蓮の二十八 代償は大きかった……
二章、開始です。
今回からはマイペースで進めていくつもりですので、のんびり待ってやってください。
蓮くん視点です。
体育祭が終わって、代休も過ぎた後。足の怪我もあって部活も休んでいた僕は、久しぶりに学校に登校することになった。
「おはよー」
「おー、博士。おは……」
「おはよう、相馬、氏……、どうしたのだ!?」
最近は早めに登校することが多くなっていたのだが、今日はその頑張りが無になったかのように、始業時間ギリギリの登校になった。
すでに大部分のクラスメイトも登校していて、思い思いに過ごしていた中、僕はいつもの二人に挨拶を交わした。
が、階堂も春も途中で言葉が途切れ、椅子から立ち上がって驚きの声を上げた。他のクラスメイトも二人につられ、視線が僕へと集まって、ざわざわした空気がなくなった。
まあ、無理もないか。
休み明けのクラスメイトが、いきなりガッチガチのテーピングと松葉杖で登校してきたら、そりゃ驚くだろう。
「どうした、って聞かれても、見ての通りだよ。代休で病院に行ったら、こんなんなっちゃった」
「軽っ!? いや、マジで大丈夫なのかよ博士!? パッと見重傷だぞ!?」
「あの時の怪我が、それほど重かったのか!? 大したことがないと言っていたあの先生の言葉は嘘だったのか!?」
あんまり心配をかけないように、軽めに言ってみたんだけど、逆効果だったみたい。えっちらおっちら席についた僕を、階堂と春は取り囲んで大騒ぎする。
「あー、いやー、言いにくいんだけど、あれから僕がちょっとばかし無理しちゃって、状態が悪化したみたいなんだ。お医者さんが言うには、一週間くらいはこれで過ごして、様子を見たい、ってさ」
そんな二人へ、僕は罰の悪い思いから視線をそらしつつ、簡単に説明した。
体育祭が終わり、柏木さんを探していて遭遇した、東高生による暴行事件。嫌な予感がビンビンして、事態の悪化を防ぐために僕が走り回った結果、見事に怪我が酷くなっていたのだ。
怪我をした当日は、そこまで深刻には感じなかった。アドレナリンが出てたのか、そこまで痛みを感じなくて、迎えに来てもらった父さんの車の中で寝落ちし、そのまま一夜を過ごしたわけだが、次の日の朝なんか、もう大変だった。
もう、痛いのなんのって。演劇部の練習で初めて味わった筋肉痛なんかよりも、ずっと痛かった。動いても動かさなくても、ズッキンズッキンするし、朝も足の痛みで起きたくらいだった。
その日の内に母さんに病院に連れてってもらい、色々検査して、最終的にこんな仕上がりになったのだ。
とはいえ、見た目ほど酷い怪我ではない。レントゲンでも骨に異常はない、って話だし、安静にしてればすぐに治るって言われたからね。
足に巻かれたのがギプスではなく、テーピングなのもそれを証明している、と思う。松葉杖までついてきたのは、ある程度事情をぼかしてどんな無茶をしたのかを伝えたら、「走れないように」って持たされただけだしね。
この松葉杖、初めて使うんだけどすっごい体力使うよ。普段使わないような力がいるし、何より歩く度に体が浮く感覚がして、どうも落ち着かない。
特に、階段は難敵だった。手すりを持ちながら、片足でケンケンしながら上ったんだけど、途中で息切れして休まなきゃならなかった。僕のクラスが二階で、まだよかったと思ったね。
「……ってことなんだ」
「はぁ~、それは、博士らしいというか、何というか……」
「相馬氏、もう少し自分の体を労ってはどうだ? 部活ですでにボロボロなのであろう? 下手をすれば、怪我だけでは済まなくなるぞ?」
すごく心配してくれてる階堂と春にも、お医者さんにしたような軽い説明をしたら、案の定呆れられた。
詳しく説明したら、柏木さんにも迷惑がかかるかもしれないからね。僕のキャラ的にも、僕が調子に乗ってバカをやった、って感じの方が納得も得やすかったし、それでみんなを誤魔化すことにしたんだ。
……まあ、みんなもうちょっと、僕がバカやったってとこに疑問をもって欲しかったりしたけど。何ですぐに納得して、非難されるんだろうか?
僕が仕向けたこととはいえ、とても複雑な気分になる。そんなに僕は間抜けに見えるんだろうか? 見えるんだろうなぁ……。
「はん! 自業自得じゃねぇか。心配するだけ無駄だな」
「無謀にも柏木さんと二人三脚リレーをしようとした報いだな」
「これに懲りて、二度といきがるなよ、博士!」
図らずもクラス全員に事情を話した形になり、男子からはキツい言葉をいくつももらった。そんなに柏木さんとの二人三脚が許せなかったのだろうか? 根に持つなぁ……。
「あはは、今度からは気を付けるよ」
怪我については、だけどね。柏木さんの件は、僕にはどうしようもないから、頼まれても難しいよ。
「……あれ? そういえば、佐伯くんは?」
「あぁ、佐伯ならあそこだ」
ふと周りを見渡し、体育祭で一番輝いていた佐伯くんの姿が見えないことに気づき、首を傾げた。
そんな僕の疑問に答えてくれたのは、階堂だった。ピッ! と指を指したその先には、机に突っ伏したまま動かない、一人の男子生徒の姿があった。
「え? 何か僕より元気無さそうなんだけど? 佐伯くんこそ大丈夫なの?」
「心配ないよ? 佐伯くんって毎回学校行事になると張り切るんだけど、毎回終わったあとに自分のテンションに後悔してしばらく落ち込んでるから。
中学からずっとそんな感じだったから、ある意味これも恒例行事みたいなものだよ。多分、すぐに慣れると思うから、気にしない方がいいって」
心配する僕に、笑いながらあっけらかんと教えてくれたのは、クラスの女子だった。どうやら中学が佐伯くんと同じだったみたいで、言葉通り深刻さは全くない。
ちら、と佐伯くんを見てみると、「何で俺、あんなに張り切ってたんだろ……」とか、「恥ずかしい……、死にたい……」とか、ちょくちょく鬱発言が聞こえるんだけど、本当に大丈夫なんだろうか?
「っていうか、みんな本当に柏木さんとの二人三脚したかったの? 僕はよくわかんないんだけど……」
『はぁ!?』
放っておけば治る、みたいな感じだったので、とりあえず佐伯くんのことは置いておく。
次に僕が口にしたのは、実は体育祭の昼休みにメチャクチャに言われたときから気になっていたことだった。
すると、男子のみんなは余程腹に据えかねたのか、僕の発言に一気にいきり立ち、鬼の形相で睨んできた。
「ったりめぇだろうが!! あんな美少女と密着できるなんて、まさに男の夢だろうが!!」
「眉目秀麗、文武両道を地でいく才女だぞ!? 仲を縮めるチャンスを逃すわけねぇだろうが!!」
「てめぇの眼鏡は飾りか、あぁん!? それとも脳みそプラスチック製か、ポンコツ博士!? んなことじゃノーベル賞も取れねぇぞ!?」
「取れないよ!? 無茶言わないでよ!?」
何であだ名だけでノーベル賞を取らなきゃいけないんだよ!? 今の僕の成績じゃ、無理に決まってるじゃんか!!
「で? うるさい男子どもはさておいて、博士くんはどうしてそう思ったの? こいつらの言う通り、あんな綺麗な子と密着できるのは、男子としては嬉しいんじゃないの?」
騒然とする男子を冷めた目で見やりつつ、佐伯くんの説明をしてくれた女子が僕へと尋ねてきた。周囲の男子とは全く異なる態度をしている僕が不思議なのか、そこには純粋な疑問の色だけがあった。
油断すれば襲いかかってきそうな男子たちを眺めつつ、僕も首を傾げながら、みんなに質問した。
「だって、西高の『部活対抗リレー』で組まされた、ってことは、半分半分の確率で『嫌われてる』ってことなんだよ? しかも、もう半分は『関係性ゼロ』って思われてるってことだから、その時点で明らかに脈なしでしょ?
事実上相手にされてません、って言われてるようなものなのに、そんなに羨ましいのかな? って僕は思うよ。みんなも、『部活対抗リレー』で一緒になった人、思い浮かべてみたら?」
『……あぁー……』
すると、みんな一斉にため息をつき、目線を天井に向ける。組まされた相手を思い浮かべているのだろうか、僕の話を聞いていた男女問わず一様に苦い顔を浮かべている。
「……すまん、博士。俺たち、間違ってたみたいだ」
「そうだよな。俺らはともかく、博士が柏木さんに好かれてるなんて、あり得ないもんな」
「俺も謝るよ。博士だから仕方ないことだったんだって、気づいてやれなくて悪かったな」
ようやく気づいたらしいみんなは、次々に僕へと謝罪に来るけど、言葉の節々が気になって素直に喜べない。
僕って、みんなからどんな風に思われてるんだろうか?
今まで気にしたこともなかったけど、段々気になってきた。悪く言われるのは別にいいけど、扱いがやけに酷すぎないだろうか?
一人一人から謝罪の刃を受け取り、何故謝られながら傷ついているんだろうか? と疑問に思いながら、僕は微妙な顔を隠せなかった。
その輪にいなかった階堂や春、女子たちはそんな男子たちに呆れてるみたいだった。
そうした新たないじめは、結局朝のチャイムが鳴るまで続いた。みんな、本当にしつこかったよ……。
蓮くん、ついでにお祭り男佐伯くん、撃沈です。蓮くんは無理しすぎちゃいましたからね。佐伯くんのは、中二病的黒歴史の亜種ですかね。
一つ言えることは、どちらも完治には時間が必要ということですね。




