蓮の三十五 久しぶりの再会
蓮くん視点です。
濃ゆい新キャラが出ます。
スバルが演劇部の練習に参加した日から二日が経った。昨日はあいつもこなかったし、一昨日よりは平和に部活が進んだ、らしい。
なんで伝聞系なのかというと、僕だけターヤ先輩からの個人レッスンを受けている最中なので、みんなとは別の場所で練習しているからだ。
他のみんなは、それぞれ思うところがありながら、スバルの指摘通りに演技の修正を行っているらしい。昨日一緒に帰宅した時、ハーリーさんに教えてもらった。
それも、一番反感を持っていそうなミト先輩や、聞く耳もたなそうなオウジ先輩までもが、スバルの指摘通りに練習をしていたらしい。
ターヤ先輩は感心していたけど、僕は微妙な気持ちでその話を聞いていた。
一日経っても先輩たちの機嫌は少し悪かった。中でも帰り間際のオウジ先輩なんかは、愛想笑いもない無表情で帰って行ったんだ。
今日はスバルが来なかったから問題がなかっただけで、次にあいつが顔を出せばガチの喧嘩になるんじゃないだろうか? 今から心配でならない。
一方、僕の練習はというと、遅々として進んでいない。演技における僕の主なミスは、セリフ間違いよりも不意の転倒が大多数を占めている。
特に足腰に問題はないんだけど、最初の全体練習でずっこけたあのシーンをはじめ、特定のシーンで僕はほぼ必ずこけてしまう。
しかも不思議なことに、僕は演技に集中すればするほど盛大に転倒してしまい、ターヤ先輩も呆れていたほどだ。
僕自身、ちょっとだけ心当たりはある。でも、転倒の原因が僕の考える通りなら、正直矯正できる気がしない。
だから、多分本番でも僕は思いっきりこけてしまうんだろう。指導役のターヤ先輩には悪いけど、僕にはどうしようもできません……。
とまあ、そんなこんながあって、今日は部活が休みの日。運良く階堂と春も休みだったから、一緒に帰宅することになった。
「お〜し、博士! 春! 遊びに行こうぜ!!」
「名目は勉強会なんだけど……」
「仕方あるまい。階堂氏にとっては、皆で集まり行動することすべてが『遊び』なのだ。細かいことは気にしなくてもよかろう」
放課後になると、階堂は一気にテンションを上げて僕らに近づいてきた。いつもより明るい階堂に、僕も春も苦笑気味だったけど。
遊ぶ、といってもやることは大したことではない。ファミレスで駄弁りながらテスト勉強をしようというだけだ。
僕としては勉強の方を重視したいんだけど、どうせいつものメンツが集まったら趣味の話で一日潰れるんだろう。遊びと言っても差し支えない。
「あ、柏木さんにハーリーさん。今帰り?」
「相馬さん。はい、私たちもちょうどホームルームが終わったところです」
三人でガヤガヤと階段を降りたところで、三組の教室から出てきた柏木さんとハーリーさんに遭遇した。
部活でもあまり顔を合わせなくなったけど、柏木さんはホワホワとした笑顔で対応してくれた。体育祭直後と比べたら、かなり明るくなったと思う。
僕の怪我をした姿を見た柏木さんは、僕以上にすっごい落ち込んでたけど、松葉杖生活の中で声をかけているうちに普通に戻ってくれた。
まあ、ちょっとだけ演技っぽいんだけどね。僕が気にしてないから、自分も気にしない、って自己暗示してるみたいに見えた。
挨拶とはいえ、こうして柏木さんと話すのも久しぶりだけど、やっぱりどこかぎこちない。
あの時、僕は何も出来ず、スバルに任せただけだし、足も勝手に怪我をしただけなんだけどなぁ。そんなに気にしなくていいのに。
あ、あと、やっぱりミト先輩とは何かあったみたいだ。一度聞いてみたとき「……なんでもありませんよ?」と妙に気になる間を作って答えたから、何かあったんだろう。
喧嘩でもしたのかな? 僕が首をつっこむ問題でもないし、口出しはしないけど、ちょっと心配。
一方、ハーリーさんは階堂を見て顔をしかめてる。体育祭の初顔合わせで、いい印象がなかったみたいだから、仕方ないか。
「お疲れ、レンマ君と春くん。あとついでに無礼者」
「あぁ? 誰が無礼者だよ? 初対面のくせに失礼な奴だな?」
「自己紹介まで済ませた相手に初対面と言い張るあんたの方がよっぽど無礼者だっつの!!」
あぁ〜、やっぱり衝突した。
ハーリーさんも気が強いところがあるから、階堂の堂々とした失礼な物言いに反発しちゃうんだろう。
これは、長居するのは良くなさそうだ。
「そ、それじゃあ、僕らはもう行くね! また明日、部活で!!」
「行くぞ、階堂氏」
「は? ちょっ、待てよお前ら!!」
睨み合いに発展した二人を遮るように、僕は階堂の腕を掴んで下駄箱までダッシュした。
とっさのアイコンタクトで僕の意図を汲んでくれた春も反対側の腕を掴み、一緒に階堂を引っ張ってくれる。
「あ、は、はい! 皆さん、さようなら!」
「レンマ君〜! 友達のしつけはちゃんとしといてよ!!」
唐突に別れを切り出した僕らに、柏木さんは律儀に挨拶をしてくれた。ハーリーさんは、階堂への怒りを僕に転嫁して、無茶を言ってきた。
我の強い階堂が僕の言うことを聞いてくれるわけないじゃないか。逆にしつけられるのがオチだよ。
とは思うものの言い返すこともせず、僕らは急いで学校を出た。
「んだよ、あいつ! マジで誰なんだよ!!」
「いや、体育祭の時に紹介したじゃん。僕の部活仲間で同級生のハーリーさんだよ」
「んな外人みたいな名前、覚えられるか! 無礼女でいいだろ、あんな奴!」
「ちょっ! 本人の前でそんな不名誉なあだ名で呼ばないでよ! 僕が怒られるんだから!」
「落ち着け、二人とも。店の客に迷惑だぞ?」
「あ……、ご、ごめんなさい」
とんでもないことを言い出した階堂につられ、僕の声も大きくなってたみたいだ。呆れながら指摘した春の声にハッとなり、僕は周りに謝りながら席に着く。
階堂は鼻で息を吐き出し、ドリンクバーのジュースを勢いよくあおった。炭酸ジュース一気飲みなんて、僕にはできないよ。
柏木さんたちから逃げてきた僕らは、当初の予定通り学校近くのファミレスでお喋りをしていた。
最初の話題がハーリーさん絡みだったのは、必然だったんだろう。ガチでハーリーさんを覚えていなかった階堂は、宥める僕の言葉も効果なく、不機嫌さが抜けないままだ。
完全に悪いのは階堂なのに、ここまで相手のせいにしている姿は逆に尊敬に値する。こんな風になりたいとは思わないけどね。
「デュフフフ。懐かしい声が聞こえたと思ったでござるが、相馬たんに階堂たん、春たんではないでござるか」
それから少しだけ軽食を頼み、ダラダラしていたところで、とても独特な口調の人に話しかけられた。
「あっ! 皇じゃないか!」
「おおっ! 同志キモブタ! ひっさしぶりだなぁ!!」
「奇遇だな、皇氏。息災であったか?」
「デュフフフ! 三人も元気そうで安心でござる! よかったら、ご一緒してもいいでござるか?」
「いいよ。こっち空いてるし」
そう言って僕が隣の席に招き入れたのは、普通の呼吸でフーフー言うくらい息の荒い、ザ・オタク! って感じの太った男だった。
西高とは違う学生服に、頭には『I LOVE ミポリン!!』という自作鉢巻を結び、学生鞄からは特大のアイドルポスターが飛び出している。
服は脂肪でパツパツになり、夏が近づくこの頃は人一倍汗をかく。僕の隣に座った瞬間、むわっとした熱気が流れてきた。学ランのボタンは全開で、中のTシャツからアイドルが僕らに笑顔を振りまいていた。
名前は皇飛鳥。ヴィジュアルと名前のギャップがもの凄い、僕の数少ない友人その三である。
皇も例に漏れずオタクと呼ばれる人種であり、見た目からすぐにわかるアイドルオタクだ。ミポリン、が誰かは僕にはわからないけど、皇のイチオシなんじゃないかな?
もしかしたら、このポスターに写ってる女の子がそうなのかもしれない。最近テレビも見なくなったから、やっばり誰かはわからないなぁ。
「にしても、皇のそれ、まだ直らないんだね。高校生活も大変じゃない?」
口を開けば一発で引かれる皇の口調は、僕らが知り合った中学校になってからのものだ。
中一くらいからアイドルにはまり、グッズなどを通販で漁るようになった。ついでにアイドルオタクのことをネットで調べだしたのが、皇の災難の始まりだ。
皇は誰よりも思い込みが激しく、真面目で融通が利かない。それが原因で、ネットで見た明らさまなオタク風な言葉を『作法』と勘違いした皇は、色々調べて覚えたらしい。
また、オタクのテンプレートである外見やファッションもネットで発見した皇は、どう考えたのかは知らないけど、それを真似するために一気に太った。
結果、間違った知識だけを突き抜けてしまったのが、同級生からキモブタと呼ばれている皇という男だ。
「デュフフフ! 思った以上に同級生の視線が突き刺さるでござるが、僕ちんにはミポリンがいるでござる! 僕ちんに笑顔と勇気と日々の活力をくれるアイドルがいる限り、社会の荒波なぞに負ける僕ちんではごさらぬよぉぉぉ!!!」
「相変わらず、暑苦しくてキモいなキモブタ!」
「うむ。それでこそ皇氏だ」
が、芯の強さは階堂と春に負けないものを持っている皇。ちょっと心配になる発言の後、いきなり両手を振り上げて立ち上がり、熱弁し出した。
階堂は笑いながら皇を指差し、春は感心したように頷いている。皇もいいキャラしてるから、はやし立てて面白がるのも、いつものことだ。
そして、他のお客さんからの視線が、また僕らに集中した。
「ち、ちょっとだけ、静かにしようか? ほら、他のお客さんが睨んできてるし」
さすがにファミレスで騒ぐのはダメなので、僕は皇の肩を押さえて強引に座らせた。両手が皇の汗でヌメヌメしたから、おしぼりで拭くのも忘れない。
「おっと、僕ちんとしたことが。つい熱くなってしまったでござる。迷惑をかけましたかな?」
「いや、いいよ。今度から気をつけてね」
僕が注意すると、皇は大人しく謝罪してくれた。階堂と違って、基本素直でいい奴だからね。
「そういや、ミポリンって誰だ? そのポスターの奴?」
「おお!! よくぞ聞いてくれた階堂たん!!」
皇も軽く注文した後で、階堂が注目したのはミポリンについて。
すると、皇は途端に生き生きとし出し、鞄からはみ出していたポスターを広げた。
「今一番輝いているアイドル、『綾辻美穂』たん! 愛称はミポリンで、僕ちんが応援してるアイドルでござる!
歌に踊りはもちろん、最近は女優業でも活躍する、マルチな才能を発揮するアイドルで、なんと、今期話題の恋愛ドラマ『君に恋して』の主演を演じてるのでござるよ!!」
熱く語り出した皇の隣で、僕は広がったポスターの女の子を見てみる。ファングッズらしいそれには、学生服を着た清楚な女の子が、僕らに微笑みを向けていた。
……う〜ん、やっぱり、誰だかわからない。そろそろ勉強ばかりじゃなくて、テレビも見てみようかな? みんなの話題についていけなくなりそうだし。
「ほほぅ、言うじゃねぇか。ならば俺もついに披露しなければならないようだな、今期の神アニメと言われる『加藤家の団欒 〜鉛の雨は鉄錆の味〜』の素晴らしさを!」
「むむっ!? そのような展開であれば、拙者も黙ってはおられんぞ! 見よ、この『ドクターイエロー』の素晴らしき色彩とフォルムを! これは、全国津々浦々を休みの日に駆け回り、激写した超レア物で……」
すると、何かに火がついたらしい階堂と春も、対抗してオタクグッズを取り出してきた。階堂はアニメのブルーレイで、春はごつい一眼レフカメラだ。
そこからはディープなオタク談義が交わされ、僕は蚊帳の外で相槌を打つだけになっていた。
時間が経つにつれて、他のお客さんや店員さんからの視線が厳しくなったから、何度か止めようとしたけど、みんなの情熱を冷ますことはできなかった。
帰り際、「もう少し静かにしてください」と店員さんに苦言を呈されたのも仕方がない。
しばらくの間、このファミレスはこれなさそうだ。
というわけで、蓮くんの友達三人目の登場です。アイドルオタク、ということですが、当然私にアイドルオタクの知識はありません。雰囲気だけで書いています。
本当は色々調べないといけないんでしょうけど、ノリと勢いで書いていたらこんなものかと。時間があったら、調べてみます。
ちなみに、作中に出てきた架空のドラマやアニメの詳細については聞かないでください。これも、ノリと勢いですから。




