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ゆる~らぶ  作者: 一 一 
一章 部活動 ~高校一年生・一学期~
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蓮の二十二 体育祭 ~昼休み その一~


 蓮くん視点です。


 午前の競技を終えた僕たちは、一旦教室に戻ることになった。昼食の時間なんだけど、弁当なんかの荷物は教室に置きっぱなしだからね。


 面倒だけど、椅子も一緒に持って帰る。教室で立ち食いとか嫌だもの。


 それにしても、階段は嫌だなぁ。椅子を持って移動するのは本当に手間だ。エレベーターとかエスカレーターが欲しいよ。


「っと。そんじゃ、さっさと食って後半戦に備えるか」


「だね~」


「うむ。午後は『大玉転がし』と『部活対抗リレー』だな。失った体力を食事で取り戻し、活力としよう」


 内心で愚痴りながら教室に到着した僕らは、早速机を囲んでお弁当を広げる。


「では、すべての食材と、食材を調達、調理してくれたすべての人々感謝を込めて」


『いただきます』


 食事の準備が済むと、かなり大袈裟な挨拶を春が口にし、僕らはしっかりと手を合わせてお弁当に一礼した。数秒たっぷりとお辞儀をし、ゆっくり目を開けた僕らは箸に手を伸ばした。


 かなり仰々しい食事の挨拶は、僕、階堂、春が一緒に食べるときはいつもしている。最初はクラスのみんなに驚かれたけど、今では普通にスルーしてくれるから楽だね。


 これは階堂が勧めてきたアニメのキャラクターが、食事のシーンで行っていた台詞を丸パクリしている。今日は春が言ったが、僕や階堂が言うこともあるよ。


 その作品の時代背景として、食糧難が問題になっていたこともあり、粗末なご飯でもありがたく食べないといけない、みたいな感じで重々しい挨拶になっていた。


 僕たちは何気なく美味しいご飯を食べてるけど、それはすごく幸せなことなんだなぁ、と思えた作品だった。それを見て以降、色んなことに感謝しながら食事をとるようになった。


 まあ、格好いいことを言ってるように見えて、その実アニメの影響を受けやすいだけかもしれないけどね。


「そういえば、今の赤組の順位ってどうなんってるんだっけ?」


「んあ? あ~、二位?」


「かなりの接戦だな。黄組、赤組、青組の順だが、今後の成績如何(いかん)では逆転も可能だ」


 お弁当をつつきながら、話題は体育祭の点数になった。僕は特に勝ち負けにこだわりはないけど、少し気になったからね。


 まず階堂が天井を見上げながらご飯を咀嚼(そしゃく)し、順位だけを口にした。付け加えて、春が他のクラスの順位も教えてくれる。


 あー、思い出してみれば、どの競技でもどこかの組が突出してたイメージはなかったね。


「午後イチの競技って何だっけ?」


「『応援合戦』だな。三学年九クラス分の生徒が集まった、かなり盛大なものになるようだ。が、体育祭の成績には影響がない」


「その次が、『部活対抗リレー』だから、それも点数は関係ねぇな。その次の『大玉転がし』と、ラストの『学級対抗リレー』の二つで勝敗が決まるな」


 午後のプログラムを見ながら春が教えてくれて、今度は階堂が補足して残りの競技を説明してくれる。


 点数に関係する競技って、あと二つしかないんだね。それでも逆転できるってことは、本当に差がないんだなぁ。


「……はぁ~! めっちゃ憂鬱だわ、『部活対抗リレー』。練習中も喧嘩ばっかだったしよぉ……」


「う、うむ……。同感だ……」


 すると、今度は『部活対抗リレー』に話題が飛ぶ。僕のペアは柏木さんだから特に問題はないんだけど、二人はそうじゃないらしい。とても難しい顔をしている。


「そんなに嫌なの?」


「ったりめぇだろうが! 前に話しただろ? 映像研究会で反りの合わねぇ先輩がいるって。部員数の関係上、俺はそいつと二人三脚をやるはめになったんだよ。

 あいつマジで腹立つわ! やれ歩幅が大きいだの、やれ速すぎるだの、やれ密着しすぎだの、注文が多すぎんだよ! 仕方ねぇだろ! 俺だって嫌々やってんだからよぉ!!」


 練習期間に愚痴ることがなかった階堂だが、相当その人へのストレスがたまっているらしい。二週間分の練習を思い出してか、声を荒らげて机を思いっきり殴った。


 僕と春は阿吽(あうん)の呼吸でお弁当箱を持ち上げ、局所地震の被害から逃れる。階堂の水筒が倒れただけで、被害は軽微だ。


 うわぁ、階堂の額に青筋まで見えるよ。めちゃめちゃ苛立ってたんだね。あんまり我慢強い方じゃないのに、よく我慢したな。


「拙者は二分した料理研究会の、楽しみ派の代表と組まされてな。拙者としては明言しておらんが、中立派であるが故、特に思うところはない。

 が、向こう側はそうでもないらしくてな。何かにつけて拙者に小さな嫌みをこぼしてくるのだ。内容は、階堂氏と似たようなものだな。

 拙者は怒るというよりも、心労がたまって疲れている。最近は部活で作った料理も喉を通らないくらいだ。本当に、勘弁してもらいたいものだ……」


 いまだくすぶる怒りに身を任せ、貧乏揺すりとともにドカ食いしている階堂とは対照的に、春は重いため息をついて肩を落としていた。


 料理研究会は女性の園って感じらしいし、嫌がらせもネチネチした精神系なのだろうか? 長身でガリガリな春だけど、入学前より痩せたんじゃないだろうか? そんな雰囲気を感じるほど、春の背後に影が降りていた。


「た、大変そうだね。聞くまでもないだろうけど、仲がよくなったりは……」


「するか!!」


「兆しさえ見えんよ……」


「だよね~」


 愚問だと思う質問をぶつけたら、案の定階堂は怒鳴り、春はため息を重ねた。クラスはまだしも、二人の部活内の『交流』は全く進まなかったらしい。


 まあ、体育祭は単なる学校行事だしね。無理矢理くっつけようとしたら、悪化するパターンもあるよ。


「そういや、博士は誰と組んでんだ? 演劇部も多脚リレーになんだろ?」


「そういえば、あまりこのような話しはしなかったな。相馬氏もさぞ苦労していることだろう」


 すると、話の矛先が僕のペアに移った。二人だけ話して僕だけ黙秘はできないし、話の流れからしたら当然か。


「僕は柏木さんと二人三脚することになってるよ。特に険悪になったりはしてないかな?」


「はぁ!?」


「何だと!?」


 僕は何の気なしに柏木さんの名前を出したんだけど、階堂たちの反応は劇的だった。


 大声を出していきなり立ち上がり、座ったままの僕を驚いた顔で見下ろしてくる。


 え? なに?


「博士って、朝に柏木嬢と普通に話してたじゃねぇか! むしろ仲良かったじゃねぇか! なんで問題ねぇやつと組めてるんだよ!?」


「『部活対抗リレー』では例年、仲をこじらせた者同士が強制的に組まされると聞いたぞ!? 何故相馬氏は中学も学年も一緒であった柏木氏と二人三脚を組んでいるのだ!? 不公平ではないか!!」


 二言目に浴びせられたのは、怒りの主張だった。あまりの剣幕に、僕も椅子に座ったままたじろいだくらいだ。


 それはそうか。階堂も春も、学校行事という名の余計なお世話のせいで、本来抱える必要のなかった人間関係の心労を背負わされたんだ。


 なのに、同じ境遇に立たされて、苦労を共有できる仲間だと思っていた友達が、逆に相手と良好な関係を築いていたら、裏切られたと思っても仕方ない。


 しかも、相手は柏木さんだ。中学の時から半ば神聖視されていたくらいの、ガチでアイドルみたいな女の子だ。


 そんな子と、この二週間キャッキャウフフしてたなんて話、桂中学出身の男子ならば血の涙を流して怒り狂うだろう。


 そこまで柏木さんに思い入れのない二人でさえこの反応なんだ。ポロッと口にした瞬間に殴りかかられてもおかしくないくらい、実はやばい情報だったりする。


「……おい、そりゃ一体、なんの冗談だ……?」


「博士が? 柏木さんと? 二人三脚?」


「おいおい、ホラ話ならもっとリアリティのある内容じゃねぇと、笑いさえおきねぇぞ?」


 なので、二人が大声を上げた時点で、この展開も予想できた。


 一年四組の桂中学出身の男子たちが一斉に立ち上がり、椅子がガタガタッ! と不穏な音をたてる。


 そして、とても息の合ったみんなは示し合わせたように僕へと睨みをきかす。全員目が()わっていて、無表情なのに爛々(らんらん)とした目力がかなり怖い。


「ちょっと事情があってね。三年生は同じクラスだったし、話したこともあったけど、高校に入ってからは全然話しとかしなかったんだよ」


「ったりめぇだ! 誰が博士みたいな地味男に、柏木さんが話しかけんだ、自惚(うぬぼ)れんな!!」


 今にも胸ぐらを掴まれそうなほどの剣幕で、一人が僕に近づく。そこまで言うか、ってくらいの随分な言われようだが、僕らにとってはそれほどのことだ。


「まあ、そうなんだけど、そんな僕らの関係を部長が『親交のない二人』って思ったらしくて、リレーのメンバー決めの時に指名されちゃったんだよ。

 だから、これを機に親交を深めてね、って意味で選ばれたんだと思うよ?」


 別に隠すことでもなかったから、柏木さんと二人三脚をすることになった経緯を話す。その間に僕は男子たちに囲まれたけど、気にせず説明した。


 中学の頃なら震え上がっただろうけど、今の僕はキョウジ先輩という恐怖を知っている。怒りに我を忘れた同級生に囲まれる程度じゃ、動じない精神力が身についているからね。


 ……あれ? 悲しくないのに涙が出そう……?


「ふざけんな今すぐ辞退して俺に代われ!」


「違う、俺に代われ!」


「いいや、俺だ!」


 すると、みんなから『部活対抗リレー』のペアを解消しろ、ではなく、交代しろ、と言われた。


 そもそも部活が違うのに、どうしろってのさ? 主張がまるっきりオウジ先輩と同じだし、みんな周りの女子からの冷たい視線に気づいてないし。それに……、


「うちの部活には、さっきの『綱引き』で僕が絡まれてた二年生の先輩がいるけど、本当に代わるの?」


『うっ……!』


 伝家の宝刀、キョウジ先輩、発動!


 効果は抜群で、騒ぎ立てていた全員が押し黙って目をそらす。そんなに怖かったのかな? キョウジ先輩のこと。


 何とかみんなの矛を納めた形になったが、これから本番を走ったら他のクラスの同級生からも何か言われるかもしれないな~。


 自分のことなのに、どこか他人事のように考えながら、僕はすごすごと帰っていくクラスメイトの背中を見ていた。


「くそ、理屈がわかっても、納得いかねぇ……!」


「拙者だって、拙者だって知らぬ者との交流の方がまだよかった……!」


 この騒ぎの元凶である階堂と春は、それはもうわかりやすいほど悔しがっていた。階堂は箸を握力で折りそうな勢いだし、春は僕の机に突っ伏して握り拳を何度も打ち付けている。


 そう言われても、僕が自分から作り出した状況じゃないしなぁ。


 僕から何を言っても逆効果にしかならないと思ったから、もくもくと食事を再開する。二人が気を取り直すまで、五分ほどかかった。


 切り替えが早いのか遅いのかは、わからないけどね。




「さて、ご飯も食べ終わったし、グラウンドに戻ろっか?」


「……そうすっかぁ…………」


「……そう、だな……。行かねば、ならんのだな……」


 テンション低いなぁ。そんなに嫌なんだろうか?


 三人とも昼食を終えたタイミングで僕がそう切り出すと、階堂も春も重い腰を上げた。声がすでに意気消沈している。心なしか、午前よりも動きに力がないな。


「前向きに考えようよ。今日の『部活対抗リレー』が終われば、少なくとも一緒の時間はなくなるんだよ? それまでの我慢だって」


「……そ、うか。そうだよな。あと一回リレーを走れば、俺のイラつく日々が少なくはなるんだよな! ありがとう、我が同志! 狂犬に殴られ続けても前向きだった、博士だからできる発想だぜ!」


「な、なるほど、そういう考えもあるのか……。さすがは相馬氏だ。伊達に学年中からディスられてはいなかった、ということだな!」


「ねぇ、二人とも僕のことどう思ってるの? じっくり腰を据えて話がしたくなってきたんだけど、切実に!」


 感謝されても誉められてる気が全くしないんだけど! 僕がいじめられ過ぎて、一周回ってポジティブになったみたいなこと言うのやめてくれる!?


 とても心外な評価をされていると気づいてモヤモヤしながら、僕らは教室を出た。廊下には他のクラスの人たちもいて、結構な人数がグラウンドに向かってるみたいだった。


「結構混んでるなー。進めるか、これ?」


「まだ時間は余裕があるし、気長に待とうよ」


 教室の近くにあった階段に人が集中し、足が止まってしまう。みんな身一つじゃなくて、椅子を片手に持ってるから、余計にスペースをとられて移動が困難になっている。


 待つのが嫌いな階堂は迷惑そうに眉をひそめたけど、こればっかりはしょうがない。イライラしそうになる階堂を隣でなだめつつ、じわじわと移動する人の波に入っていった。


「……はぁ~」


「……ふぅ」


「ため息もわかるけど、頑張ろうよ、ね?」


 ようやく階段に達し、一段降りる度に憂鬱さを増す二人を慰める。僕は部活で嫌いな人とかいないし、二人の気持ちがわからないから、慰め方が雑なのは目をつぶってほしい。


 そして、階段の踊り場に到着し、一階へ降りようとした時だった。


 ドン!


「ぇ」


 突如、背中に衝撃を受け、体勢が前へと押し出された。


「博士!?」


「相馬氏!?」


 横にいた階堂と春が驚いた声を上げたのがわかったけど、僕の視界はどんどん前のめりになって、段差の角が迫ってくる……!


「っがあ!!?」


 落ちる。


 回る。


 まわる。


 マワル。


 全身に代わる代わる衝撃が走り、キョウジ先輩とのスパークリングにもなかった痛みが僕を襲う。


 頭だけは守ろうと、両手は後頭部を押さえて丸くなる。目をしっかり閉じていてもわかるくらい、体はごろごろと転がって上下が次々と入れ換わる。


「ぐ、っ、ああっ!!」


 永遠に続くと思った痛みは、案外あっさりと終わりを迎えた。


 階段の下まで到達したらしく、一際大きな衝撃を背中に受けて、僕の体は止まった。


 体の右側と背中に固い感触を感じる。右手が床に挟まって、背中が壁だろうか? とにかく、身体中が痛い……。


「ぎゃあ!?」


 だが、全身のそれとは違う、予想外の強い痛みに僕は悲鳴を上げた。


 一瞬遅れて感じたのは、足への激痛。次いで、鼓膜を震わせるガシャンッ! という落下した何かの音。


「キャアアアアア!!」


 一拍の静寂を挟んで、女子生徒らしい悲鳴が響き渡った。が、僕は最後に受けた痛みでそれどころではない。


 階段を落ちた痛みよりも数段強い足首の痛みで、まともに動くことも、考えることもできなくなっていたんだ。


「博士っ!」


「相馬氏、無事かっ!?」


 駆け寄ってきてくれた階堂と春にも、僕は(うめ)き声でしか返事ができない。


 一体、何が起こったんだ?


 足にもう一つの心臓ができたような、痛みの波とともに鼓動する熱を感じながら、僕はただ、うずくまって痛みを(こら)えることしかできなかった。




 ちょっと不穏な空気が漂います。


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