凛の三十一 独裁者ってなんでしょう?
お待たせして申し訳ございません! そして、今回も話は進みません!
凛ちゃん視点です。
翌日も、与えられた配役をどのように表現するか悩みながら、時間を過ごしていました。あ、もちろん授業はキチンと受けていましたよ?
台本を読み込んでいくと、私が演じる椎名春香さんはとても活発な女性で、その、とても理不尽な方のように思えました。
椎名さんが所属する、『不思議探求部』の部長であることが影響しているのか。基本的に部員の方に無茶な要求を突きつけ、困らせているような方でした。
性格も明るく豪快で、思いついたら猪突猛進、頭よりも先に体が動く方のようです。周りを巻き込んでご迷惑をおかけしますが、不思議と憎めない愛らしさもあり、部員からは慕われているようですね。
正直なところ、椎名さんは私とはかけ離れた人物像を形成されております。豪放磊落とは、正に彼女のためにあるような言葉ではないのでしょうか?
そんなキャラクターを私に演じさせるなんて、ターヤ先輩にどのような意図があるのでしょうか? ただただ椎名さんの表現に困るだけで、嫌がらせなのではとも思ってしまいます。
「……独裁者って、なんでしょうね?」
だからでしょう。
お昼休みの教室で、私は何気なく、椎名さんへの印象を言葉にしていました。
『……え゛っ!?』
私がどのように演技をすればいいのか、自問自答の色合いが強く、どなたかに答えを求めたわけではない、小さな呟き。
ですが、思いの外大きな声が出ていたのか、ご一緒に昼食を摂っていた立川さんや、他のクラスメイトの方々が、一斉にこちらへ振り返られました。
「? どうかされました?」
皆さんの反応がよくわからず、私は小首を傾げました。平然とされているのが、同じ演劇部の長谷部さんだけで、教室に残っていた全ての方が驚愕の表情を浮かべておられました。
「え、っと……、どうかした、っていうか、むしろどうしたのかな、っていうか……」
しどろもどろながら、最初に声を発したのは立川さんでした。顔は私に向いていますが、視線はあちらこちらへ飛散し、一定していません。
「もしかして、体調が優れないのですか? よろしければ保健室までご一緒しましょうか?」
「あ〜、俺は大丈夫。うん、俺は」
どこか含みのある物言いで、私の提案は断られてしまいました。
しかし、立川さんの挙動不審ぶりは治まっておりません。絶対に何かあるはずです。
「あの、さ。柏木さん、さっき、独裁者とか、聞こえた気がすんだけど……」
じーっと立川さんに視線を向けていますと、観念したのか彼は重い口を開きました。
ただ、その内容は立川さんの異常とはまるで関係のない、私個人の悩みでした。
椎名さんが、どうかされたのでしょうか?
「はい、確かに口にしましたけど……?」
特に否定する必要もないため頷きますと、クラスの方々が息を呑む声が聞こえます。
(やべぇ……、ボスがついに、一年三組の実行支配に目覚めたぞ!? 言葉が意味を成さない、暴力の時代が来たんだ!)
(桂西高校という枠組みを無視した、武力行使による独立国家を打ち立てる気だ! 俺たちは、ボスの下僕になるしかないんだ!)
(そんな……、いくら三組の内戦が長引いてるからって、私たちを力で屈服させていい理由にはならないはずよ! 日本は民主主義の国でしょう!?)
(気持ちはわかるけど、どうしようもないじゃない。一度ボスの脅しに飲み込まれ、恐怖と絶望を知ってしまった私たちに、抗うことなんて出来ないのよ……)
……? 何だか皆さん、コソコソ話をされていらっしゃいますね? チラチラと私を盗み見、悲愴な表情なのがとても気になります。
「はぁ、柏木さんは独裁者でもいいじゃない……。私なんて年上の男よ、男。あんなの、どうやって扱えばいいのか、見当もつかないわ」
謎の戦慄がクラスを支配する中、私に声をかけたのは長谷部さんでした。私と同じ、配役についてとても悩んでおられるのでしょう。机に体を投げ出し、態度もどこか投げやりです。
「お気持ちはわかりますが、すでに決まったことです。私たちなりに、精一杯取り組めばいいのだと思いますよ?」
「簡単に言ってくれるね……。ま、柏木さんの言う通りなんだけどさ」
お互いの事情がわかっているため、私も長谷部さんも自然と苦笑を浮かべてしまいます。
配役や悩みの種類は違いますが、苦悩を共有できる方がいるのは、少し気が楽になります。
(おいおい、三組の恐怖政治は決まったこと、だと? そんなの横暴じゃないですか勘弁してください!)
(っていうか、長谷部さんっていつの間に彼氏が出来たの!? しかも、年上相手に主導権を握ろうとしているなんて、恐ろしい娘!)
またコソコソ話が聞こえ、周りを見てみますと、男子の方々は一様に項垂れ、女子の方々は全員が白眼を向かれていました。
何かの遊びでしょうか? 相変わらず、私たちのクラスは同性同士では仲がいいですね。
「……あー、悪い、話が見えないんだが?」
私と長谷部さんで自己完結していたのを不思議に思ったのか。立川さんは疑問顏で説明を求めてきました。
「え? 説明していませんでしたか? 今度の演劇部の大会で演じる役のことですよ?」
「はぁ? 役? 演劇の?」
「何素っ頓狂な声上げてんのよ? それ以外に何があるっての?」
「いや、推測がつかなかったから聞いたんだからな? ……そうか、演劇か……」
そういえば、前置きなく話していましたっけ? 何だかとても疲れた様子で肩を落とす立川さんに、私は今までの会話を振り返ります。
……なるほど。言葉だけを聞けば、何が何やらさっぱりだったかもしれません。
しかし、私としましても、恐らく長谷部さんとしましても、クラスの皆さんに聞かせたかったり相談したかったりしたわけではないので、そんなに疲れたような表情をされても困るのですけど。
(おい、聞いたか? ボスが独裁者で、長谷部が男役だぜ? どんな恐ろしい演劇になるんだ!?)
(ボスが独裁者とか、ハマリ役すぎるだろ!? 台本の作者は天才か!?)
(全てを手に入れた孤高の女皇帝と、男装を強要された美貌の麗人……。そして、権力を振りかざし、国中の美男子を集めた逆ハーレムの主として君臨する……。
アリね! 今から上演が楽しみだわ!!)
(アンタ、そんな趣味あったんだ……。いや、それはそれで面白そうだけど、多分違うんじゃない?)
立川さんの疑問が晴れたところで、皆さんのざわめきも種類が変わってきました。どちらかというと引き気味だったのですが、今では皆さん興奮気味に隣の方と語らっていらっしゃいます。
何故でしょう? 私たちの説明で、生じていただろう誤解が解けたはずですのに、全くそんな気がしません。むしろ、新たな誤解を生んだような?
「とりあえず、柏木さんは紛らわしいことを言うの、やめてくれよ? どっと疲れるから」
「は、はい」
よくわかりませんが、立川さんに注意されてしまったので、頷いておきます。
私、紛らわしいこと、言いましたか?
今度は私の頭上に疑問符が乱立しながら、お昼ご飯を口に運んだのでした。
一年三組のトラウマは中々に強力なようです。ちょっとした領土問題っぽいワードが飛び出すくらいですからね。あ、一年三組は南シ○海や竹○ではありませんので、ご安心ください。




