蓮の二十九 久々の部活は、不穏な空気?
蓮くん視点です。
変なイジリを経て、体育以外の授業を終えた僕は、えっちらおっちら移動しながら部室へと足を運んでいた。あ、体育は普通に見学だったよ。
部活に行く、と言ったときに階堂と春は必死で止めてきたけどね。多分、二人の頭にはキョウジ先輩がいたからだろうけど、キョウジ先輩は怪我人をボコるほど鬼畜じゃないよ。
とはいえ、二人の色眼鏡にはキョウジ先輩はどこまでも不良で悪党なわけで。大丈夫だ、と何度なだめても『行くな! 死ぬぞ!』と、本気の心配をしてくれた。
う~ん、いつか誤解を解いておきたいなぁ。顔が怖くて手が早いだけで、いい先輩なんだけど。
階堂たちの過剰反応を思い出してため息を吐き、結構時間をかけて部室へと到着した。
病院に行った日に、先輩たちへ部活を休むことを連絡しなきゃ、とは思ってたんだけど、先輩たちの連絡先を知らなかったんだよね。
これだけ面倒を見てもらったのに、昨日の時点でやっと個人間の連絡先を聞いていなかったことに気づいた僕も大概だけど、自発的に教えてくれてなかった先輩たちにも過失はあると思う。
だから、無断で休んだこと、怒られない、よね?
体育祭での怪我を知っていても、無断欠席には変わりなく、僕は扉の前でちょっと尻込みしていた。
特に意味のない、あー、とか、うー、とかうなり声を上げながら立ち往生していると、廊下から複数の足音が聞こえてきた。
「あれ? ……レンマ君っ!?」
「どうしたんだ?」
大きな声にビクッ! っとなりながら背後を振り返ると、三年生のミィコ部長・ターヤ先輩コンビがいた。
松葉杖に驚いているミィコ部長とは対照的に、ターヤ先輩が結構冷静だからか、僕も取り乱したりはせずに落ち着くことができた。
「あ、ミィコ部長とターヤ先輩。こんにちは」
「うん、こんにちは。入らないの? 鍵は開いてると思うけど?」
「あー、体育祭明けの部活を、無断で休んじゃったんで、顔を出しづらくて」
「あぁ、そんなこと。気にしなくていいよ。俺たち全員、レンマ君の事情は知ってたから、連絡なしでも大丈夫。むしろみんな心配してたから、早く顔を見せて安心させてあげた方がいいと思うよ?」
「そう、ですか? そう言っていただけると、助かります」
「いやいや、どういたしまして」
「良かったね、問題解決だよ……ってぇ! ちょっと待ちなさいよ二人ともっ!」
僕とターヤ先輩が普通に会話をしていると、最後にミィコ部長からノリツッコミが炸裂した。
ノリで流せるかなぁ? と思ったけど、そううまくはいかないかぁ。
「レンマ君、その松葉杖は何っ!? 大した怪我じゃなかったんじゃないの!? それと何でターヤはそれを無視して平然と会話してんの!? 意味わかんないんだけど!?」
「レンマ君が病院に行って、医者に松葉杖を使うように言われただけだろう? それ以外に何があるんだ?」
「アンタとキョウジ君は大丈夫、っつったじゃん!」
「あのまま無茶をしなければ、とも言っただろ? つまりは、そういうことだよ」
そのまま僕を無視して口論が始まってしまった二人だったが、すぐにミィコ部長の矛先は僕へと向かう。
ギラッ、とした目付きの部長が首をこちらへ向けたときは、かなり怖かった。思わずその場を一歩後退したよ。
「レンマ君!? どういうこと!?」
「あー、えー、っと……」
ミィコ部長の凄い剣幕に気後れし、僕は返答を詰まらせてしまう。怒られるかな? って心配してたけど、ここまで怒らせるなんて想像してない。
何度か口をパクパクさせていた僕は、一応用意していた言い訳を口にしようとした。
「ちぃーっす。お疲れ、っす……、レンマ!?」
「どうしたの、キョウジ? って、レンマ君!?」
「うわーっ! 重傷だぁー!」
「あらあら~?」
「? どうかしたんですか?」
「あ、レンマ君。来てたんだ」
「えっ!? レンマさんっ!?」
すると、タイミングを図ったかのように続々と他の部員が現れ、それぞれにいい反応をしてくれた。まぁ、若干名は普通だったけど。
キョウジ先輩、トウコ先輩、トーラ先輩はミィコ部長並のリアクションを、ミト先輩は頬に手を当てながら小首を傾げ、オウジ先輩は僕を完全スルー。
ハーリーさんは淡白な反応で手をヒラヒラとさせ、カリンさんは僕の名前を聞いて驚いていた。
あ、カリンさんは僕の格好を見て固まっちゃった。一人だけ事情を知ってるからか、みんなの後ろでどんどん泣きそうな顔になってる。
「え、っと……、お騒がせしました?」
とりあえずコメントしとこう、と思って僕の口から出たのが、これだった。
何で疑問系? とか聞かないで。僕もテンパってたんだよ。
「……ってわけで、悪化しちゃいました。お医者さんによると、一週間はこれで様子見してほしい、らしいです」
「……えぇ~?」
廊下で騒ぐわけにもいかず、全員が部室に足を踏み入れたところで、僕は松葉杖の言い訳を説明した。全部言い終わったあとでミィコ部長からもらったが、この微妙なリアクションだ。
結局、部活のみんなには『翌朝、寝ぼけて自宅で盛大にこけ、捻挫が悪化した』と説明しておいた。
実は、病院やクラスのみんなにも同じ説明をしたんだけど、みんなミィコ部長と同じようなリアクションだったなぁ、と他人事のように思う。
あ、家族の方では柏木さんの事件を省いて起こったことをそのまま話し、こうなったと説明している。こっちもこっちで、呆れられたけどね。
ぐるっと、先輩たちの表情を確認すると、ほぼ半分が呆れた顔で僕を見ていた。カリンさんに迷惑をかけないための嘘だけど、みんなの視線が冷たくて痛いね!
もう半分からは、強い反応はなかった。ターヤ先輩は肩を竦めただけで、ミト先輩は相変わらず「あらあら~」とほのぼのしていて、オウジ先輩は明らかに興味無さそうな作り笑顔だった。
あと、カリンさんの反応がヤバイ。めっちゃ苦い顔しながら目線をそらし、左腕を右手でぎゅっと握り締めている。
あれ、絶対に自分のせいだ、みたいに考えてるよね? カリンさんは真面目だから、僕の怪我で罪悪感を覚えていてもおかしくない。
あとでちゃんとフォローしとかないと。そのまま何も言わなくて、変に思い詰めさせちゃうのはよくないからね。
「……はぁ。じゃあ、部活も当分は参加できないんだね?」
「ですね。基本セットの発声練習とか、一部の筋トレとか、やれることはやるつもりでしたけど。足さえ動かさなければいいんですし」
「いや、筋トレはやめておいた方がいい。変な癖がつくかもしれないし、余計悪化したら目も当てられないだろう? 完治するまでは、発声練習と台本の読み合わせくらいが妥当だろう」
ミィコ部長が大きなため息を吐き、部活について聞いてきたので、僕なりの意見を伝えてみる。が、ターヤ先輩は筋トレを反対し、体をほとんど動かさない形での参加を提案してきた。
考えてみれば僕の説明のおかげで、みんなから僕はマヌケなドジっ子みたいに思われているはずだ。そんな僕の大丈夫なんて、信用できないだろう。
僕はターヤ先輩の折衷案に素直に頷き、しばらくの間は一部参加ということになった。
そうして僕の話に区切りがつくと、みんなは基本セットのランニングに行ってしまった。全員部室を後にしたところで、こっそりと松葉杖で部室を動き回っていたのは内緒だ。
だって、暇だったし、体力落ちそうだもん。少しくらいはいいでしょ?
それから人の気配がしてから室内徘徊をやめ、みんなが筋トレをする横で何回も発声練習を繰り返す。今はそれくらいしかやることないから、いつもより強めにやっておく。
途中、唾が喉に絡んで噎せた。咳き込む僕を介抱してくれたのはミト先輩だった。ご迷惑をおかけします。
「けほっ! あ、ありがとうございます」
「別にいいよ~。何かあったら~、うちに遠慮なく言ってね~」
ポンポンと背中を叩いてくれたミト先輩にお礼を言うと、ミト先輩は僕の頭を撫でながら、笑顔で優しい言葉をかけてくれた。
本当に面倒見のいい先輩なんだなぁ。将来は保母さんとか、幼稚園の先生とか似合いそうだよね。
なんて思っていると、何か周囲からの目が気になった。鼻唄を歌いながら元の場所へと戻っていくミト先輩と僕に、やたらと視線が行き来していたからだ。
みんな顔に出さないようにしてるみたいだったけど、どうしてか僕とミト先輩の様子を窺っている感じがした。
特に、カリンさんからの視線が強い。発声練習をしながら目を細め、表情を消してガン見している。さっきみたいな浮かない表情じゃないのはよかったけど、これはこれで怖い。
心なしかミト先輩への目付きがキツいように見えたけど、どうしたんだろう? 僕がいない間に、喧嘩でもしたのかな?
カリンさんにはそれとなく、ミト先輩についても後で聞いてみよう。頭にメモしながら、僕は発声練習を終えた。
蓮くんは事情を知らずとも、ミィコ部長たちの探るような視線には気づきました。ミト先輩の態度については、入部からずっと変わらずなので気づきませんが。
それにしても、蓮くんは呑気ですね。凛ちゃんの気持ちに、一体どれだけ気づけているのやら?




