凛の二十六 どうやら狙われていたようです
凛ちゃん視点です。
「っ!!」
背筋を走る寒気に従い、私はテントの足を手放して彼らから距離を取りました。そのままグラウンドに戻ろうと走り出しましたが、私の背後にも控えていたらしい男性たちが行く手を阻み、思わず足を止めてしまいます。
「うわぁ!? っと、急に離すなよ、危ねぇじゃねぇか!」
ガシャン! と音が鳴り、先ほどまで一緒にテントの足を運んでいた先輩らしい方から抗議が上がりましたが、構っていられません。
逃げ道を塞ぐ男性が二人、部室裏の奥で待ち構えていた男性が二人。そして、状況をみる限り、私をこの場所まで誘導してきた先輩らしい男性もまた、彼らの仲間ということなのでしょう。
私は咄嗟に背中を部室の壁にくっつけ、背後から襲われないようにしました。それでも左右から挟まれている形になっていますが、前後から襲われるよりはマシでしょう。
「ほぉ……? 自分から追い詰められるようにするなんて、ヤル気満々じゃねぇ? いいぜ、そういうの、嫌いじゃねえよ」
「違ぇよ。真後ろっていう死角からの襲撃を警戒してんだろ。なかなかどうして、ただのお嬢様にしちゃ、いい判断すんじゃねぇの?」
私の行動を奥にいたお一人がニヤニヤしながら見ていましたが、テントの足を放り出した先輩らしい方がばっさりと否定されました。
私は左右を警戒しながら、空手で学んだ構えを取ります。状況は一対五。それも、相手はすべて男性です。少しでも隙を見せてしまえば、あっという間に捕まってしまいます。
久しく通っていなかった空手に頼るのはとても心細くはありますが、今は贅沢を言える状況ではありません。
明らかにこちらを害そうとする雰囲気を醸し出す彼ら相手に、話が通じるとはとても思えませんし。
「貴殿方は、誰ですか? 桂西高校の生徒、ではなさそうですね?」
「あぁ~! 俺らとしたことが! 自己紹介を忘れてたなぁ! 悪ぃ悪ぃ、忘れてたぜ。なんせ、育ちが悪ぃからよぉ」
部室に屋根がなく、雨に濡れながら鋭く目を細めますと、奥にいたもう一方が大仰な手振りで声を上げられ、隣の方と同じような、気持ちの悪い笑みを浮かべていらっしゃいました。
「俺は本郷。隣のこいつが遠藤で、凛ちゃんを誘い出したのが井垣。んで、そっちにいるのが野間と土井。全員、桂東高校の生徒で、ここの体育祭を見に来たんだよ」
本郷、と名乗った一際体の大きな男性は、一人一人を指差しながら名乗られました。
本郷さんの隣で、ずっと私の体を見つめているのが、遠藤さん。正直、視線が気持ち悪すぎて吐き気がしそうなのですが、指摘したところでやめてくれるとは思えず、口を引き絞って我慢します。
彼らの近くまで移動された、私が桂西高校の先輩と勘違いしていた方が、井垣さん。遠藤さんのご様子に呆れたような表情を見せるものの、何も仰らないので制止するつもりはなさそうです。
ここに入ってきた出口のある右手側を見ますと、遠藤さんと同じように笑っておられるのが、野間さんでしょう。よく見ますと口から涎まで垂らしておられ、生理的嫌悪を覚えずにはいられません。
野間さんの隣で薄く笑っておられるのが、土井さん。彼だけ笑みの種類が違うように思えます。他の方は卑猥な視線なのですが、土井さんの目からはそのような感情は窺えません。それはそれで、とても不気味に思えます。
「……桂東高校の方々、ですか。その皆さんが、私に何のご用なのですか? わざわざ私の名前まで調べて、こんなところに呼び出すなんて……」
「凛ちゃんさぁ、頭いいんだろ? 俺らみたいなバカとは違ってさぁ? だったら、なぁ? わかんだろ? これからあんたが、どんな目に遭うのかさぁ?」
私の言葉を遮られたのは、遠藤さんです。手を嫌らしく動かしながら疑問符を重ねる彼の言葉に、先程よりも強い悪寒を覚えました。
足、お尻、お腹、胸、顔と、遠藤さんの視線が私の体を這う度、見られた場所に鳥肌が立つのがわかりました。
人としてというより、女性として、本能的な危機感を感じ、それ以上下がれないのに足が一歩後退します。緊張から喉がからからになって、唾を強く飲み込みます。
「私を、強姦するつもり、ですか?」
「ぷふぅ!! だぁいせぇかぁい!! いいとこのお嬢様からレイプとか聞くと、めっちゃそそるなぁ!!」
震えそうになる喉に何とか力を込め、毅然とした態度を取り繕い、半ば確信した彼らの目的を問い質しました。
すると、本郷さんが吹き出され、最悪の予想を肯定されました。とても品のない大笑いに感化されたのでしょうか、周囲にいらっしゃる他の方々も笑い出します。
私は竦みそうになる体を叱咤し、脳を揺さぶる彼らの笑い声を聞くことしかできませんでした。
レイプ。男性が女性に性行為を無理矢理強要し、時には身体能力の差を利用して暴力にまで訴える、卑劣な犯罪。多くの被害女性の心に大きな傷を与えることから、『魂の殺人』とも揶揄される、最低最悪な行いです。
知識では知っていても、まさか私が当事者になるだなんて、考えもしませんでした。そうした犯罪は、テレビやインターネットの向こう側の世界の出来事だと、思っていましたから。
……怖い。
心底から楽しそうに、女性を、私をいたぶろうとする考えに疑問すら抱いていない彼らが、怖い。
先程私を誘導した井垣さんの手口や、彼らの周到さを思い出せば、彼らの行為が今回が初めてだと言うことはあり得ません。
あまりにも手慣れていて、躊躇どころか罪の意識さえ感じられません。私以外にも、何度も何度も、それこそ数えきれないほど、彼らは同じ行為を繰り返してきたのでしょう。
だからこそ、彼らの笑い声は、私を恐怖させるのでしょう。気がつけば、雨だけではない理由から、手足の指先から体温が失われたように、冷たくなっていました。
「はぁ~、笑わせてもらったところで、大人しくついてきてくれねぇか? 殴って気絶させるより、綺麗な状態の方がいいだろ? お互いに、なぁ?」
一頻り大笑いされた彼らは、嫌らしい笑みはそのままに、自然と脅しの言葉を口にされました。
どうやら、今すぐここでレイプ行為に至るつもりはないようです。あらかじめ、恐怖で従わせるか、暴力に訴えて強制的に移動させるか、という二択で校外に連れ出すつもりだったのでしょう。
私は何度も感じる寒気で大きく体を震わせ、しかし確固たる拒絶の意思を示すように、構えた拳に力を込めました。
「お断りします。生憎と、生涯の伴侶となられる男性以外に、操を捧げるつもりは一切ありませんので」
「……あー、日本語をしゃべってくれ。何言ってんのかさっぱりわかんねぇよ」
「本郷、あれは立派な日本語だ。要約すれば、未来の旦那さんに処女をあげるから嫌、ってことだよ」
「あぁ? まどろっこしい上に考え方がまるで昭和だな。それならそうとちゃんと言えよ」
……どうやら、ご自身を馬鹿と称したのは嘘ではなかったようです。本郷さんや遠藤さん、あとは野間さんも、私の台詞に首を傾げておられましたし。
さすがに呆れたご様子で、井垣さんが彼らでもわかる言葉に変換されることで、ようやく理解の色を示されました。
「まあ? 抵抗するならそれでも構わねぇぜ? 嫌がる女を無理矢理、ってのも嫌いじゃねぇからなぁ」
「生意気な口が利けなくなるように、俺らがきっちり調教してやるよ」
「本郷さぁん! 俺らにもきっちり回してくださいよぉ!?」
本郷さん、遠藤さん、野間さんの順に好き勝手なことを口にされ、私との距離をじりじりと詰めてこられます。井垣さんと土井さんは動かず、事態を見守っておられます。
一思いに襲わないのは、精神的に追い詰めようとしているからでしょうか? 大柄な男性が迫ってくる視覚効果は、小柄な女性からすれば十分な威圧を覚えます。
意識して、というよりも経験的に、彼らはどのような行動が女性を脅えさせるかを理解しているようです。一体、何人の女性が彼らの魔の手に捕まったのか、想像もしたくありません。
「……来ないでください」
三名に囲まれた私は、先程よりもトーンを落とした低い声を発し、警告しました。空手の教えを思い出しながら、体に適度な力を入れていきます。
女性の敵である彼らに対し、恐怖は残っています。可能ならば、今すぐにでも逃げ出して、警察の方をお呼びしたいくらいです。
しかし、一方で、彼らの被害にあった女性たちを想うと、恐怖にも負けない彼らへの怒りも覚えてきました。
何も悪いことをしていないのに、ただ彼らのような悪漢に目をつけられたというだけで、女性の尊厳を奪われる恐怖、屈辱、絶望。
未来が閉ざされ、汚された自分を無価値と思い込み、自殺願望に陥る人もいるでしょう。それほど、女性にとってレイプとは、決して消えないトラウマとなるはずです。
彼らは、それを全く理解していない。自分たちが行ったことが、どれ程残酷なことだったのか、気づきもしなければ知ろうともしない。
そんな、当事者でありながら他人事のように構えている彼らに、どうしようもなく腹が立ちました。
逃げ出したい気持ちと、懲らしめたい気持ち。
葛藤に揺れていた私の心の天秤が傾いたのは、後者でした。
「来ないで、っつってもなぁ……」
「誰が言うこと聞くかってんだよぉ!?」
自らの優位性を疑っていないのか、私の言葉に反応した遠藤さんと野間さんが、一気に接近してきます!
「警告は、しましたよ!」
すっと冷えた思考をフル回転させ、私は一歩早く近づく遠藤さんに向き直りました。
示威行為でしょうか? 両手を高く掲げ、私へ覆い被さるように振り下ろそうとしてきます。
その姿は、残念なほどに隙だらけでした。
「ふっ……!」
「うごっ、ほっ!?」
私は遠藤さんのがら空きだった鳩尾へ、左足による本気の蹴りを繰り出しました。
久方ぶりの動きに体がついていくか心配でしたが、思いの外真っ直ぐ狙いに向かい、的確に急所を蹴り抜きました。
予想外の衝撃に、遠藤さんはすぐさま足を止め、お腹を押さえてうずくまりました。様子を見る限り、しばらくは動けそうもないでしょう。
「やあっ!」
「ふべっ!?」
瞬時に足を地につけ、次に襲ってきた野間さんには、右拳による正拳突きで迎撃しました。
脳を揺らすつもりで顎を狙ったのですが、妙に前傾姿勢であったためか、目測から外れて野間さんの左頬へ突き刺さります。
拳が肉を打つ感覚に眉をひそめつつ、怯んで後退した野間さんを睨み付けます。
「い、ってぇ!? ちょ、井垣さんっ!? こんなん聞いてねぇっすよ!?」
「……どういうことだ、井垣? 柏木凛は、単なる金持ちの娘じゃなかったのかよ?」
「いやいや、俺だって知らねぇよ! っつか、人伝の情報で完璧にプロフィールなんかわかんねぇからな!? 格闘技を習ってるなんて、わかるわきゃねぇだろ!?」
男性を悶絶させるほどの私の反撃は、彼らにとっても想定外だったのでょう。
頬を押さえながら目を丸くする野間さんは、また一歩私から距離を離しました。地面にうずくまったまま動けない遠藤さんを見下ろしつつ、本郷さんは井垣さんに詰め寄ります。
そして、どうやら私のことを、ご友人か誰かから経由して聞き及んでいたらしい井垣さんは、焦ったように頭を左右に振って弁明しました。
空手を習っていたのは小学生までの話ですし、中学校三年生までは交友関係も希薄でした。私の習い事について知っているのは、せいぜい桂中学校の同級生くらいでしょう。
井垣さんは恐らく、着用されている体操服からして、私よりも一つ上の二年生の方なのでしょう。ご友人ももちろん、二年生の方が主なはずです。
だとすれば、私が空手の段持ちであるとは知らないはずです。まさか、人付き合いのなさがこんなところで役に立つなんて、思っていませんでしたけどね。
「私に不埒な行いをしようとするならば、覚悟してください。無抵抗のままになるほど、私は大人しくありませんので」
「……ちっ!」
意識して無表情を作り、声も凄んで見せ、鋭い視線を振り撒きます。
すると、少しは警戒してくれたのか、本郷さんは舌打ちを漏らし、私との間合いを測っています。
そのまま、諦めてくれたらいいのですが……。
「ふはっ! 面白っ! ねぇねぇ、今度は俺とやろうよ!」
しかし、そう私の都合のいいようにはいかないようです。
それまでずっと、こちらの様子を窺っていただけだった土井さんが、あの不気味な笑顔のままで近づいてきたのです。
威嚇の意味も込めて、構えた拳を向けましても、土井さんは物怖じせずに歩み寄ってきます。
「お、おい、土井っ!?」
井垣さんが土井さんを制止しますが、止まりません。ニタッ、とした笑みを崩さず、私との空間を潰してきます。
「はっ!」
今度は警告もせず、私は土井さんへ左の正拳突きを突き出しました。あまりにも自然に近づいてこられたので、蹴りの間合いの内側に入られてしまったからです。
「ひゅぅ! はえぇはえぇ!」
「っ!?」
絶妙なタイミングで振り抜いた拳は、しかし土井さんには届きませんでした。
今度はちゃんと顎を狙って打ったのですが、土井さんは軽く体を動かし、回避されていました。
両手はポケットの中に突っ込んだまま、足捌きだけでかわされた土井さんの表情に、焦りはありません。ただただ、この状況を楽しんでいるような、無邪気さだけが伝わりました。
「くっ……!」
「外れ」
驚きもそこそこに、腕をすぐに引き戻した私は、土井さんからわずかに距離をとって上段蹴りを振り上げました。
無意識に薄ら寒く感じていた笑みを消したかったのか、地面から飛び上がった右足は、土井さんの頭めがけて放たれました。
が、これも空を切ってしまいます。
完全にリーチを見切られていたのか、軽くバックステップを行った土井さんの眼前を、私の運動靴が通りすぎていきます。
「……貴方、もしかして、格闘技の経験が?」
「ねぇよ? 全部我流だ」
距離ができて仕切り直した私は、余裕を崩さない土井さんに問いかけますが、不気味な笑みのまま否定されてしまいます。
ですが、彼の動きは明らかに手慣れたもの。遠藤さんや野間さんたちにはなかった、手強さを感じました。
「俺さぁ、昔から喧嘩が大好きだったんだよ。楽しいじゃん? 盛大にぶん殴って、相手が倒れるとことかさぁ。それが強いやつならなおいい。達成感が違う」
唐突に語り出した土井さんは、両手をポケットから出し、大きく広げました。
そして、彼の瞳に本郷さんたちにはなかった狂気が見え、ぞくりと背筋が震えます。
「だからさぁ、中学ん時からかな? 色んなやつに喧嘩吹っ掛けて、ボコボコにしてきたんだぁ。大抵年上で学校違ぇし、同年代とか弱っちいやつらばっかだったから、あんま気づかれてなかったけどぉ。
でも、最近つまんなくてね。喧嘩売っても大人しいやつらばっかで、退屈してたんだ。そしたら、本郷さんみたいな人がいただろ? やってることは興味ねぇけど、色んなやつに会えるかもしんねぇと思って、仲間に入れてもらったんだぁ。
そしたらどうよ? 女だけど、そこそこ面白そうなやつに出会えんじゃん? これは血が騒ぐよね。ぞくぞくしてくる。アンタのそれ、空手だろ? んで、多分有段者じゃね? 白帯じゃあ、こうも簡単に倒せねぇしなぁ?
格闘技経験者は初めてだからさぁ、期待値めっちゃ高めなんだよなぁ……! くはっ! 楽しくなってきた! 戦ろうぜ、凛ちゃん! どっちかがぶっ倒れるまでさぁ!!??」
土井さんの異様な迫力に、私は息を飲みました。だけでなく、彼の様子を見ていた本郷さんや井垣さん、野間さんもまた、驚いた様子で目を丸くされています。
まさか土井さんは、いわゆる戦闘狂、バトルマニアと呼ばれる人なのでしょうか?
尋常ではなく好戦的な思考に、言葉を裏付ける身のこなし。そして、私を女としてではなく、戦う相手としか思っていないような、獰猛な視線。
性の捌け口として見られるよりはマシですが、向けられて嬉しい視線でもありません。もしかしたら、本郷さんたち以上に厄介な人に見初められたのかもしれません。
「……興味ありません。どうか、別の方をお誘いください」
「あぁ? 無抵抗ならいいよ? アンタが本郷さんたちに犯られるだけだし? 俺は俺が満足すりゃ、それでいいんだしよぉ?」
素っ気なく返答してみましたが、土井さんのやる気は萎えませんでした。むしろ、状況を利用して私が応じなければいけない空気を作り出しています。
「それは、ごめん被ります!!」
本郷さんとは別方向での危険を感じた私は、今度は自ら土井さんに駆け寄ります。
間合いを詰め、今度こそ昏倒させようと、右拳を土井さん目掛けて打ち込みました。
「ひゃあ!」
「きゃっ……!?」
もう少しで届く、といった時に、土井さんが奇声を発されました。
同時に、私の顔に砂粒が飛来し、咄嗟に目を瞑ってしまいました。
「ほぉら、よっとぉ!!」
「い!? ぐ、ぁ……!?」
混乱する間もなく、次に私を襲ったのは、腹部への衝撃。
足腰の力が抜け、お腹を抑えて倒れこんだ後になって、土井さんの蹴りをもらったのだと気づきました。
「ぅ……っ! め、かくし、なんて、ひきょう、です……っ!」
「はぁ? これは喧嘩だぜ? 空手の試合じゃねぇんだ。ルールなんざあるわきゃねぇだろうが」
目に入った砂粒のせいでチカチカする視界の中、呆れたような落胆したような土井さんの声が降ってきました。
確信はありませんが、あらかじめ手の中に砂を握っていて、私の顔に振りかけたのだと思います。そうして突然の目潰しに怯んだ隙に、私の鳩尾へ蹴りを叩き込んだのでしょう。
手段があまりにも卑劣であったため、声を張り上げましたが、つまらなそうに鼻を鳴らす土井さんにとっては、私の方が間違っていると言いたげでした。
確かに、私たちがしていたのは試合ではありません。ですが、騙された、と憤る気持ちを感じずにはいられません。
「……はぁ。とんだ甘ちゃんじゃん。期待して損した。本郷さん、後は好きにしていいっすよ? どうでもいいけど、運びやすくなったっしょ?」
非難の視線を土井さんへ向けていた私は、その言葉で一気に凍りつきました。
そうです、今の私は無防備そのもの……。
彼らにとっては、私を誘拐する、またとない好機……!
「お、おお。よくやった、土井。褒美に、お前にもヤらせてやるよ」
「あー、俺はいいっす。初めては惚れた女って決めてるんで」
少し動揺されていたようですが、本郷さんはすぐに立ち直り、こちらへ足を進めてきます。土井さんとなにかお話しされていたようですが、私はそれどころではありませんでした。
こわい、こわい、こわい、こわい、こわいっ!!
今から私が何をされるのか、想像するだけで震えが止まりませんでした。
まだ、好きになった人にも見せていない体を、誰ともしれない悪漢に好きにされるのかと思うと、吐き気と目眩まで覚えてきました。
「で? どう運ぶんすか? そのままじゃ目立つっしょ?」
「いつも通りだよ。手足縛って、用意してた鞄に詰め込む。でっけぇ旅行鞄だから、小柄な女くらいは入る」
「んじゃ、さっさと移動させましょうよ! あー、ウズウズするっ!」
「元気だな、野間。何もしてねぇから、お前は一番最後だぞ?」
「えぇー!? そりゃないっすよ、本郷さぁん!」
「何でもいいから、さっさとしろ。遠藤は俺が運ぶから、土井と野間は凛ちゃんを紐で縛れ」
「うい~っす」
「了解っす、井垣さん!」
悔しさと悲しさと恐怖で、目から涙が溢れ出します。
それでも、本郷さんたちの歩みは止まりません。
雨水でふやけた土が身体中にまとわりつき、肌と体操服を汚していきます。
泥だらけの惨めな私の姿が、これからさらに、汚されていくのでしょうか……?
彼らの、欲望の受け皿として…………?
……いやっ!!
こわい……っ!
だれか、
たすけて……、
(相馬さんっ!!)
「さぁて、大人しくしろよ~、かわいこぢゃっ!?」
野間さんと思しき声が近づき、私が思わず目をギュッと瞑った、その時でした。
不意に、野間さんの声が乱れ、私の傍で人が倒れたような水音が聞こえたのです。
「な!? なんだ、てめぇは!?」
背中側から、本郷さんの焦ったような声も聞こえてきます。それは明らかに狼狽えていて、彼らにとって予想外なことが起こったのでしょう。
「……ぇ?」
事態がよく飲み込めなかった私は、閉じていた瞼を開け、霞む視界の焦点を合わせました。
「何、大したもんじゃない」
そうして捉えた、私の目には、
「ただの通りすがりだよ」
私の知らない人が、立っておられました。
まさかの土井くんがダークホース。ただの笑い上戸ではありませんでした。
あと、言うまでもないかもしれませんが、レイプは犯罪です。ダメ、ゼッタイ。




