蓮の三十四 あぁ、やっぱりこうなったんだ……
お待たせしました。お正月を寝て過ごしたので更新遅れましたごめんなさい。
蓮くん視点です。
個別練習ということで、ターヤ先輩と二人全体練習から離れていた後、時間になったので帰ってみたら、部室の空気が明らかにトゲトゲしていた。
というのも、二年性の先輩たちがものすごく不機嫌だったのだ。演劇部の半数は二年生であり、部室にいたのも半分以上が先輩たちなわけだから、ピリピリした空気が充満してしまってる感じだね。
僕たちが帰ってきたとき、カリンさんやハーリーさん、ミィコ部長は困った様子で二年生部員を見つめ、事情が分からないターヤ先輩は首を傾げていた。
僕はあいつが何をしたかは大体わかるので、人知れずため息をつく。その場で頭を抱えなかっただけ、まだマシだと思う。
正直、僕はこうなることを最初から予想できていた。ミィコ部長に強く頼まれたから助っ人を頼んだけど、僕があいつの紹介を渋った一番の理由でもある。
あいつはとにかく対人コミュニケーションが下手だ。僕があいつに勝てる唯一の部分、と言えるくらいにはコミュニケーション能力が低い。
証拠に、あいつには知り合いがいても、友達がいないんだから相当だ。僕でさえ階堂や春など、少ないながらも友達がいるのに、あいつは本当にゼロだ。
一応、僕はあいつの事情を知っているから、強く責めることはできないんだけど、人からすればケンカを売ってるように見えるあいつの態度は、基本的に人に悪印象を持たれやすい。
だから、優しい人ばっかりの演劇部でも、何か問題を起こすんじゃないかとは思ってたんだ。
そして、蓋を開ければ案の定、あいつは先輩たちの空気を悪くするだけ悪くして、大したフォローもせずにさっさと逃げたんだろう。
あいつだったらやりかねない。
でも、もっとうまいやり方があったんじゃないかなぁ?
今はいないあいつに、心の中で悪態を吐きつつ、僕たちは微妙な空気のまま帰り支度を始めた。
「あ゛ーっ!! 何なんだよ、あのスバルって野郎! 今思い出してもクソ腹が立つ!」
「私もキョウジ君にサンセー!! 誰が女子児童だ、誰がーっ!! 私はきちんと高校生だぞーっ!!」
「広い視野と柔軟な思考って、どんなことを言うんだよ? 私だって、好きで頭でっかちになったわけじゃないってのにさ……」
「生意気だよね〜、あの子〜? キョウジ君とトーラちゃんに『先輩』ってつけてたから〜、一年生でしょ〜? そこのところ〜、どうなんですか〜、ミィコ部長〜?」
「え、え〜っとぉ〜、ど、どうなのかな〜?」
先輩たちの不満は、下校の時まで続いていた。
キョウジ先輩はいつもの三割り増しで怖いし、トーラ先輩は五割り増しで騒いでいる。トウコ先輩は何かすっごい落ち込んでるし、ミト先輩はあいつを呼んだミィコ部長に話を振りながらナチュラルにディスっている。
もしかしたら、車通学でここにはいないオウジ先輩も、柏木さん相手に愚痴ってるんじゃないかな? 一対一の状況だし、僕らの今の空気よりも悪くなってるかも。
あいつのことをあまり知らないミィコ部長は、しどろもどろで冷や汗をかいていた。かわいそうだけど、今のミト先輩には近づきがたいオーラがあるから、僕は助けにいけないんだ。
ごめんなさい。
「俺はその場にいなかったから、何とも言えないんだけど、そのスバル君は、そんなにキツい子だったのかな?」
「……まあ、そうですね。演技の評価を受けたんですけど、ミト先輩以外は悪いところだけ挙げられて、ダメ出しをもらいました。
ミト先輩も、褒められたと思ったら一気に評価を落とされてて、荒れてるんだと思います。多分、波があった分、私たちよりグサっとキテるんじゃないですかね?
先輩たちは当然納得してなくて、実演して見せろって話になったんですけど、逆に自分の演技の改善点を演技でも突きつけられる形になったんです。それが、先輩たちには面白くないみたいですね。
特にミト先輩は、今まで細かい調整を指摘されたことはあっても、演技全体が悪いって言われたことありませんでしたし、反発するのも無理はないと思います」
「……それはまた、難儀だね」
ミィコ部長を生贄に一歩引いた位置にいたターヤ先輩は、同じく避難していたハーリーさんに話を聞いている。あ、僕もターヤ先輩の後ろにいるよ。怖いからね。
軽く事情を聞いたターヤ先輩は、呆れたように二年生の先輩たちに目を向けていた。
「演劇の経験がない、しかも年下からの意見は確かに怒りも湧くだろうし、それが正論ならなおさらだ。
けど、その正論を認めないようなら、演劇部員としての成長は止まってしまう。キョウジたちが怒ってるのが、指摘が年下から受けたから、って理由だけなら、それはただの癇癪だ。
もちろん、そのスバル君の言い方も悪かったんだろうが、それとこれとは話は別。演技の向上に必要な意見だったのなら、積極的に取り入れるべきだろうに」
ターヤ先輩の意見はどうやらあいつ寄りみたいだけど、さすがに考えが合理的というか大人すぎて、キョウジ先輩たちに通じるとは思えない
僕もターヤ先輩の視線を追うと、不機嫌オーラだだ漏れな先輩たちに囲まれて、まだミィコ部長はわたわたしている。あれじゃ、あいつの意見を受け入れるには時間がかかるんじゃないかなぁ?
「にしても、レンマ君はスバル君の性質を知ってたんだろう? 事前に注意はできなかったのか?」
「そう言われましても、あいつはずっとああでしたから、僕が注意したところで直るものじゃないですよ」
さり気なくあいつの問題をパスしてきたターヤ先輩だったけど、僕にもどうにもできないよ。
「え? レンマ君って、スバルさんと知り合いなの!?」
「まあ、そう、かな? あいつがヘルプに来てくれるように最終的に頼んだのも、僕だったし」
すると、何故か興奮気味になったハーリーさんが、僕とターヤ先輩との会話に割り込んできた。しかも、あいつのことさん付けだし。一応あいつ、同級生なんだけど?
「じゃ、じゃあ、レンマ君はスバルさんの連絡先とかわかるんだよね!? 教えてっ!!」
「あー、悪いけど、あいつ携帯電話とか持ってないから、教えられないよ。それに、そういう個人情報は僕から聞くより、本人に直接聞いたほうがいいと思うけど?」
「……えー、そうなの? なんだ、がっかり」
どうやら個人的にあいつと仲良くなりたそうだったけど、あいつの連絡先を知らないと素直に告げると、ハーリーさんはあからさまに肩を落として見せた。
恨みがましい視線も向けられたけど、しょうがないじゃないか。あいつが携帯電話を持ってないのは僕のせいじゃないし、こればっかりはどうしようもないよ。
「ハーリーはそのスバル君が気になるのかな? 積極的に連絡先を知りたいなんて、俺たちと交換する時には見せなかっただろう?」
「へっ!? あ、いや! それはっ、そのっ! そ、そう! 演技について! すっごく参考になったから、また聞かせて欲しいなぁ〜っ! なんて、思ったからですよっ! ほら! スバルさんってヘルプってことで、毎日これないじゃないですか! だから、連絡先を交換してれば、演技プランに迷ったら相談できるかもって思ったんですよ!」
「……へぇ〜?」
「……ふ〜ん?」
めちゃくちゃしどろもどろになったハーリーさんに、ターヤ先輩は黒い笑みを浮かべ、僕は理解できないという感じで眉をひそめた。
あいつは何でもそつなくこなすけど、相談相手にはすっごく不向きだと思うけどなぁ? 基本的に、相手が嫌だと思う部分とか、平気で口にするし。
っていうか、何気にハーリーさんって、先輩たちと連絡先を交換してたんだ。僕は練習について行くのにいっぱいいっぱいだったから、まだ誰の連絡先も知らないのに。
「……何よ、その反応はっ!? 私変なこと言ってないでしょ、レンマ君っ!?」
「いたっ!? え!? 何で僕だけ!?」
僕たちの反応をどう捉えたのか、いきなり怒り出したハーリーさんは僕の頭を思いっきり叩いてきた。奇襲を受けて抗議するも、ハーリーさんは知らんぷりして僕らから少し離れていった。
ターヤ先輩はそんな僕らのやりとりを見て笑うばかり。ターヤ先輩も原因なんだから、少しは止めてくれればいいのに。
「……でも、いいのかい? 君はこれで?」
僕がぶたれた頭をさすっている間に、ハーリーさんを含む他のみんなから離れたところで、ターヤ先輩は僕に問いかけてきた。
あいつを、スバルと呼ばれているあいつを、演劇部のヘルプに参加させることが決まった後、僕はミィコ部長とターヤ先輩にだけ、僕とスバルの事情を話した。
本当は誰にも知られたくなかったんだけど、説明しないわけにはいかない。それくらい、僕とあいつとの関係は複雑で、歪んでいる。
説明した後で、ミィコ部長もターヤ先輩もとても驚いていたけど、何とか理解してくれた。僕がスバルに対して抱いている不安も、ある程度は察してくれている。
だからこその、確認なんだろう。
僕とスバルにとって今の状況が、本当にいいことなのか?
ターヤ先輩は、普段見せない難しい顔で、僕の目を真っ直ぐに見てきていた。
「いいんです。僕とあいつは、立ち止まりすぎたんです。だから、これでいいんです」
そんなターヤ先輩の眼差しに、僕は逃げずに真っ直ぐ答えた。
自分に言い聞かせるように。
これ以上心配をされないように。
僕は、ターヤ先輩の目をじっと見つめた。
「そうか。なら、もう俺からは余計な口出しはしない」
僕の意地が伝わったようで、ターヤ先輩はそれ以上追求してくることはなかった。
「ただ一つ、お節介として、言わせて欲しい」
再び歩き出した僕たちは、半泣きになりながら駅前で僕らを手招きするミィコ部長に手を振りつつ、歩を進める。
「部活のみんなには、隠すよりも話してしまった方が、楽なんじゃないか? 後から知るだろうみんなにとっても、その後に責められるであろう君たちにとっても。少なくとも俺は、そう思う」
ゆっくりとした歩調で、出遅れた距離を縮めつつ、ターヤ先輩の言葉を聞く。
「もう無理です」
それに僕は、小さく首を横に振った。
「もう、隠してしまったから、後には引けません。知ってしまったら、お互いが苦しいだけなんです」
それに、すべてを話したところで、先輩たちが理解してくれるかどうかわからない。
ミィコ部長やターヤ先輩は受け入れてくれたし、階堂や春たちにも話したことはないからわからないけど、多分理解してくれるのは少数派だと思う。
だから、黙っている。
それで、いいんだ。
「……そうか」
それはそれとして、何だか空気が悪いままの先輩たちがいる場所に行くのは気が引けるけど、僕たちは小声で話しながら、みんなに近づいていった。
「難儀だな。君も」
「知ってます」
僕とターヤ先輩は、お互いを見ないまま苦笑を漏らして、先輩たちの輪に加わった。
やっぱりみんな不機嫌なままで、キョウジ先輩には無意味に何度か叩かれた。ヒドイ……。
あれ? 意外と蓮くんサイドのシリアスが長いぞ? た、多分、これくらいで終わりだと思いますので、次からは明るくいきたいです。




