凛の三十 配役が問題だと思います
凛ちゃん視点です。
基本セットが終わった後、私たちはミィコ部長から台本を渡されました。昨日の迷走という言葉がピッタリだった練習を思い出してしまい、皆さん表情が険しくなっておられましたが。
何せ、全員が普段の自分とは全く縁遠いキャラクターを指定されたのです。それを元に台本を作った、とすでに聞かされている身としては、本番の台本に一抹以上の不安を感じても仕方ないと思います。
微妙な顔の私たちなど無視し、ミィコ部長は大会の話へと内容をシフトされます。その際、思わぬところからお兄様の以前の学校が知られてしまいました。
別に隠していたのではなく、単に話題に上らなかったのでお話ししていないだけでしたが、私にとっても薮蛇となった話題でした。
共学の学校に通う私を監視するため、だとは思っていましたが、ついでに語られたお兄様の内心を聞かされ、大変驚愕させられました。
まさかお兄様が、そこまで私に執着しているとは予想外だったのです。素直に背筋がゾッとしました。
これは、多少不審に思われても構いませんので、本格的にお兄様から距離をとった方がいいのではないでしょうか?
お兄様から感じる危機感としては、本郷さんたちに襲われかけたあの事件と同レベルだと思うのです。
そろそろ、兄妹だからと気を遣うのは止めて、一人の女性としてお兄様から逃げる算段を組む必要がありそうです。
気づかれぬよう、私はお兄様から数歩離れました。家族ですから難しいでしょうけど、今後は可能な限り、お兄様と二人きりになる事態は避けなければいけませんね。
「あと、重要なのは役決めなんだけど、それももうこっちで決めちゃってるから、さっさと発表するね」
お兄様の話題でひと悶着あり、次にミィコ部長が口にされたのは、台本の配役についてです。
恐らく、大会まではこの台本をずっと練習することになるのですから、少しでも自分に親しみやすい、演じやすいキャラクターであってほしいです。
……まあ、今回は最初から、私の希望が打ち砕かれるのは確定ですので、全くドキドキしませんけど。
「まずは主役の『不思議探求部』の部長である『椎名晴香』役なんだけど、カリンちゃん、よろしく!」
「え……、えぇっ!? わ、私が、主役、なんですか!?」
いきなりの主役抜擢に、私は声が裏返ってしまいました。
だ、だって、私まだ、演劇を始めて二ヶ月も経ってませんよ!? 明らかに、分不相応だと思います!!
「うん、そう。カリンちゃんはうちの花形でエースなんだから、ちゃんと頼んだよ~?」
「し、しかし、私は皆さんに比べると、素人も同然ですよ? そんな私に、主役などという大役が務まるのでしょうか?」
「大丈夫、大丈夫。そもそも、あたしたちの演劇部で一番揉める配役が主役なんだけど、誰もがやりたがらないから揉めるんだよね。
人数がいないからかもしれないけど、意外といないんだよ、主役に適応できる子が。今までは台本の段階から演者に合わせたキャラを作る、って感じでやってきたくらいだしね。
だからってわけじゃないけど、カリンちゃんには最初の練習から主役級のヒロインばっかりやらせてたのは、主役専門で演ってもらいたかったからなんだ。
多分、今うちの演劇部で最も女性の主役に向いてるのは、カリンちゃんだよ。自信を持っていい。なんたって、あたしが教えてきたんだからさ!」
「は、はぁ……」
謙虚ではなく、本当に任されてもいいのか不安だったのですが、ミィコ部長の説明に私は脱力しました。
言われてみれば、私以外の先輩やハーリーさんが、練習で主役を演じていたところをあまり見たことがありませんでした。
具体的には、女性役ですとミト先輩が準主役、トーラ先輩が子役、ハーリーさんが主役のお助けキャラクターのようなものが多かったように思えます。
男性役では、オウジ先輩が私と同じく主役級を、キョウジ先輩が悪役を、トウコ先輩が登場キャラのお兄さん的な役を、それぞれ主に練習しておられました。
こうして見ますと、私たちはどんな役割もこなせるような演者ではなく、一つの種類に特化した個性重視の演者として、完璧に住み分けされているようでした。
そう考えますと、入部から女性の主役ばかりを演じてきた私以外ですと、主役は荷が重いのかもしれません。
証拠に、皆さん表情には出さないものの、一様にほっとした目で私を見つめておられましたし、反対意見や立候補も出てきませんでした。
皆さん、主役がそんなに嫌なのでしょうか?
「と、本人も納得したところで、ちゃっちゃと発表していくよ。『椎名晴香』の親友兼悪友である副部長『叶喜子』役はミトちゃんね。
振る舞いはテンプレな高慢お嬢様、って感じの役だけど、キャラ特有の少し抜けててお茶目な愛くるしさをなんとか捻り出してね!」
「……はぁ~い」
次に指名されたのが、ミト先輩でした。今までの傾向から大幅にそれた立ち位置ではありませんが、経験したことがない役柄なのでしょう。返事がかなり重い気がしました。
「で、一応の男性主人公である新入部員『山田和平』役はオウジ君ね。
普段の練習では格好いいヒーロー系ばっかりだったけど、今回は部長に憧れる突っ込み役だから、みんなのボケをきちんと拾ってあげてね!」
「ぅぐ、は、はい……」
その次はお兄様です。ずっとシリアス系の物語を演じていたからでしょうか、コメディタッチの役柄には抵抗が強いようです。表情からすでに、不本意だ、という思いが透けて見えるほど渋面でした。
「それから、『山田和平』を心配して入部した幼なじみの『初好実』役はトウコちゃんで。
ひっっっさしぶりの女の子役の上、基本が気弱、涙目、引っ込み思案の三拍子揃った小動物系で演じにくいだろうけど、ガンバ!」
「…………は、ぃ」
物凄く間を開けて返事をしたのは、トウコ先輩でした。ほとんど頼もしい男性役しかやらなかったトウコ先輩には、酷としか言いようがない配役です。何なら今から泣きそうになっておられました。
「次の二年生のトラブルメイカーである『音木心』役はハーリーちゃん。
あんまり上級生の、しかも男役なんてしたことないでしょ? この役は考えるよりも行動派な好奇心の塊だから、無邪気さを前面に押し出して演じてね!」
「や、やっては、みますけど……」
歯切れの悪い返事で、すぐに沈黙してしまったのはハーリーさんでした。他の部員に比べて、まだ色んな役を演じてきたハーリーさんですが、男性役は初めてのようです。大きめなため息が漏れていました。
「そんで、三年生の超絶ドジっ子である『道家鈴男』はレンマ君。
体力作りばっかりやらせてたし、怪我のせいで練習も少なくなっちゃうから、演技なんてわからないだろう、ってことで序盤でフェードアウトする役にしたから。正直、台詞も短い端役だけど、自分なりに表現してみて!」
「はい、わかりました」
部員役の最後は、相馬さんが指名されていました。入部してから一度も演劇の練習をしていませんでしたから、妥当な配役でしょう。相馬さんは台本をペラペラと読み進めながら、首肯されていました。
「さって、あとの二人はいわゆるお邪魔キャラの先生役ね。女性教師の『小芝小百合』役がトーラちゃんで、男性教師の『岩倉猛』役がキョウジ君ね。
夜の学校を巡回する、真面目な小学校教師の役だから、二人とも自分の色を出しすぎちゃダメだからね? ちゃんと先生っぽく意識して練習するように!」
「あっはっは! 無茶苦茶だ、この部長!」
「っつうか俺、どう考えても指導するよかされる側の方が多いんすけど。ハードルクソ高ぇじゃねぇっすか」
「はいはい、文句は大会が終わった後にでも吐きなさいな。それまではこの役しかやらないんだから、しっかり役になりきる努力をしてよね?」
そして、最後の教師役として指名されたのは、トーラ先輩とキョウジ先輩のハチャメチャコンビでした。真面目、厳格、杓子定規とは無縁な型破りなお二人は、早速白旗を上げておられました。
抗議先だったミィコ部長は、お二人の不平不満には耳を貸さず、配役の変更もしないご様子です。部長の態度に諦めが勝ったのか、お二人からそれ以上の抗議は出てきませんでした。
「……あれ? ミィコ部長、まだ決まっていない役がもう一人いますけど?」
三年生の先輩以外の名前が出尽くしたところで、疑問の声を上げられたのは相馬さんでした。
つられて私たちも台本を読みますと、物語後半に出てくる『結城玲哉』という人物がいました。台詞もそこそこあるキャラクターでしたが、すてに指名する部員もいません。
まさか、ターヤ先輩が台本製作時に人数を間違えるなどあり得ないので、何か意図があってのことなのでしょう。
私たちは一斉に、ミィコ部長とターヤ先輩へ視線を投げ掛けました。
「あぁ、『結城玲哉』役はまだ未定なんだ。実は最近、とっても演技が上手い人を見つけて、今兼部って形で出てもらうよう交渉中だから、ちょっと待ってて。
最悪交渉が決裂しても、『結城玲哉』が出てこない台本も用意してるから、そっちに切り替えればいいしね。内容もほとんど変わらないから、大丈夫だよ」
兼部、ということは、他の部活に所属されている方に出演を頼んでいる、ということでしょうか?
確かに、本人の意欲次第で兼部という形は認められていますが、ミィコ部長が演技が上手だという人がいたなんて、あまりピンと来ません。
入部してからというもの、私以外の指導に入ったミィコ部長は、基本的にダメ出しばかりされていました。私はともかく、完璧に見えるミト先輩でさえ、容赦なく言われ続けてきました。
それだけ厳しいミィコ部長が認めた方、とはどのような方なのでしょうか? 役の名前からすると男性のようですが、少し気になりますね。
「さ、配役も決まったところで、練習やるよ! 今日は一通り演じて、役作りに力を入れようか!」
私以外にも『結城玲哉』役について聞きたそうにしている方々がいましたが、ミィコ部長は手を叩いて話を終わらせ、練習を促しました。
そこからは、まさに四苦八苦という言葉がよく似合うほど、皆さん演技に苦労されていました。
ターヤ先輩、どうしてこんなに相性の悪い役を、私たちにあてがったのですか?
練習疲れで疲弊していなければ、よっぽど問いただしたい疑問でしたが、結局口にできないまま、下校することとなりました。
前回の蓮くん視点の続きです。配役は決まりましたが、ターヤ先輩のせいで大変そうですね。作者からは何も言えませんが、頑張ってください。




