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ゆる~らぶ  作者: 一 一 
二章 大会 ~高校一年生・一学期~夏休み~
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晃の四 生意気な毒虫


 お待たせしました。

 宣言通り、みんな大好きシスコン視点です。


 凛にとっての害悪を見つけてからの僕は、すぐに『スバル』についての情報収集を始めた。


 わかっているのは外見的特徴と学年だけで、名前は単なるあだ名だからあてにならない。


 が、学校という狭いコミュニティの中で一人の生徒を見つけることなんて、そう難しくない。


 一学年は約三百六十人で、男に限定すればそこからさらに半分くらいに絞られる。


 また、僕がしょっちゅう顔を出す一年三組にそれらしい人物はいなかったことも考えれば、この時点で一クラスが候補から外れることになる。


 よって、調査範囲は一年生八クラス分だ。


 見てくれだけは整っていた『スバル』だから、クラスでは相当目立つ存在のはず。


 今までの仕込みで、僕は一年生たち、主に女子生徒のネットワークに入り込めているから、さらに捜索は容易だろう。


 そうして、体育祭の時でも活用した一年生たちへ『スバル』の情報を送信し、情報提供を依頼した。


 後は勝手に『スバル』の個人情報が集まり、凛を(たぶら)かした罪を(あがな)わせることができる。


 最初は、そう軽く考えていた。


 しかし、僕の思惑は外され、一向に有力な情報が集まってこなかった。


 どころか、そのような生徒を学内で見かけたことすらない、という報告ばかりで、『スバル』の影を掴むことすら叶わなかったんだ。


 おかしい。


 僕の情報収集のやり方が間違っているとは思えない。


 なのに、『スバル』の姿が見られないのは事実。


 ということは、『スバル』は誰かが変装などをして『擬態』した存在、ということなのか?


 ……あり得ない話ではない。


『スバル』を見つけ、演劇部に補助要員として招き入れたのはミィコだが、その隣にはいつもターヤがいる。


 奴が何らかの小細工を(ろう)したとしたら、存在しない『スバル』という人物が生まれたという、突拍子もない予想も真実味を帯びる。


 根拠は、体育祭でレンマを攻撃した後の昼休み、わざわざ接触して忠告してきたミトの言葉だ。


『少なくとも~、うちと~、ターヤ先輩は~、気づいたからね~?』


 ミトは確かに、『ターヤも真相に気づいている』と口にしていた。


 ミトの言葉を真に受けるわけではないが、仮にレンマに怪我を負わせた黒幕が僕だと、二人が本当に気づいていたとすれば、その動機も自ずと推測されてしまう。


 すなわち、凛が他の男と接触する可能性を、僕が排除したがっているという動機を。


 凛と二人三脚をする予定だったレンマに怪我を負わせたのだから、むしろその可能性に至らない方がおかしい。


 ならば、ターヤが僕の危険性を考慮して、『スバル』に自分を偽るように言い含めていてもおかしくない。


 奴が週に一度程度しか練習に参加しないのも、変装に時間をかけているからと考えると自然だ。


 それほどまでにターヤが僕を警戒しているのは、レンマへ直接的な危害を加えた僕への不信感と、凛が以前に『スバル』と接触しているという事実があるからだろう。


 僕のかわいい凛は誰からも愛され、誰にでも好意的に接するまさに天使のような女の子だが、一目ぼれなどという気の迷いを生じさせるほど愚かじゃない。


 何せ、凛の近くには常に僕という、凛にとっての理想の男がいたんだ。どれほど優れた容姿を持っていようと、僕じゃない男に凛が一瞬でなびくなんて考えられない。


 ということは、凛が『スバル』を気にする素振りを見せていたのは、以前に少なくとも数回以上、僕の知らないところで出会っていたはずなんだ。


 そして、『スバル』は凛に好意を持たれるように、洗脳紛いの印象操作をしていたに違いない。


 あれだけ演技が達者で、人間の機微に(さと)い奴だ。凛の理想とする異性像を短時間で見つけ出し、再現したとすれば一時の気を引くことなど可能だろう。


 それらを踏まえた上で、ターヤが僕への対策として『スバル』という架空の生徒を作り出したとしたら。


 一年生からの情報がほとんどないのも、仕方のないことだといえる。


 他に、完全な部外者を招き入れたということも考えたが、その可能性は限りなくゼロに近いだろう。


 単純な演技指導として普段の練習に招き入れるならまだしも、今回の台本は公式の大会で披露する演目であり、当然ながら学校に在学する生徒を登録しなければならない。


 出演させることが出来ない外部の人間に、台本に組み込まれた正式な役に配属させるなんてありえない。だから、『スバル』は絶対にこの学校の生徒のはずなんだ。


 容姿で即座に判断できないのなら、体格で特定できないかと条件を絞って再捜索を命じてもみたが、結果は(かんば)しくない。


 視覚的イメージを文章にした段階で、受け取る側に差異が生まれてしまうからだ。


 身長はこれくらいで、髪の色や顔のパーツの特徴はこんな感じで、筋肉のつき方はこれくらい、と人間の特徴を箇条書きにすることはできるが、あくまで伝わるのはニュアンスだけ。


 実際に送られてきた写真を確認しても、こちらのイメージとは全く別の人間を撮られるばかりで、内面を含めた『スバル』の雰囲気に近い人間にはたどり着けなかった。


 ベストは僕が『スバル』の写真を撮影することだったが、奴は必ず練習が始まった後に現れ、部活が終わる三十分から一時間ほど前には姿を消す。


 演劇部員は全員、大会が近いこともあり、最近は終わりまで休みなく練習をさせられるものだから、写真を撮る暇がない。


 何度か撮影を(こころ)みたが、僕は比較的出番が多い役であり、練習量も自然と多くなる。時間も体力もあっという間になくなり、気づけば逃げられることを繰り返していた。


 調べれば調べるほど、存在の証明が難しくなっていく『スバル』という毒虫(おとこ)


 しかし、そんな僕をあざ笑うように、『スバル』は週に一度の練習には必ず顔を出し、練習の合間には演劇部員の演技を嫌みのように指摘していった。


 対して、僕は何度となく『スバル』の意見に反発した。単純に気に食わないのが半分、あわよくば凛に奴への悪感情を持たせられたらという思いが半分だ。


 だが、演劇経験の長いミィコやターヤを始めとした他の部員が奴の意見を受け入れ出したこともあり、反撃が成功したことはない。


 日に日に『スバル』への敵愾心(てきがいしん)はたまる一方で、直接意見する機会があっても話題は向こうの土俵であるため、勝てる見込みがない。


 かといって、父さんの影響力を利用して影から個人的に圧力をかけることも、そもそも個人が特定できていない状況じゃ不可能。


 凛が僕のために料理の勉強をするようになるという、心が安らぐ出来事もあるにはあったが、僕の『スバル』への憎悪は消えることなく、膨らみ続けていった。


「スバル君、ちょっといいかい?」


 そんな中、我慢の限界が来た僕が行動したのは、レンマがターヤに頭を下げて開かれた、定期試験対策の勉強会の時だった。


 二度目の提案だったこともあり、僕は今回も凛と一緒に不参加を表明しようと思ってたんだけど、『スバル』が来るのなら話は別だ。


 情報が集まりきらない内に接触するのは不本意だったけど、『スバル』があくまでも臨時の演劇部員だということを忘れてはいけない。


 大会が終われば演劇部に顔を出さなくなるのは明白で、個人が特定していないまま『スバル』を見逃してしまえば、いつまた違う形で凛に近寄ってくるかわかったものじゃない。


 部活の練習中に呼び出し、凛の見えないところで脅すことが出来たら簡単だったんだろうけど、時間的体力的制約があって今後も不可能に近いと判断した。


 僕の行動は全部凛のための行動であり、最終的には凛も僕のことをわかってくれるとはいえ、凛が見ている前で乱暴な振る舞いはしないと決めている。


 僕は凛にとって常に理想であり、だからこそ『憧れで大好きなお兄様』でなければいけないんだ。


 凛が僕のことを嫌いになることなんて万が一にもあり得ないとはいえ、凛の理想からあえてかけ離れた姿を見せようなんて思わないからね。


 だから、『スバル』には遅かれ早かれ、僕が直接釘を刺さないといけないとは思っていたから、勉強会はちょうどいい機会だったといえる。


 勉強会そのものは大人しく参加する必要があったが、帰り間際に『スバル』を捕まえ、適当な空き教室に誘い出せば凛に醜態を見せることなく、一対一で話をすることが出来る。


「いいですよ」


 案の定、『スバル』はいつも張り付けている気持ちの悪い笑顔で頷き、僕の後についてきた。


 そして、僕のことを何も疑っていないのか、すぐに近くの教室に誘い込むことに成功した。


 先に『スバル』に入室させ、後から入った僕は教室の鍵を閉める。それから廊下側の窓やもう一つの扉の鍵も確認して、室内と廊下を隔てた。


 これで、無粋な邪魔者の介入を気にしなくて済む。


「それで? 一体俺に何の用ですか?」


 振り返ると、『スバル』は施錠に意識を取られていた僕をずっと見ていたらしい。


 教室中央の黒板の前にある教卓に体重を預けつつ、腕組みをして教室後部の扉の前にいた僕を、微塵も動揺せずに眺めていた。


 客観的に見ても、僕の行動は明らかに穏便な態度ではないことがわかるはずなのに、『スバル』はそれでも笑みを崩していなかった。


 それに気づいた瞬間、僕の内にたまったどす黒い感情が一気に噴出した。


「っ!! ふざけるなよ貴様!!」


 教室に閉じ込められ、怒声を叩きつけられてなお、『スバル』の笑みは健在だった。


 その上、『スバル』の余裕ぶった言動は、僕の突然の行動に動揺しているそれじゃない。


 最初からこうなることをわかっていて、かつ僕がどういった用事で『スバル』を呼び出したのかおおよそわかっていて、『何の用か?』と尋ねてきたんだ。


 舐められている……!


 この僕が、単なるゴミ虫ごときに、バカにされている!!


 一瞬にして頭の中が怒りに染まった僕は、規則的に並んでいた机を乱暴にかきわけて、『スバル』の胸ぐらをつかみ上げた!!


「僕をバカにするのも大概にしろ!! 何をへらへらしているんだ!? 僕なんて取るに足らないとでも思っているのか!? ずっと大人しくしていたからって、図に乗るなよ!!

 それに、今だけじゃない!! 部活ではどうでもいいことを自慢げにペラペラペラペラ、うるさいんだよ!! 少し僕より技術があるからって、すべてにおいて僕の上に立っていると思っているのなら大間違いだ!! 僕は貴様なんかよりよほど優れている!! 貴様のような小うるさい羽虫が、僕は一番嫌いなんだよ!!」


 全身をたぎらせる『スバル』への憎悪の一端を吐き出した僕に、こいつはようやく気色の悪い笑みを引っ込めた。


「で? 前置きはいいですから、そろそろ本題を話したらどうですか? 俺も、アンタほど暇じゃないんでね」


「っ!!!!」


 しかし、返ってきたのは僕をさらに挑発する言葉だった。


 脳も骨も肉も溶けるかと思うほどの激情が、僕の全身を駆け巡る。


 同時に、ほんのわずかに残っていた冷静な僕は、『スバル』が僕の発した怒声が『前置き』であり、『本題』は別にあると決めつけたような言い回しをしていたことに気付いた。


 こいつ、凛が自分に意識しているのに気付いた上で、僕がどういう感情を抱いているか、最初からわかっていたっていうのか?


 なのに、僕の呼び出しに素直に応じ、薄ら笑いを浮かべていたっていのか?


 ……不愉快だ!!


「僕だって、貴様のような虫唾の走る男を相手にする暇なんて作りたくもない!! でも、貴様は僕の凛にちょっかいをかけるという、許されざる罪を犯した!! 凛に僕以外の男なんて必要ない!! 貴様のような害虫が近寄っていい存在じゃないんだ!!

 ……いいか、貴様!! これ以上凛に近づくな!! 言葉も交わすな!! 目も合わせるな!! 凛の視界から消えろ!! 消えてしまえ!! それが、凛にとって一番いいことなんだ!! 貴様は、存在するだけで害悪な毒虫なんだよ!!」


 自然と荒くなった息を整えるため、肩を上下させながら僕は『スバル』を底知れない黒の瞳を睨みつけた。


 僕の心からの怒声を聞く間、『スバル』はずっと無言で無表情だった。言葉が途切れても、それは変わらない。


 僕を、いつもの笑顔よりも気分が悪くなる、何も映さない透明な目で見返すばかり。


 室内には、まだ収まりがつかない僕の鼻息だけが響いていた。


「……言いたいことは、それだけですか?」


「なに……?」


 少しの間を置いて、ようやく口を開いた『スバル』の声音は、機械のように平淡で、冷たかった。


 意表を突かれ、困惑の表情を浮かべてしまった隙に、『スバル』は僕の手を胸ぐらからどかし、告げた。


「アンタにとっては重要なんでしょうけど、俺にとってはどうでもいいことですから。言われなくても、こんな茶番が終わればさっさと消えるつもりでしたよ。カリンさんだけじゃなく、演劇部の前から、ね」


 乱れた制服を整え、無表情を崩さない『スバル』は、咄嗟(とっさ)に動けない僕の脇を通り過ぎた。


「そもそも、最初から俺という存在は『演劇部(ぶたい)』には不必要な『異物(えんじゃ)』です。それはアンタに言われなくても承知してますし、その前提を間違えることなんて、ありえませんよ」


 振り向き、視線で『スバル』の背中を追うと、すでに教室の扉へたどり着き、鍵を開けて手をかけていた。


 そして、最後に。


 肩越しに首だけ振り返った『スバル』は。


 何も映さない瞳で。


 僕の目を見返し、言った。


「アンタとは違って、な?」


「なっ……!?」


 心底からどうでもいいという感情をうかがわせる言葉に息を呑み、僕は『スバル』が教室から出ていくのを止めることが出来なかった。


 ……間違っている?


 僕が?


 どういうことだ?


 奴は、僕の何を見てそう言ったんだ?


 僕が間違っていたことなんて、()()()()()()()()というのに。


「…………くそ」


 くそっくそっ!


 くそっ!!


 生意気な、クソ毒虫がぁ!!!!


 誰もいない教室で、抑えきれない怒りを近くの机にぶつけた。


 爪が皮膚に食い込み、血が流れてもおかしくない拳が机の天板を殴り、鈍い音をまき散らした。


 僕の希望は、口頭とはいえ、叶ったというのに。


『スバル』への憎悪は、何も変わらない。


 むしろ、前よりも強く湧き上がってくる。


 やっぱり、僕は間違ってなんかいない。


『スバル』は危険で、凛に近づけさせちゃいけない存在だ。


 いや。


 それだけじゃ足りない。


 凛と同じ世界にいることさえ、許されるべきじゃないんだ。


 早く。


 はやくはやく。


 奴の正体をあぶり出して。


 僕の手が汚れないような方法で。


駆除(まっさつ)』しないと。


 下校を促すチャイムが鳴り響くのを聞きながら。


 夕闇に溶けていく教室で一人たたずみ。


 僕は、『スバル』への憎悪を、殺意に変えた。




 シスコン、ダークサイドへ堕ちました。


 なぜだ? この物語は蓮くんと凛ちゃんの甘く切ないほのぼのラブコメだったはずなのに、なぜ裏側はこう殺伐としてしまうんだ? ストーリーだけ読めば、もはやこれは『サスペンス』じゃないかっ!


 これが、作者である私の限界だというのかっ!? ラブコメとユーモアの神様よ!! 作者に、作者にほのぼのストーリーを書く才能をくれぇ!!


 最近、マジでそう思うようになりました。もしかしたら、私にラブコメの才能はないのかもしれません。いや、それでも完結までは頑張りますけれども。


 次の投稿でまた本筋に戻りますけど、そろそろ本気で時間がかかるかもです。高校生の演劇大会について、もうちょっと調べないと書けそうもないので。ストーリー展開はばっちりできていますが、設定に無理があったら気持ち悪いですしね。


 というわけで、更新遅延予報は高くなっておりますが、ご容赦ください。


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