美琴の二 予想外
お待たせしました。私の別作品の編集やらで遅れました。そして、これからも更新は遅れます。ごめんなさい。
ミィコ部長視点です。
いつものようにみんなと帰り、いつもと違ってピリピリした空気に囲まれながら帰ったあたしは、ものすごい疲労感に襲われていた。
「あー、つかれた……」
「お疲れ。大変そうだったね?」
「そう思ってたんなら助けなさいよ、ターヤ」
「大変そうだったから逃げてたんだよ」
最寄駅を降りたあたしとターヤは、肩を並べて帰宅の途についていた。ターヤとは同級生で家も近所だから、小学生の頃から登下校するのは変わっていない。
で、さっきまで一緒だった二年生の子たちとのやりとりで、あたしを助けてくれなかったターヤに文句を言ってみるも、こいつは肩を竦めて笑っていた。
人の気も知らないで……。
「で? 実際どうだったんだ? スバル君の演技力は?」
「完璧。あたしじゃ悪いところは一つも見つけられなかったよ。多分、あたしやターヤが演者として参加してたら、あたしたちも標的になってただろうね」
思い出すのは、一人七役を即興で演じてみせた、スバル君の姿。
一人芝居なのが信じられないほど、一人一人のキャラクターが際立っていて、生き生きしていた。台本の内容をそのまま映像化した光景を、スバル君は見事に再現していた。
あれはもう、全国レベルの演技力だと言ってもいい。去年、一昨年と見た、毎年のように全国大会へ出場している煌院学園演劇部の人たちに混じっていてもおかしくない、次元の違う才能。
嫉妬する暇さえもらえず、ただただ力の差を見せつけられただけだった。もはや呆れるしかない。
「でも、それ以上にスバル君の態度に度肝を抜かされたよ。慇懃無礼を地でいってて、あたしたちと仲良くしようって気がまったくないの、丸分かりだったんだよ? 察しの悪いオウジ君でさえ、すぐに嫌そうな顔してたくらいだし」
「でも、レンマ君が話してくれた事情も飲み込んだ上で、スバル君をヘルプに入れることを決めたのはミィコだろ? 予想はできてたことじゃないか」
「それはそうかもしれないけどさ、アレは予想できないって。ターヤはいなかったけど、スバル君って笑顔なのにめっちゃ無愛想で協調性ゼロなんだよ? 聞くのと見るのとじゃ、全然違ってたんだって」
今日の練習を思い出し、あたしはもう何度ついたかわからないため息を漏らした。
確かに、レンマ君とスバル君の事情は聞いたし、それでもいいからお願いしたのはあたしだったけどさ?
まさかあんなに感じ悪いのが、スバル君の性格だったなんて信じられなかったんだよ。
レンマ君の説明でも、人間関係に『ちょっと』難があります、って言ってたから、それなら平気かな? と思ったんだし。
うん、結論は全部レンマ君が悪いってことで!
大会が終わったら、絶対に文句言ってやる!!
そんで、問題全部レンマ君に丸投げしてやる!!!
「おい、ミィコ。お前、変なこと考えてないだろうな?」
「へ? 別に、何も考えてないけど?」
あぶな。
演劇部のギスギスをレンマ君に押しつけようとしたの、ターヤに気づかれるところだった。
こういう時に、幼馴染ってのは厄介だ。キョウジ君とトウコちゃんを見てたら、青春だなぁ〜って思うだけだけど、現実は血が繋がらない兄弟みたいなものだからね。
特にターヤは頭がいいから、あたしの考えてることが読まれるのも日常茶飯事だ。ターヤは『ミィコが単細胞すぎる』ってド失礼なことほざいてたけどね!
「何すっとぼけようとしているんだ。ミィコの素の癖も演技の癖も把握している俺に、誤魔化せると思ったのか?」
「うげぇ〜……」
危ないどころか、ばっちり気づかれてたみたいだ。
クソ、完璧に動揺を隠せたと思ってたのに、何だこの小姑力は?
わずかな埃も見逃さないような観察眼を、あたし相手に披露されても困る。
「いいか、ミィコ? お前は気づいていないみたいだから言うが、レンマ君とスバル君の問題は非常にデリケートだ。根が深く、興味本位でほじくり返していいことじゃない。
だが、ミィコは我を通すために彼らの古傷を抉った。それこそ、スバル君の存在を見たいがための興味本位で、彼らの関係にあった亀裂をこじ開けたんだ。
レンマ君は無理やり前向きに捉えているようだったけど、今回のことで俺たちが彼らの人生を狂わせるかもしれない。その責任は、スバル君を引っ張り出したミィコにあるんだぞ?」
「……へ?」
またいつもの小言が始まる、と思っていたあたしは、ターヤが滅多に見せない真剣な雰囲気に圧倒された。
冗談を言うときとも、何か企んでるときとも違う、本気の表情。
あたしは、スバル君の演劇部参加は失敗だったかも、くらいしか思っていなかったが、ターヤは違う。
スバル君を他人に関わらせたことを、とても重く受け止めているみたいだった。
「そ、そんな大げさな。だって、スバル君は……」
「大げさ? それはそうだろう。自分のことだと思って考えてみろよ、美琴? 彼らが人生の半分も使って続けてきた関係を、お前なら実際にできるのか?」
「それは……」
「俺ならできない。できるはずがない。できるだなんて、口が裂けても言えない。表面しか知らない俺たちが、彼らを理解しているなんて言うことすら、おこがましいんだ。
彼らに配慮しないで言えば、彼らの関係は狂気の沙汰だ。だからこそ、スバル君の能力がズバ抜けているのも、対人関係に問題があるのも当然なんだ。
……俺もそこそこ優秀だとは思っていたが、彼には負けるよ。まさか、年下を尊敬する日が来るとは思わなかった」
あたしは、目を丸くするしかできなかった。
ターヤが心から他人を尊敬すると口にしたことも。
ターヤがそこまでレンマ君とスバル君を心配していたことも。
そして、深く考えもせずにスバル君を連れ込んだあたしに、すべての責任を背負わせようとしていることも。
「今までは、美琴発案の問題は俺も背負ってきた。だが、今回ばかりはダメだ。
レンマ君たちはずっと逃げていて、お前が彼らの逃げ道を奪った。
そのお前が、逃げることは許さない。お前には、彼らに最大限配慮する『責任』がある」
そう言うと、ターヤはあたしに見せたことがなかった冷たい目で、あたしを見つめた。
「この件に関しては、俺は美琴に一切の手助けをしない。事情を知った以上、俺は俺で彼らへ可能な限り手助けはするが、彼らに関して美琴が負った問題は美琴が解決しろ。
彼らの決意を土足で踏みにじり、彼らに決断をさせたお前が、逃げちゃダメなんだよ。お前も彼らを見習って、向き合う時期が来たということだ」
それだけを言い残し、ターヤはあたしを置いて先に行ってしまった。
家はもうすぐそこだったから、あたしはターヤが自宅に消えていったのを見送り、それでも呆然としたまま動けない。
あの子たちを、あたしが背負う?
そんなこと、できるわけないじゃない。
……あぁ。
こんなことになるんだったら。
「スバル君に興味なんて、持つんじゃなかった……」
あたしは、今日一番のため息を吐き出し、家に帰った。
あたしがもたらした厄介ごとへのとてつもない後悔と、少なくとも大会が終わるまで続く憂鬱な未来に、気分が落ち込むのは仕方ないよね?
そう思いながら、あたしは重たい体をベッドに沈ませた。
自分が最後まで、レンマ君とスバル君のことではなく、あたしのことしか考えていなかったことにも、気づけないまま。
そして、あたしの認識の甘さが、さらなる悲劇をもたらすことになるなんて。
この時の能天気なあたしは、何も理解していなかったんだ。
はい、シリアスです。入れなきゃいけないシーンでしたが、こうもシリアスが続くとコメディ要素を取り戻せるか心配です。
次話も他者視点でシリアス重視予定ですから、今から心配です……。




