蓮の四 遠くの彼女、近くの彼女
お久しぶりです
蓮くん視点です
課題漬けで地獄だった夏休みが終わり、二学期が始まった。
自力で課題を頑張りすぎて、夏休みはほぼ毎日が寝不足気味になり、始業式を終えた今でも眠くてしかたがない。
むしろ、式の途中で倒れなかったことを誰か褒めてほしい。
「おい博士。ずいぶん眠そうだな?」
「…………ん~、まぁね~」
ホームルームまでの間、机に突っ伏していた僕に声をかけてきたのは友人の階堂隆太だ。
階堂はいわゆるアニメオタクというやつで、いつも僕の知らないアニメの話題を一方的に喋り倒すやつだ。
当然、理解できない話をされても、頭の中に?マークが乱舞するだけなのだが、とても楽しそうに語る階堂を止めれた試しはない。
僕は階堂のように夢中になれる何かがないから、そこはとても羨ましいと思っている。
中一からの付き合いで、たまにコミケという祭りに連れ出されたこともある。
何とかというキャラクターのコスプレをやらされたり、階堂や他数名が自作したという、同人誌なる漫画を売る手伝いをしたこともある。
今年は受験ということもあり、階堂たちも自粛したようだが、来年に同じ学校に進学すると誘われる可能性は高い。
あの人混みはどっと疲れが溜まるから、個人的には行きたくないイベントなんだけど、階堂はいつも無理矢理僕を連れていく。
ちなみに、乱舞や自粛という言葉は夏休みの課題で覚えた。
日本語って、難しいよね。
「気持ちは分かるぞ、博士。長期休暇は溜まったアニメのDVDの徹夜鑑賞や、動画サイト巡りが気兼ねなくできる絶好の機会だもんな。俺も、昨晩までその生活サイクルが続いていたから、始業式はずっと寝てたぞ」
「自慢できることじゃないだろ? それに、僕が寝不足なのは階堂と同じ理由じゃないし」
何故か胸を張る階堂。
さすがに、趣味に没頭したという理由と同じにされたくはない。
というか、いつも思うけど、階堂は自分の趣味を公にして平気なのだろうか? 周囲からの視線は決していいものではないのに。
「へぇ~? じゃあ博士の寝不足の理由とやらを聞こうか? 我が同志として認めた博士には、できればこちら側に染まってほしいのだが」
「勉強してたんだよ。ずっと、一人で」
僕は大きなため息を吐いて、階堂から視線を外す。
僕からちょっと離れた席に視線を向けると、ちょっとした人だかりが出来ていた。
何を隠そう、僕が一学期にちょくちょく通っていた、柏木さんの席だ。
柏木さんは夏休みで変わった。
それはもう、ものすごく変わった、らしい。
僕は時間ギリギリに登校したため、まだ直接柏木さんと話していない。
だから、又聞きの情報なんだけど、どうやら柏木さんは朝、登校してくると笑顔で挨拶をして、クラスメイトを驚かせたらしい。
ほぼ無表情で過ごしていた柏木さんが、急に親しみのこもった笑顔を見せたことにより、クラス中の男子が卒倒しかけたようだ。
同時に、女子にも大いに効果を発揮したらしく、突然の変化に興味を隠せない彼女らは柏木さんの下へ群がった。
次に、フレンドリーになったクラスのアイドルと何とか親しくなろうと男子も殺到。
結果、あんな人の密集地が作られたのだ。
「はぁ? 何でそんなこと…………って、あぁなるほど、柏木嬢に関係したことか。ちょっと前まで、柏木嬢にちょっかいかけてたし、狙った獲物が逃げてった、ってところか?」
「まぁね。あの様子を見る限り、無駄な努力だったみたいだけど……」
僕の目線の先にすべてを悟った階堂は、ワケ知り顔にうんうん頷く。
始めに断っておくと、別に僕は柏木さんとどうこうなるなんて欠片も思っていなかったし、今も思っていない。
階堂は僕の行動を恋ゆえのものだと勘違いしているようだが、実際はそんな甘いものはない。
こんなことを柏木さんに言ったら、平手打ちか正拳突きが飛んできそうだけど、ぶっちゃけ僕は柏木さんの境遇に同情しただけだ。
学校で一人きりにされる孤独感と苦しみは、僕にも理解できたから。
僕がお節介を焼くことで、人との関係作りのきっかけになれればと思って、ちょっかいをかけていただけにすぎない。
当初の僕の思惑では、僕がまず柏木さんと友達になり、柏木さんの人間関係のハードルが下がったところで、色んな人が周りに集まり、友達が増えるだろうと考えていたのだが、いい意味で予想は外れた。
確かに、本音を言えば柏木さんとの関係がなくなった感じがして、少し寂しくはある。
でも、柏木さんは夏休みの間に自分で変わる努力をして、たくさんの人と関われるようになった。
それだけで、僕のした余計なことは無駄にならなかったと思える。勉強もできたし。
だから、これで僕はお役ゴメンだ。
これからは、柏木さんもたくさんの人との出会いがあるだろう。
その中で、新たに気の許せる友人を作っていけばいい。
柏木さんにウザがられていただろう僕じゃ、そんな大役は務められないから、結果としてはこれでいい。
「ま、気にすんなよ、博士。お前が狙うには、ちょっと無理がありすぎただけだ。いずれ新しい出会いもある。よかったら、いい出会いを紹介してやろうか?」
「いいよ。前に同じようなことを言われて渡されたギャルゲーは、今でもトラウマなんだからな……」
以前、出会い云々の話が出た日の、次の日の放課後に階堂から渡された包みの中に、例の物があった。
渡された包みの中身を確認した場所が、家のリビングだったのが運のつき。
妹に始まり、父さんや母さんにも存在がバレ、女性陣から突き刺さったなんとも言えない視線はいまだに忘れられない。
父さんも、ゲームはほとんどしないで育ったので「どういうゲームかわからんのだが?」と、かなり困惑させてしまった。
父さん、安心してほしい。僕もよくわかっていないから。
「あれは博士の不注意だろ? 俺の責任にされても困る」
「かいどう~」
「よし、ホームルーム始めるぞ~、席につけ~」
階堂に文句を言おうとしたら、先生が教室に入ってきた。
それにより、僕の机に座っていた階堂も、柏木さんの周囲も散っていく。
先生、タイミングを考えてよ……。
~~・~~・~~・~~・~~
ホームルームで夏休みの課題を提出し、授業もなかった僕はさっさと帰ることにした。
眠気がピークだったのだ。
とりあえず、家に帰って眠りたい。
明日は五教科の確認テストがある。勉強の成果は出ないだろうけど、せめて体調を整えなきゃまずいし。
眠気の限界を階堂に伝えて靴箱に向かい、外履きに履き替えて、校門を出る。
頭がボーッとして、うまく機能していない気がする。
慣れないことをするものじゃないな、と思っていたが、僕たちの学年は高校受験も近くなってきた。
成績は少し気にした方がいいだろうから、これからもできる範囲で努力をしてみよう。
柏木さんも頑張ったんだし、ちょっとは僕も見習わないとね。
「…………相馬さんっ!」
と。
空を見上げながら歩いていたら、後ろから声をかけられた。
「……柏木、さん?」
振り返ってみると、そこには息を切らせた様子の柏木さんの姿があった。
どうやら走ってきたらしく、両膝に手をついて肩が上下に揺れている。
だが、僕は柏木さんに呼び止められるようなことをした覚えも、用事も思い付かない。
何で僕を追いかけてきたのか、本当に分からなかった。
「どうかした? 僕に何か用?」
ちょっと冷たい言い方だったかな? と思ったが、紛れもない僕の本心だ。
すでに柏木さんとの縁は切れたと思っていたから、驚きは大きい。
「はい。相馬さんに、お話ししたいことが、あります」
息を弾ませ、うつむかせていた顔が持ち上がっていく。
そして、僕は柏木さんの変化を初めて目にした。
「……!」
柏木さんは、笑顔だった。
とても嬉しいことがあった、と誰もがわかるような満面の笑顔。
ずっと無表情だった柏木さんからは、想像もできなかった、魅力的な表情。
妹を筆頭に、見目のいい家族のおかげで美形には耐性があった僕でも、かなりクラクラッとしてしまった。
こんな表情で、親しげに挨拶をされたら、男なら誰もが勘違いするだろう。
一気に人気者になれたのも頷ける。
「相馬さん、私は嬉しかったです」
「……え?」
改めて僕に視線を投げ掛けた柏木さんの第一声は、あまりにも予想外で。
いきなり感謝されても、僕としては戸惑うしかない。
「私は、あの日、相馬さんに話しかけて頂けて、とても、嬉しかったです」
思考が、止まった。
「迷惑だなんて、思っていませんでした。むしろ、楽しかったですよ。お話の内容は、ちょっと分からないことが多かったですけど」
照れたようにはにかむ、柏木さん。
「これからも、私とお話ししてほしいです。私は相馬さんとのお話しは、とても好きですよ」
嬉しかった。それを言われただけなのに、何でだろう?
「私が言いたかったのは、それだけです。では相馬さん、また明日、学校でお会いしましょう」
こんなにも、心が満たされた気分になるなんて。
「……うん! また明日!」
僕は、馬鹿みたいな大声と、緩みきった表情で、柏木さんに手を振った。
途端に、女の子にアピールしているように見える自分の行動が猛烈に恥ずかしくなり、バッと柏木さんに背を向けて走り出した。
「……はははっ」
何だか、無性に叫びだしたい気分になった。
見返りを求めたワケじゃない。
でも、それでも。
僕の行動を、嬉しいと感じてくれていた。
僕のお節介は、無駄じゃなかった。
僕は初めて、人に褒められたような気がした。
認めてもらえたような気がした。
「僕も、頑張ろう!」
眠気は一気に吹き飛んだ。
帰ったら、また勉強してみよう。
柏木さんの努力に張り合えるように、僕も一つのことを本気で頑張ってみよう。
いつも気だるげに歩いて帰っていた通学路を、全力疾走で駆け抜けながら、僕は新しい目標を掲げることにした。
少し距離が遠くなった彼女は、ちょっとだけ近づいてきてくれた。
僕が遠慮して話す機会は減っても、柏木さんの方から歩み寄ってきてくれた。
それが、とても、嬉しかったんだ。




