蓮の三十二 さらば、松葉杖! こんにちは、トラブル!
蓮くん視点です。
迫る期末テストという関門を憂いつつ、時間はあっという間に過ぎていった。
不自由な松葉杖だったが数日もすれば慣れ、変な場所の筋肉痛もなくなった。多分、演劇部のみんながランニングの時に、僕がこっそりやってた部室ぐるぐるが効いたのだろう。
大会用の台本についても、取りあえず僕は読み合わせだけの参加になっている。カリンさんたちが演じている中で、舞台の外からセリフだけ。
これは意外と堪えた。中途半端に参加したからだろうか、みんな動き回っているのをただ棒立ちで眺めるのは、中々の疎外感だった。
そして、肝心の勉強の方は、当然ボロボロだ。一応、階堂や春の言ってたアドバイスですらない意見を参考に、授業の内容を必死で聞いていたけど、入るそばから抜けていく感覚だ。
部活を終え、帰宅した後に復習でノートを開けば、あら不思議! どれも初めて見るような知識に早変わりさ! 僕の頭の悪さには泣けてくるよ!
部活で動かないぶん体力があるから、松葉杖中は自習を頑張っていたけど、成果はなさそう。これは本格的に勉強会を提案した方がいいのかもしれない。
そうしてやや勉強に傾いた日々が過ぎ、一週間が経過した。
そう、お医者さんから言われてた、経過観察が過ぎたのだ。
「と、いうわけで。相馬蓮、晴れて復活しました!」
『おぉ〜』
登校早々、二本の足で教室に入ってきた僕に、階堂と春が気の抜けた声と拍手を送ってくれる。他のクラスメイトはほぼ無視だ。いつも通りだね。
「昨日病院だったよな? 松葉杖がないってことは、医者から許しをもらったんだな?」
「うん。腫れも痛みも引いたし、問題ないって。まあ、もう無茶はするな、って釘を刺されちゃったけどね」
「それはどうなのだ? 相馬氏の怪我は、ある意味どちらも事故だろう? 注意をしてもしきれぬ部分は出て当然だと思うが?」
「春の言う通りだけど、僕なりに注意するよ。ご心配をおかけしました」
なんだかんだで心配してくれた二人に、僕は深々と頭を下げる。顔を上げると、階堂は少し照れたように僕から視線をそらし、春は微笑しながら一つ頷いた。
「ま、まあ、博士は俺の同志だしな! 元気になってよかったよかった!」
「何を照れているのだ、階堂氏。怪我をした友を心配し、元気な姿となったことを祝福するのに、恥を感じる必要はなかろう? 素直に喜びを共有すればいいではないか」
「ばっ!? 春! お前、自分で言ってて恥ずかしくねぇのかよ!? そういうの、俺めっちゃ苦手なんだよ! あぁ〜、背中が痒い!!」
「拙者も人のことは言えんが、階堂氏も相当難儀な性格だな」
あー、階堂はアニメは大好きだけど、リアルで似たような展開を見たりすると痒くて仕方ない、って前言ってたっけ?
何でも、自分が知ってる作品のシーンが思い浮かんで、自分たちが登場人物と被るのが気持ち悪いらしい。記憶力や想像力豊かなのも考えものかもね。
本気で背中をかき始めた階堂に、僕と春は苦笑するしかない。階堂特有の病気みたいなものだから、僕たちにはどうしようもないしね。
久々に松葉杖に縛られない自由な一日を過ごした僕は、意気揚々と部室へと向かう。
今日から僕も、本格的な演劇に参加できるんだ。テンションが上がるのも無理はないよね?
「失礼しますっ!」
昨日の五割増しくらいの勢いで一礼し、部室へと入る。中にはすでにミィコ部長とターヤ先輩がストレッチをしていて、視線が一気に集まった。
「あ、レンマ君! 足はもう大丈夫なんだ!?」
「はい! おかげさまですっかり良くなりました! ようやくまともに練習に参加できます!」
「そうか。それはよかったよ。レンマ君の役は登場時間が短いとはいえ、三枚目っていう難しいキャラでもあるからね。セリフだけじゃなく、動きでもコミカルさを表現しなきゃいけないからね」
「はい。それは台本を読んでたからわかります。上手くいくかはわかりませんが、僕なりに道家鈴男を演じたいと思ってます」
クラスメイトとは違い、ミィコ部長もターヤ先輩も僕の復調をとても喜んでくれた。先輩たちの優しさが胸にくるよ、いやホント。
普通、怪我をした人の復帰って、こんな雰囲気だよね。荒んだ心が二人の笑顔で洗い流されるような、ほんわかした気持ちを感じることができた。
「じゃあ、ターヤ。一旦ドア閉めて」
「わかった」
ん? 僕が部室に入った瞬間、ミィコ部長の指示で入り口が閉じられた。え、ガチャ、って聞こえたよ? 鍵までする必要あるのかな?
「さて、レンマ君。君に大事な大事なお話があるんだ」
「は、はぁ……」
ミィコ部長は笑顔で僕ににじり寄る。先ほどとは一変して嫌な予感がした僕は、その分後ずさって距離を置く。
ターヤ先輩は扉を背にし、腕組みをして僕らの様子を見守る。つまり、助ける気はないんですかそうですか。
「その前に、これを見てもらいたいんだよね」
一定の距離を保ったまま、ミィコ部長はポケットからスマートフォンを取り出した。妙に生き生きとスマホを操作をする姿は楽しそうだけど、僕はビクビクしながらまた一歩下がった。
これから起こることは、十中八九、僕にとっては都合の悪いことだ。十五年を生きた僕の直感がそう囁いている。
「これ、な〜んだ?」
ポチポチスマホを触っていたミィコ部長は、目的のものを見つけたのか満面の笑みとなり、僕へ画面を提示してきた。
「えっと……、っ!!?」
見たくなかったけど、部長に見ろと言われれば逆らえるはずもなく。
恐る恐るミィコ部長の携帯画面に目をやり、瞬間、僕は息を忘れた。
「これで、私が言いたいこと、わかっちゃったかな? じゃ、改めてレンマ君に大事なお話があるんだけど……」
なんで? どうして? ミィコ部長が『それ』を!?
僕はミィコ部長の手元から視線を外せないまま、硬直から抜け出せなくなっていた。嫌な汗が背中を流れ、ミィコ部長の声もどこか遠い。
頭の中では疑問の言葉だけが何度も駆け巡り、まともな思考なんて出来ない。
だって、『それ』は……、
ミィコ部長が示した写メは……っ!
「写真に写ってる『彼』に、結城玲哉を演じてもらいたいと思ってたんだ。で、レンマ君って『彼』のことをよぉく知ってるはずだよね?」
はっ! となり、僕はブリキのごとき動きで頭を動かし、視線をミィコ部長へと向けた。
少し興奮気味で、強い期待に目を輝かせている部長は、反対に心が冷え切っていく僕など気づかず、告げた。
「というわけで、レンマ君に出演交渉をお願いしたいんだ。『彼』を臨時の演劇部員として、大会に出てくれるようにさ」
ミィコ部長には何でもないことで、僕にとっては死刑宣告に近いお願いに、僕は膝から崩れ落ちることを我慢するだけで精一杯だった。
ミィコ部長が呼んで欲しいといった男。
そいつは、静止画の中からレンズ越しに僕を鋭く睨むそいつは。
僕がよく知る人物で、僕が最も避けたい人物だった。
今回は蓮くん視点のシリアスが早かったですね。ただし、今回はそこまで長引かない、単発のシリアスですので、ご安心を。




