蓮の三十六 二回目の勉強会……なんだけど
蓮くん視点です。
あれから何回か大会の練習があって、期末テストの一週間前になった。テスト期間は部活はないから、大人しく勉強をするしかない。
「…………」
ってわけで、中間テストの時と同じく、僕らは勉強会ということで図書室に集まっている。
例によって、僕、トーラ先輩、ミィコ部長がターヤ先輩に泣きついた結果だ。笑顔で引き受けてくれたターヤ先輩が天使に見えたよ。翼は黒そうだけど。
また、前回不参加だったメンバーも参加することになり、かなりの大所帯だ。
他にも図書館で勉強している生徒たちがいる中、大きな机を占領した演劇部は、黙々とシャーペンをノートや問題集に走らせている。
「…………」
でも、前回と大きく違うのは、柏木さん兄妹も参加していることだろう。
勉強会はテスト期間に入る一日前に、また僕が提案して開催されることになった。
その時、ミィコ部長がみんなに出欠の点呼を取ったんだけど、絶対来ないと思っていたオウジ先輩も手を上げたんだ。
もれなく全員驚きに顔を染め、後から柏木さんも手を上げ、全員参加の運びになったんだよね。
そんなわけで、全員集合での勉強会なんだけど……。
「…………」
重い。
空気が重すぎる。
場所が図書室だから、静かなのは当然だ。
でも、前みたいにヒソヒソ声の質問も出ない。
というか、出せない。
僕は何度も何度も問題集で悩み、質問したいんだけど、出来ない。
原因は、かなりピリピリムードを醸し出しているミト先輩とオウジ先輩だった。
『先輩たち、めちゃくちゃ不機嫌だよね?』
『そんなに嫌なのかな、スバルさんが来るの』
たまらず僕はノートの端に文章を書き、隣に座ってたハーリーさんに見せた。
すると、ハーリーさんもこの空気に思うところがあるのか、同じくノートの端に文章を書いて返事をしてくれた。
薄々はそうじゃないかと思ってたけど、やっぱりそうなのか。
いや、勉強会を開くって話の時に、ハーリーさんが提案したんだよ。
スバルさんも誘ってみれば? って。
思えばそれからかなぁ、ミト先輩もオウジ先輩も、鋭い空気を発し出したのは。
あと、それまで参加を渋ってた風なのに、ハーリーさんが提案を出したら即答で参加するって言ったし。
あの時の二人は、何となく怖かった。
いや、今でも怖いんだけどさ。
『それで? いつになったらスバルさんは来るのさ?』
『もうすぐ僕が用事で帰らなきゃだから、ついでに呼んでくるから』
『絶対だよ』
やたらと力強い筆跡の言葉に気後れしつつ、僕はまた勉強に戻る。
筆談のやりとりのように、僕はスバルとこの場で顔を合わせない。
今日、僕は生憎にもこの後用事があり、勉強会を途中で抜け出さなきゃならない。
逆に、スバルは前半に用事があって、遅れてくるとみんなには伝えてある。
スバルをすごく意識するハーリーさんにせっつかれるのは、帰る前に僕がスバルを呼びに行くことになってるからだ。
正直、その場に居合わせなくてよかったと思っている。
だって、違う意味でスバルに執着してる、怖い先輩が二人もいるんだよ?
スバルとどんな衝突を起こすのか、その場にいたら気が気じゃないよ。
それに、ミト先輩とオウジ先輩だけじゃなく、基本的に二年生の先輩はアンチスバルだ。他の先輩に会わせても、何かしらの問題は起きそうなんだよね。
演劇部の不和の元をぶち込むだけぶち込んで、さっさと帰っちゃうことに心苦しくはあるけど、しょうがないよ。
なんて、心の中で言い訳をしつつ、僕はその時間が来るのを待った。
だって怖いんだもんこの空気!
「…………」
僕はバレないように、ちらっと目線を同じ机のメンバーに向けた。
僕は四隅の席に座り、隣は順にハーリーさん、キョウジ先輩、トウコ先輩、トーラ先輩だ。
僕の前の席にはミト先輩が座り、隣は順に柏木さん、オウジ先輩、ターヤ先輩、ミィコ部長になる。
僕以外のメンバーは静かに勉強をしてるけど、明らかに上の空になってる人がいる。
具体的には、ミィコ部長、キョウジ先輩、トーラ先輩で、僕を含めると四人。
見事に、演劇部で成績が微妙な人達ばかりが集まっている。
ミィコ部長は問題集よりも周りをチラチラ見ていて、キョウジ先輩のシャーペンは止まったまま動かない。
トーラ先輩は、そもそも勉強に集中できてない。視線をあっちへふらふら、こっちへふらふら、もう最初から落ち着きがない。
そういえば、トーラ先輩は前回の勉強会でもそうだった気がする。これは、トーラ先輩の性格の問題かな?
他の勉強出来る組を見てみると、表面上は真面目にやってるけど、少し変な行動も見える。
トウコ先輩は、時折文字を書く手が止まり、重めなため息を吐いている。もしかしなくても、スバルに苦手意識を持ってしまって、顔合わせが嫌なんだろう。
ターヤ先輩は、よく僕に視線を送ってくる。数少ない僕とスバルの理解者だし、その目もちょっと心配そう。なんか、ごめんなさい。
ハーリーさんは明らかにソワソワしている。スバルとは演劇部での自己紹介が初対面のはずなのに、やたらとスバルを気にかけている。個人的に関係が気になるところ。
ミト先輩は、不定期にペンが止まっている。問題がわからないとかじゃなく、他に考え事をしてるっぽい。表情が『無』だから、何を考えてるのかはわからないけど。
オウジ先輩はペンの速度は変わらないけど、目が怖い。何というか、浮かべる笑みも黒く感じる。あれ、本当に勉強してるのかな? 見ていて不安になる光景だ。
中でも、特に可哀想なのは、ピリピリしている空気を全開にしている二人に挟まれた柏木さんだ。僕だったらストレスで胃に穴が空いてるよ、確実に。
ただし、柏木さん本人は平然と二人を無視し、勉強に集中しているみたいだ。
時々髪をかき上げるくらいで、同じ姿勢をキープしている。視線はずっと問題集に落ちたまま、シャーペンの動きはほとんど一定だ。
さ、さすがは学年首位の優等生。ものすごい集中力だ。
僕も見習いたいよ。こんなにキョロキョロしてる時点で、無理そうだけどさ。
っとと。僕も勉強に集中しなきゃ。
たとえさっきから一ページも進んでないとしても、僕が頼み込んで開いてもらった勉強会なんだ。
少しでも頭に入れて、テストに備えないとね!
「…………」
……そう考えてた時期も、ありました。
だ、だめだ。
結局、何も出来ないまま、時間が来ちゃったよ。
色々教科を変えて勉強しても、ページは一切進まなかった。
改めて、僕の独力でできる学習能力の低さを思い知らされたよ。
「(それじゃあ、僕はこれで)」
「(あ、うん。お疲れー)」
小声で途中退室を先輩たちに告げ、荷物をまとめた僕は立ち上がる。
声をかけてくれたのはミィコ部長だけだった。
みんないっぱいいっぱいみたいだし、しょうがないか。
他の生徒にも配慮し、心持ち音を立てないようにして、僕は図書室を後にした。
……はぁ。
ようやく、肩の荷が下りた気がする。
「レンマ君」
すると、背後から声をかけられ、振り向くとターヤ先輩の姿があった。
「はい? なんですか?」
わざわざ呼び止めるなんて、僕に何か用でもあったのかな?
確かに、チラチラ見られてたのは気づいてたけどさ。
「……いや、何でもない」
しかし、ターヤ先輩は結局お茶を濁し、僕の横を通り過ぎた。
思わずターヤ先輩の背中を追うと、トイレに一直線だった。
もしかして、僕が進路を邪魔してた? 廊下の真ん中に突っ立ってたし、どけ、って言いたかったのかな?
そんなわけないか。それならさっさとすれ違えばよかったんだし。
じゃあ、何だったんだろう?
ターヤ先輩も、どこか変なのかも?
「まあ、いいか」
僕が考えたところで、ターヤ先輩の考えなんて分かるわけもないし、さっさとあいつを連れてくるとするか。
僕は校舎内を歩き、下駄箱の前にその場所へ向かう。
「……やぁ」
僕はそいつを見つけ、不器用に笑った。
「問題とか、起こさないでよ?」
一応釘を刺してみたが、無理だろうなぁ。
「それじゃあね」
スバルの答えを待たず、僕はカバンを担ぎ直した。
「……俺だって、好きで嫌われようとしてるわけじゃないさ」
スバルの抗議じみた言葉は、聞こえないことにした。
というわけで、テスト勉強です。蓮くんは胃に穴が空く前に逃げ出せましたけど。
部員の空気は最悪です。この次にぶっこむスバル君とのやり取りでどうなるのか、それは作者にもわかりません。




