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ゆる~らぶ  作者: 一 一 
二章 大会 ~高校一年生・一学期~夏休み~
82/92

晃の三 見つけた


 お待たせしました。


 シスコン視点です。


「…………」


「…………」


 帰りの車内は、ずっと無言が続いていた。


 普段ならかわいい凛との時間を無駄にするなんてありえないから、僕が主に話題を提供して楽しくおしゃべりしている。


 けど、今日ばかりは僕もそんな気分になれなかった。それは凛も同じようで、どこか心ここに()らずといった様子で窓の外を眺めていた。


 それもこれも、いきなり現れた忌々しい男、スバルが原因だ。




 ことの発端は、夏頃にあるという演劇部の大会で使われる台本だった。


 今までの演技指導からして、僕と凛が主人公かそれに近い配役となるのは確実だったから、最初は全く気にしていなかった。


 また、僕が警戒していたミィコとターヤが大会の前に引退するらしく、演者として参加しないと聞いて、密かに安心していた。あいつらの邪魔で凛との大切な時間を削られるのは、我慢ならなかったからね。


 けど、結果的にあいつらが僕の邪魔をするのは変わらなかった。


 演技練習では恋愛系のストーリーが多かったから、僕はてっきり大会の台本もそうなると思っていた。


 しかし、蓋を開けてみれば内容はコメディという、僕に相応(ふさわ)しくないジャンルのストーリー。しかも、僕は凛の後輩で、一緒となるシーンもあまり多くないという、悪意ある配役だった。


 その時点で僕のやる気は急降下した。そもそも演劇なんて興味の欠片もなかった僕は、大会なんて知ったことじゃない。抗議の意味も含めて、僕はこの頃から演技の手を抜くようになった。


 すると、まるで鬼の首を取ったように、演技指導に専念していたミィコからの叱責(しっせき)が増えた。


 もっと声を出せ、表情を動かせ、声に感情を乗せろ、やる気があるのか。


 ミィコの鬱陶(うっとう)しい注意は聞こえていても、僕の意欲は下がる一方だった。


 演劇なんて真剣にやる価値もないことで僕が本気になれるのは、凛との時間が増える役柄だけだ。いくら注意されようと、僕の配役変更がない限り、僕の姿勢を変える気はなかった。


 ……その中で僕に注がれる、凛からの心配そうな視線が嬉しかったから、という理由もあったが。どんな理由であれ、凛からの注目を得られるのは、僕にとっては喜びだからね。


 そんな無益な日々が続き、一週間が経った頃だ。レンマの松葉杖が取れ、僕たちの演技に参加して早々に脱落するという馬鹿を見せられた、翌日。


 その日、僕たちと『奴』が顔を合わせた。


「……あー、そういうことらしいんで、スバルです。短い間かもしれませんが、よろしく?」


 スバルと名乗ったその男は、ミィコによって連れてこられた大会用の補助要員だった。以前から出演交渉をしていたらしく、今日から練習に参加することになったのだろう。


 まあ、そんなことはどうでもいい。


 問題は、僕の凛が、奴を見て表情を変えたことだ。


 傍目(はため)からはリアクションが薄く、努めて冷静を装おうとしていたけど、ずっと兄として凛のことを見てきた僕には、すぐにわかった。


 奴を目にした瞬間、凛は小さく息を飲んでいた。


 奴が僕らの前に来てから、凛の呼吸が少し浅くなった。


 ミィコに促され、演劇の練習の準備をしている間も、奴へと視線を固定させていた。


 凛の意識のすべてが、奴へと移ったのが、すぐにわかった。


 今までは、僕だけに注がれていたはずなのに。


 凛が僕を無視することなんて、あるはずがないのに!


 どこの馬の骨とも知れない男に、凛が()かれるなんてありえないはずなのに!!


 凛が奴を意識しているのを横目で確認するだけで、スバルへの敵愾心(てきがいしん)が高まっていくのを感じた。


 もう、僕に奴への黒い感情を抑えるつもりはなくなっていた。


「それじゃ、まずは『結城玲哉』が登場しない序盤から()ってみようか? スバル君はうちの部員の演技をよく参考にしてね」


「わかりました」


 あぁ、不愉快だ。


 僕の邪魔をし続ける女と、単なる気まぐれで僕の凛に気にかけてもらえているだけのゴミの声。


 ここまで僕が苛立ちを覚えたのは、生まれて初めてかもしれない。


「じゃあ、始め!」


 そして、演劇の練習が始まる。


 僕はセリフだけは完璧に覚えていたから、意識を他にとられていても適当に流すことはできた。


 奴のせいか、ここ一週間の練習と比べて感情が(たかぶ)り、演技的に上達したように見えたのか。ミィコに演技を止められることもなく、淡々と時間を消費する。


 その間もずっと、僕の意識はスバルにだけ向けられていた。


 薄気味の悪い笑顔が、僕らの動きをつぶさに観察してくる。


 人のよさそうなのは表情だけで、僕は奴に何一つ好ましい部分を見つけられない。


 気に食わない。


 奴の何もかもが、気に入らない。


 まるで僕らの高みにいるような、不遜(ふそん)で高圧的な視線に、虫酸(むしず)が走った。


「カット!」


 スバルを観察している間に、ミィコが演技を中断させた。


 僕の意思に反して流れる汗を拭う。どうでもいいことを口にするミィコは無視だ。


 僕の視線は、笑顔の仮面を被ったスバルを射抜く。


「さて、スバル君からは、何か感想はある?」


「は? 俺ですか?」


 すると、何をトチ狂ったのか、ミィコは今日初めて参加する素人に、僕らの演技について意見を求めた。


 これにはスバルだけでなく、ほぼ素人の僕を始め、正規部員も動揺しているのが伝わる。


 すると、スバルは視線を僕らへ移し、品定めをするような目を向けてきた。


 それだけで僕は怒鳴り散らしそうになったが、鋼の自制心で言葉にはしない。やり場のない感情を、右手の拳に集中させて、気を紛らわす。


「……はぁ。じゃあ、遠慮なく」


 奴はミィコへ再び視線を戻すと、少しごちゃごちゃ話をしてから、おもむろに口を開いた。


 そこから、急激に部室の空気が悪くなっていく。


 スバルは宣言と(たが)わず、本当に遠慮のない批評を下していったんだ。


 まず槍玉に上がったのが、キョウジとトーラ。僕が聞いても酷評だとわかる指摘に、二人の反応も早かった。


「『山田和平』役の人は、まずやる気がありませんよね? 口調は平坦、声の強弱はほとんどない、メリハリも皆無でした。コメディ作品とは思えない薄いリアクションもダメダメです。

 本の朗読会でももっと臨場感を出しますよ? きちんと感情を込めないと、ちょっと特殊な日本語教材って印象しか抱けませんでした。

 とはいえ、彼は良くも悪くも普通の感性を持つ、この作品で唯一『観客が共感できる人物』なのですから、自分の個性を出しすぎるのも問題です。我を捨て、『観客の代弁者』に(てっ)することが大事だと思いますよ?」


「……っ」


 次に標的となったのが、僕だ。


 評価自体は、どうでもいい。


 むしろ事実だ。僕に改善の意識がない故の問題だから、奴に言われるまでもない。


 だが、やはり奴から偉そうな口を叩かれるのは、非常に腹立たしかった。


 知らず、僕は奥歯を噛み締めて、奴を睨みつけていた。


 それからも、奴の批評は続く。


 トウコ、ハーリー、ミト、そして僕のかわいい凛までもが標的となり、小さく縮こまってしまった。


 それを見て、僕の怒りはさらに増した。


 貴様のような愚物(ぐぶつ)が、僕の凛を(はずかし)めていいと思っているのか!?


 凛の目の前じゃなければ、僕は迷わず奴を殴っていただろう。


 それくらい、凛を侮辱したことが、僕にとっては許せないことだった。


 他にも、大なり小なりスバルへ怒りを覚えた部員たちも、抗議の声を上げた。


 その中に凛がいなかったのは、奴のふざけた指摘を真摯に受け止めたからだろう。凛はどこまでも純粋で頑張り屋だから、こんなクズみたいな男の言葉も信じてしまう。


 それは凛の多すぎる美徳の一つだけど、今回ばかりは素直に褒めることなんてできない。


 凛をダメにする男の言葉なんて、聞く必要がないからだ。


 凛に必要なのは、僕だけでいい。


 あんな男が、凛に相応しいはずがないんだ!


「いいですよ。俺が思った役の演技、見せれば納得するんですよね?」


 僕らの反発に対し、スバルが選択したのは挑発を重ねることだった。


 緊張感が一気に高まり、さらに一段空気が重くなる。


 凛とミィコとハーリーが慌てているようだが、僕らは構わずスバルに演技を促した。


 二度と偉そうな口など叩けないよう、奴の欠点をあげつらってやる。


 僕だけでなく、他の部員もそう思っていただろう。


 奴の演技を、目の当たりにするまでは。


「『こら! お前たち、ここで何をしてるんだ!?』」


「『何をしてるんですか〜! 待ちなさ〜い! 廊下は走らないで〜!』」


「『ほら! だから言ったじゃないですか!! 捕まったら最悪犯罪者ですよ、俺ら!?』」


「『ま、まって、カズくん! 置いていかないで!』」


「『あっははは! やっべ、スッゲェ楽しくなってきたぁ!』」


「『ち、ちょっと晴香さん!? こんなにあっさり見つかるだなんて聞いていませんわよ!? 貴女の作戦は完璧ではなかったのかしら!?』」


「『も、もちろん、こんなのは私の計算通りよ! みんな! 後は計画通りに動きなさいよ! それじゃあ、解散!!』」


 僕らは、黙るしかできなかった。


 奴が即興で演じた七役、一つ一つがきちんと区別され、僕らでは表現しきれなかった『人間らしさ』が、確かに見えたのだから。


 ……非常に、非常に不本意だが、認めるしかなかった。


 演劇という分野において、僕たちが奴より下だという事実を。


 それから、奴は時間がどうとか話し、ミィコが止めるのも無視して帰ってしまった。


 その後、誰も演劇の練習をする気にもなれず、少ししてからレンマとターヤが戻ってくるまで、動くことができなかった。




 下校時刻となり、僕と凛が迎えの車に乗ってから、相変わらず車内は無言を貫いていた。


 奴が視界から消え、冷静になれる時間ができた。


 今日の出来事を思い返し、凛の反応を精査して、僕は確信した。


 あいつだ。


 あいつが、僕の凛を(たぶら)かした元凶。


 凛をこんなゴミ溜めのような学校に引き入れた、諸悪の根源。


 純粋で無垢(むく)な凛を(だま)し、僕らから奪おうとしているクズ。


 僕が『排除』すべき、ターゲット。


 凛を汚した、毒虫。


 奴が。


 奴さえいなくなれば。


 凛は元の凛を取り戻してくれる。


 また僕だけを見てくれるようになる。


 僕以外の男なんて考えなくなる。


 ……あぁ、良かった。


 これで、僕たちに平和な日々が戻ってくる。


 スバルを『消せば』、すぐにでも。


 ふ、ふふふっ。


 凛。


 僕だけの凛。


 待っててね。


 もうすぐだから。


 もうすぐで、すべてが終わる。


 こんな悪夢は終わるんだ。


 全部、僕に任せて。


 凛は、僕が、守ってみせるから。


 自宅が見えてきた時、車の窓に映った僕の顔は、ワラッテイタ。




 シスコン、ついに標的を見つける。


 スバル君、逃げて! 超逃げて!!


 そして、先週の後書き通り、コメディ色ゼロです。シスコンじゃ仕方ありません。私はシスコンでお笑い要素を出せる自信がありません。シスコンはどんどん病むからシスコンなのです(作者はシスコンを敵視しているわけではありません。念のため断りを入れておきます)。


 次からは本編に戻りますので、明るい方へと修正したいです!



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