アメリカ文化を知りたければ、ヘミングウェイを読むより、ハリウッド映画でも見ていたほうがいいかもしれない。


“おやおや、物分かりがいいね。よし、じゃあ特別にご褒美だ、えいっ……どう?”


 一瞬、空間が揺れた気がした。だが、取り立てて何か変化があるようには見えない。


”どう、って?”

”あれ? 気づかない?“


 気づかない? と言われても、見える範囲に異常な点はなかった。


“ほら、よく見てみてよ、前回と今回のサブタイトルがどっかのライトノベルっぽくなってるでしょ?”

”本当だ! ……ていうか、くだらないことしないでくださいよ”


 後で思い返しても、俺がどうやってサブタイトルなんて物を確認できたのか思い出せない。本当に……どうやったのだろう?


”くだらないことだとは認めるけどね、これは大魔王だからこそ可能な時空魔法なんだから特別なんだよ。お陰でためた魔力10年分ぐらいつかっちゃった”


 これで、大魔王の復活を10年遅らせる事ができたようだ。俺は世界に対して多大な貢献をしたのだ。まあ、後世に語り継がれることは無いだろうが……

 ともかく、こうしてアンタルトカリケとの一回目の通信は、大した実りも無いまま終わったのだった。




 「やはり、主力は本ですか?」

「うん? そのつもりだけど……セリオは何か気になるところある?」


 俺はセリオを伴って、アンティロスへの積み荷を物色している。この男は、船乗りとして優秀なだけではなく、商売や経理に関してもかなりの見識を持っている事がわかっていた。


「いえ、まあ……あの、船長、参考になるかわかりませんけど……」

「どうぞ、言ってみて」

「……魔法書だけだと需要が限られると思います。向こうで無い商品を見つけて送る。それが出来るのも今回と次ぐらいじゃあないでしょうか?」

「やっぱり……そう思うよね」


 アンティロス滞在中、必死で作った必要な本の目録だったが、それを一さらいすれば後が続かないのではないのか、という心配はあった。


「それでですね。むしろ一般の本を運んだらどうかなと、例えば長編の小説とか……」

「それは競合が多いと思うし、アンティロスの本屋もそれほど繁盛しているようには見えなかったよ?」


 一応検討したのだ。


「そりゃそうでしょうが……船長、アンティロスだけに目を向けるより、トランド全体のことを視野に入れればどうでしょう?」

「……続けて」


 セリオが何を言い出すのか気になる。彼はいつも自信たっぷりの態度だが、これまでのところそれに見合うだけの能力を証明している。


「御存知の通り、トランドは働くものの半分に近いぐらいが船乗りです。で、航海中にみんな暇を持て余しているように思うんですよ」

「なるほど……でも、字が読める船乗りがそんなにいるかな? それに船乗りの給料では高いんじゃ……」

「なに、暇だったらそれぐらい勝手に勉強しますよ。なんてったって暇ですから。だから、船乗り向けにするなら高尚なやつより、下世話な小説とか、人気の面白い長編とかがいいんじゃないですかね。それに、何も個人で買わせなくてもいいでしょう?」


 なるほど、これは大学1回生だった頃、フランス語の先生が言っていたことだが、ユゴーなどの作品は、当時のフランスで大人気だったので庶民が共同で買って回し読みしていたらしい。文化レベルを考えると今のアンティロスも当時のフランスと同じぐらいだろう。一人ひとりが買うのでなく、船の共用品として売ってみれば少々高価でもやっていけるのかもしれない。


「そうか……ついでに、辞書とかを一緒に売り込んでもいいかもな。うん、商材の一つとしていけそうな気がしてきた」

「そうでしょう、それに識字率が上がることでトランドの国力も強化されますよ」

「うん? セリオはずいぶん視野の広い見方をするんだね」


 やはりただものではない、という印象を抱いた。だが、同時にトランドのことを真剣に考えているようなので、その点は安心した。


「え……ええ、まあ、身近な人の影響ですかね」


 親戚が学者か役人なのだろうか?


「一般書も考えるとして、それでもかなり空きは残るなあ」

「その辺は適当に売れそうなものを突っ込んでいったらいいんじゃないですかね? ほら、向こうは秋だから冬物の暖かい羊毛や生地なんかを」

「ああ、そうか、季節も考える必要があるね。だけど今回はちょっと原資が足りないかも」

「ああ、その辺は船長の懐事情ですからね。うまくいったら今後は拡大していくんでしょう?」

「そのつもりだ……よし、今回は魔法書と冬用の毛織物を主体にしようか。船乗り向けの小説はちょっと市場調査が必要だと思うし」


 一つ心配なのは、船乗りの手が汚れていることだ。索具や船体にタールを塗って防水にしているからしょうがないのだが、その手で触っては本もすぐ汚れてしまうのではないだろうか? あるいは石鹸も一緒に売るか?

 そんな感じで色々考えながらも、交易品を買い集めることができた。


今回の豆知識:


嫌いな人もいるでしょうが、これが初作品ということで色々な書き方にチャレンジしています。たまには遊びも入れてみようかと……こんなメタフィクションな展開は今回だけのつもりです。個人的には辻真先さんのメタフィクションが好きで、『仮題・中学殺人事件』とか『アリスの国の殺人』とか、あとは『小説!!!ルパン三世』は隠れた名作だと思います。

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