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ゆる~らぶ  作者: 一 一 
一章 部活動 ~高校一年生・一学期~
50/92

蓮の二十一 体育祭 ~綱引き~


 お待たせしました。


 蓮くん視点です。


「皆、よく聞け。とうとうこの日が来た。長く苦しい時間を経て、俺たちは今、ここにいる」


『……』


「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、自分を信じて鍛えてきた。決戦の日はあいにくの曇天だが、それでいいじゃねぇか。それくらいが、俺ららしい」


『……』


「俺たちの相手は、時に同じ戦場を駆けた戦友(とも)であり、時に俺たちを導いてくれた先達(せんぱい)だ。本来争う運命にないはずの俺たちが、お互いに敵意を向け、いがみ合うのは皮肉な因果だな……」


『……』


「だが、戦うことを恐れるな。敵味方関係なく、屍を越えていけ。前を見て、進め。それが俺たちに与えられた、誰にも邪魔されない自由だ。教えられた矜持(きょうじ)だ。

 俺たちの前に立ちはだかる障害は、すべてねじ伏せろ。欲しいものは、力づくで手中に収めろ。希望は、勝利は、名声は! 待って得るものじゃない! 自らの手で手繰(たぐ)り寄せるもんだ!!」


『おおっ!!』


「戦うぞ、お前ら! 自分のため、仲間のため、家族のために! 俺たちは、一人じゃない! 皆で、明日の栄光を掴み取るんだ!!」


『おおおおおっ!!!!』


「行くぜ……、一年四組!!」


『『綱引き』、上等ォ!!!!』


『っしゃあああああっ!!!!』


 …………。


 ……………………ナンダコレ?


「……なぁ、階堂? 春? 僕は『玉入れ』が終わった後、すぐに佐伯くんに呼ばれただけなんだ。そうしたら、有無を言わさず円陣を組まされてさ、無駄に気合いが入った口上に付き合わされたんだ。

 二人も聞いてただろ? 信じられる? これ、ただの『綱引き』なんだよ? まるで、今から戦争にでもいくようなテンションで、『綱引き』だよ?

 ……もう、ついていけないよ…………」


「博士……、安心しろ。俺たちは、博士の味方だ……」


「……うむ。拙者も、もう彼らへ追い付くことは、諦めた」


 男子も女子も、猛々しい雄叫びを上げて周りをドン引きさせている我が一年四組を、僕らは遠い目で見つめていた。


 とても優しい目で僕の肩を叩き、慰めてくれるのは階堂。そして、僕の心の声を代弁してくれた、春。


 孤独の中にいた僕に差しのべられた二つの手は、中学からの友人のもの。今この場では、彼らの存在がどれほど勇気づけられることだろう。


 僕は、狂気に支配されたクラスメイトを眺めながら、思う。


 よかった。僕は、一人じゃない……。


 四組のみんなの変なテンションにあてられて、僕の思考もかなり怪しい方向へ流れていくが、現実逃避くらいはさせてほしい。


 学年問わず集まる奇異の視線を受けている現状では、僕の豆腐メンタルは多少壊れないと維持することができそうになかったんだ。


 ここは各クラスに与えられた、体育祭の待機スペースだ。『綱引き』はアナウンスを受けるとここから入場し、直接戻ることが許されている。


 さっきやったのは、佐伯くんを中心にした、一年四組の(とき)の声だった。僕らにとってはただの競技でしかないんだけど、佐伯くんたちにとってはクラス全体で挑む『綱引き』に、あり得ないほどの思い入れがあるらしい。


 確かに、練習はたくさんしたよ? 個人練習も、クラスの雰囲気に飲まれてやってたし、僕以上の熱意でもって練習してた人もいた。


 だとしてもさ、この恥ずかしい熱血ノリはなんなのさ? 階堂から勧められた漫画やアニメにもなかったよ?


 それは階堂たちも同じようで、僕らだけ競技をやる前からものすごく疲れた気がする。この下がったモチベーション、どうしてくれるんだよ?


『一番、女子、一年四組と一年八組』


 早速、僕らのクラスが呼ばれた。相手は英語特化クラスの八組。男女比が女子に傾いているから、向こうは女子全員じゃなくて、何人かが男子の中に参加するみたい。


「初陣だ! 一発かましてやれ!」


『ええ!』


 僕ら男子たちに見送られて、女子たちは気合いを入れて一番の綱へと走っていく。


 他のクラスの男子よりも、貫禄のある後ろ姿だった。あれが、戦士の背中か……。


『位置について、よーい……』


 間もなく、九クラスの男女が呼ばれて準備が整うと、選手たちは綱に触れて開始の合図を待つ。


 うちのクラスは、男子たちも固唾を飲んで見守っている。女子の緊張が移ったのかな? 何にせよ、力の入りすぎなのは否めない。


 パァンッ!


 一瞬の沈黙を破り、空砲が高々と『綱引き』のスタートを告げた。


 女子のみんなはすぐに立ち上がり、さんざん練習した『綱引き』のフォームに忠実な体勢を取り、勢いよく引っ張った。


「ヤー! ヤー!」


『ヤー!』


 独特な掛け声で綱を引く四組女子に、一年八組女子は戸惑いながらも力一杯綱を引こうとする。


 が、一年生の半分以上がそうであるように、八組女子の引き方は腕で引っ張る形だ。体重を乗せきった四組の力には叶わず、すぐに綱の中心が四組陣営に引きずられていった。


「っしゃあ!」


『うおおおおっ!!』


 四組の勝利に、男子たちも喜びの雄叫びを上げた。ガッツポーズとハイタッチが乱れ飛び、さらに戦意が高揚していく。


 僕も参加はしてるけど、そこまで熱狂的にはなれない。愛想笑いを浮かべながら、普段話したこともないクラスメイトと手を合わせていく。


「勝ったよー!」


「ありがとう! よく頑張った!」


 待機場所に帰ってきた女子たちを、佐伯くんから順に迎えていった。先頭にいたのは、佐伯くんと同じ体育委員の女子で、さっきの試合で掛け声の先導をしていた子だ。


 ハイタッチの第二波が訪れ、男女で両手を合わせていく。他のクラスはそこまででもなさそうだけど、僕らのクラスは『交流』がすごく進んでいるなぁ、としみじみ思った。


『六番、男子、一年四組と二年二組』


 二試合目には僕たちのクラスは呼ばれず、他のクラスの試合観戦をしていた。上級生はみんな佐伯くんが調べてきたやり方で『綱引き』を行っていて、一年生と戦うよりも厳しい試合展開が予想された。


 そして、三試合目で僕らが呼ばれた。相手は一個上の二生。どうやら男子の方が多いクラスみたいで、先輩たちのクラスも全員男子だ。


 入場の前に軽く自分たちを鼓舞し、六番の綱の横につくと、すぐに相手のクラスも現れた。でも、二年生の先輩は、心なしか見た目の柄が悪そうな人たちが多い気がする。


「よーう、レンマ。こんなところで会うとはな」


「え? キョウジ先輩!?」


 すると、先輩の列の中から、一際雰囲気を放つ人が出てきたかと思うと、僕に親しげな笑みを浮かべて話しかけてきた。


 よく見るとそれはキョウジ先輩で、いかつい見た目の人たちの中にいても違和感が全くなかった。さすがは演劇部の悪役担当だ。


「まさか対戦クラスの中にお前がいるなんて思わなかったが、やることは変わらねぇ。いつも通り、全力でこい」


「はいっ! よろしくお願いします!」


 まるで部活練習のスパーリング前のような気軽さで、キョウジ先輩は凶悪な笑みを浮かべた。


 今までの僕だったら震え上がっていたかもしれないが、伊達に毎日ボコボコにされてはいない。野生の熊が逃げそうな笑みに、僕は受けてたつという気持ちで頭を下げた。


 人とは慣れる生き物なんだよ。クラスのノリには慣れなかったけどね……。


「お、おい博士! お前何狂犬に正面から啖呵(たんか)切ってんだよ! 俺らも巻き添えで殺されるじゃねぇか!」


「相馬氏には、あの表情が見えなかったのか!? あれは一般人が浮かべられる類いではない、人殺しの顔だぞ!? 拙者らの命が危ないのではないのか!?」


「二人とも落ち着いて。相手は一個上の高校生だよ? そんな危ない人なわけないじゃないか。まったく大袈裟な……」


 キョウジ先輩への挨拶を終えて列に並ぶと、前後にいた階堂と春が血相を変えて僕に詰め寄ってきた。殺されるとか、命が危ないとか、二年生の先輩と話しただけでかけられる言葉ではない。


 あまりに物騒な物言いに呆れて言い返したが、よくよく見てみると態度が変なのは階堂と春だけじゃなかった。


「やべぇって! あのヤクザみたいな先輩、俺らを見て舌舐めずりしてっぞ!?」


「ちょっと待て、あれ本当に高校生かよ!? 極道映画とかで見たことあるぞ、あんな顔!」


「なぁ、さっき絡まれてたのって、博士だよな? あいつを差し出せば、俺らは見逃してくれるんじゃねぇか?」


「……前向きに検討しよう」


 他のクラスメイトの会話を耳にして、僕は呆れをさらに強くしていた。


 全員言葉を濁していたが、みんなの視線は楽しそうにこちらを見るキョウジ先輩に集中している。誰を指しているのかは一目瞭然だ。


 その上、キョウジ先輩のビジュアルに臆した僕以外のクラスメイトが、恐怖で萎縮してしまっている。中には僕を売ろうという輩まで現れた。


 挙げ句、僕の生け贄案を検討するとか言い出したのは佐伯くんだ。あれだけ勝利にこだわり、円陣まで組んで結束を高めたあのやり取りはなんだったのか。


「みんな、怖がりすぎ。キョウジ先輩は見た目ほど怖い先輩じゃないって。僕らが勝っても負けても、酷いことなんてしないから」


「ほ、本当だな!? 嘘だったら俺たちはお前を見捨てるぞ!?」


 威勢のよかった佐伯くんが、引け腰かつ半泣きで僕に迫った。他のみんなも、大体似たような顔で僕を見つめてくる。


「……もうそれでいいから。だから、怖がらずに頑張ろうね」


「聞いたな、みんな! 俺たちは死なない! 最悪犠牲は博士だけだ! 心置きなく、戦え!」


『おおおおおっ!!!!』


 絶対に勝つ! って意気込みはどこいったのさ? とは言えず。


 ため息混じりに僕はクラスメイトを説得してなだめた。すると、みんな僕を売る気満々で元気を取り戻し、今までで最高の雄叫びを上げた。


 なんとも情けないクラスの姿に、やるせない気持ちを覚えたが、もうすぐ試合は始まってしまう。気持ちを切り替えて、僕は地面に置かれた綱に手を触れた。


『位置について、よーい……』


 パァンッ!


 程なくして、全組の準備が整うと空砲が鳴らされ、キョウジ先輩のクラスとの試合が始まった。


「ヤー!」


『ヤー! ヤー!』


 佐伯くんの掛け声が合図となり、僕らも掛け声を重ねて力一杯綱を引っ張る。みんなを横目で見る限り、キョウジ先輩たちにビビってる様子はなさそうだ。


「オラ、テメェラァ!! 後輩に負けんじゃねぇぞぉ!!」


『オオオオオォォォォォ!!!!』


 しかし、返ってきたのは僕らに負けないドスの利いた低い雄叫びと、僕らを上回る強い力だった。懸命に抵抗するも、僕らは徐々に引きずられ、靴底が滑って向こう側へと移動させられる。


 見ると、先輩たちの綱の引き方も、僕らと同じガチスタイルだ。女子たちの試合のように、懐かしスタイルを採用していないから、力の差が縮まっている。


 加えて、相手は上級生だ。体育祭も一度経験しているし、当然『綱引き』の経験も僕らより長く多い。メンタル的にも技術的にも、僕らの一歩先を行っているはずだ。


 そうした差が、僕らの不利を証明していた。必死に力を込めるも、綱を自陣へと寄せることができない。徐々に二年生側へと持っていかれていく。


「こんなもんかぁ、レンマァ!?」


「くうぅぅ……!」


 すると、僕にピンポイントな挑発が向けられた。キョウジ先輩なのはすぐ気づいたけど、僕には答えられるだけの余裕はない。懸命に抵抗するも、その場にさえとどまることができない。


 このままでは、僕らの敗けは目に見えていた。


「アー!」


『っ!』


 そんな時だ。


 先導の佐伯くんの掛け声が変化したのは。


 僕らは佐伯くんのわずかな変化に敏感に反応し、一瞬だけ、綱にかけた力を()()()


「なっ……!?」


『うおわっ!!??』


 ちょうど綱を引こうとしていた先輩たちは、今までと違う手応えのなさに驚いていた。綱の中心は勝敗のボーダーラインギリギリまで二年生側へと移動してしまったが、まだ勝負は決まっていない!


「ヤー!!」


『ヤー!!』


 僕らが力を抜いたのはその一時だけ。先輩たちの困惑が残る中、元に戻った佐伯くんの掛け声に合わせて、一年四組は再び全力を取り戻す!


「くっ!?」


『オオオオオ!?』


 さっきの一瞬で先輩たちの体勢はグズグズだ。中にはバランスを崩して尻餅までついている人までいる。


 キョウジ先輩以下、バランスを保ったままの先輩もいたが、それでもクラスの半分くらいだろう。実質、二年生の戦力は半分になったといってもいい。


 チャンスは今しかない。ここぞとばかりに、隙だらけの先輩たちへの反撃として、僕らは力一杯綱を引っ張っていく。


 先輩たちも何とか堪えようとするが、人数差はどうしようもない。意図せず得ていたアドバンテージもなくなっていき、試合当初とは真逆の展開で綱が引き戻される。


『ヤアアアアアッ!!!!』


 風向きがこちらに向いたと気づいた僕ら。最後の力を振り絞り、一年四組の声が一つになる。


 そして、僕たちは先輩たちの抵抗を振り切り、綱を一気に自陣へと引きずり込んだ。


「勝ったぞぉ!」


『うおおおおっ!!』


 先生からの勝利宣言を受け、佐伯くんがガッツポーズで叫んだ。触発されて他のみんなも両手をあげ、笑顔で互いの奮闘を喜び合う。


「……レンマァ!!」


『ひいぃっ!!??』


 しかし、二年生側から上がった、地を這うような恐ろしい声を聞き、僕以外のクラスメイトは表情を恐怖に染めた。


 慌てて振り返ると、前髪で目元を隠したキョウジ先輩を先頭に、強面の先輩たちがこちらへ向かってきている。完全に萎縮してしまったみんなは、震えて肩を抱き合っている。


「す、すみませっ」


「やるじゃねぇか! 見直したぜ!!」


「痛っ!」


 佐伯くんが思わず謝りかけたところで、僕はキョウジ先輩に背中を思いっきりひっぱたかれた。手形が残るくらいの力だったから、悲鳴と共に涙も漏れてしまう。


「ちょっと、キョウジ先輩。痛いですって」


「あ? 悪ぃ悪ぃ。だが、最後のあれはなかなかよかったぞ? うちの連中も結構意表を突かれてたからな。見事なお前らの作戦勝ち、って訳だ」


「ははは、恐れ入ります」


 キョウジ先輩から手放しの称賛を受け、素直に照れてしまう。部活でも先輩から誉められることなんてないから、余計に照れ臭い。


 見ると、他のみんなも先輩たちから手荒い誉め言葉をもらっていた。最初はビビっていたみたいだけど、もう打ち解けたのか笑顔でお礼を言っていた。


「だが、負けっぱなしは性にあわねぇからな。部活では覚悟しとけよ?」


「そ、それは程ほどにお願いします……」


「遠慮すんなって!」


「痛いっ!」


 また平手をもらった。僕の背中に紅葉が二枚。季節外れにも程があるよ。


「次も頑張れよ、レンマ」


「はい。失礼します」


 怪我の残る挨拶を交わし、僕らはそれぞれの待機場所へと戻っていった。クラスのみんなも、大なり小なり被害を受けている。自然と表情は苦笑になった。


「はぁ~、っつか、マジで怖かったな、あの先輩たち。気さくな人が多くて、接しやすかったのは意外だった」


「拙者も同感だ。何も頭を(はた)かずとも良かっただろうに……」


「僕は二発も殴られたよ。その上部活でリベンジする、ってさ。勘弁して欲しいよね」


 女子からの歓迎もそこそこに、緊張から解放されたからか男子たちは椅子に座り込んだ。口々に漏らすのは、先輩たちの愚痴みたい。


 階堂も春もそうだけど、初見のイメージよりは好意的な感情があるだけマシかな? 僕もキョウジ先輩に出会ってなければ、すんなり受け入れられたとは思えないし。


 ああいうタイプが違う人との触れあいにより、他人との壁がなくなるって意味じゃ、体育祭の『交流』ってコンセプトは効果的なのかもしれない。


 何て考えながら、僕らは束の間の休息をとった。クラス総力戦となる三試合目は、『綱引き』最後の五試合目になったようだ。二年生の先輩から受けた精神的疲労もあり、みんな回復に専念する。


『八番、男女、一年四組と三年二組』


 そして、最後の組み合わせが呼ばれ、僕らはもう一度グラウンドへと移動した。


 さすがに二クラス分の人で『綱引き』となると、とても迫力がある。相手は三年生の先輩だし、キョウジ先輩たちの時よりも厳しい試合になるのではないだろうか?


「やあ、レンマ君。奇遇だな」


「あれ? ターヤ先輩?」


 すると、またしても列から抜け出してきた人から声をかけられた。わざわざ話しかけてくれたのはターヤ先輩で、最後の対戦相手はターヤ先輩のクラスだったらしい。


「さっきはキョウジ君相手によく勝てたね? 単純にすごいと思うよ」


「あ、ありがとうございます」


「でも、俺たちも先輩としての面子があるから、さすがにレンマ君に負けてはやれないな。お互い、ベストを尽くそう」


「はい、よろしくお願いします」


 それだけを言うと、ターヤ先輩は颯爽(さっそう)と自分のクラスへと戻っていった。


 ターヤ先輩はオウジ先輩が来る前まで、爽やか系の男性主要人物を演じることが多かったそうな。だから、オウジ先輩によく演技指導をしているところを多々見かける。


 長いこと演じて癖になってるのか、ターヤ先輩も動きの一つ一つがどこか王子様っぽい気品がある。後ろ姿が男から見てもすごく格好いいし、女子からもキャーキャー言われてるみたいだしね。


 さっきの『男子百メートル走』では、ちょっと黒い一面が見えたターヤ先輩だから、油断はできない。キョウジ先輩のクラス以上に警戒が必要だ。


『位置について、よーい……』


 パァンッ!


 開始の合図が鳴らされ、最後の対戦が始まった。


「ヤー!」


『ヤー!』


 クラス対抗も先導は佐伯くんが行う。佐伯くんの独特な掛け声に乗せ、僕たちも体を後ろに倒して綱を引っ張る。


「そーれ!」


『そーれ!』


 対するターヤ先輩の三年二組の掛け声は、普通だ。人数は僕らのクラスと同程度で、力もほぼ同じくらい。ほとんど綱が移動せず、膠着状態になってしまった。


「アー!」


 だからだろう。佐伯くんの掛け声が変化するのは早かった。


『アー!』


 少しでも状況を動かすためだったのだろう。きちんと佐伯くんの意図を察した僕たちは、指示通りに一瞬だけ力を緩めた。


「えいっ!」


『やあっ!』


 だが、それが(あだ)となってしまった。


 佐伯くんの合図が出た瞬間、先輩たちの力が急激に強まったんだ。


『うわあっ!?』


 隙をつかれた僕らは綱を一気に持っていかれ、あっという間に引きずり込まれてしまった。


 そうして、三回目の試合は呆気なく負けてしまった。僕だけでなく、クラスみんな呆然とした様子で、先生の手が三年生側へと上がったのを見送っていた。


「悪いね、レンマ君」


「ターヤ先輩……」


 負けを受け止めた僕らがノロノロと立ち上がっていると、ターヤ先輩がこちらに近づいてきた。試合の前と変わらない笑顔で、何だか大人の余裕を見せつけられている気がして、ちょっと悔しい。


「掛け声が指示になってるのはいいアイディアだったけど、もうちょっと工夫すべきだったね。キョウジ君との試合を見させてもらってたけど、『ヤー』が引け、『アー』が緩めろ、ってところだったんだろ?

 特に、緩めろって指示は敵の意表をつけるけど、種がわかってしまえば大きな弱点になる。実際、俺たちはそこを狙ったからね。一年生にしては考えた方だと思うけど、作戦を練るならもうちょっと作り上げた方がよかったかな?」


 ターヤ先輩は僕だけでなく、一年四組全体に届くように話していた。僕だけでなく、作戦立案を一人で行っていた佐伯くんなんかは、とても真剣にターヤ先輩の言葉に耳を傾けている。


「でもまあ、君たちの努力は認めるよ。力で負ける二年生に勝てたのは、君たちの考えた作戦のおかげだからね。よく頑張った」


 最後にターヤ先輩は僕たちを褒め、笑顔と共に頭を撫でてきた。


 女子だったら鼻血を出して喜びそうなシチュエーションだけど、頭を撫でられてるの、僕なんだよなぁ。ちょっと申し訳ない。


「それじゃあ、体育祭の後半も頑張ってね」


 ぽんぽん、と軽く頭を叩かれた後で、ターヤ先輩は爽やかな笑顔で去っていった。僕は結局言葉も出ないまま、先輩たちの背中を見送った。


「……なんか僕、ヒロイン扱いされた?」


「だな。どう見ても少女漫画チックな絵面だったぞ?」


「もしくは、腐女子垂涎(すいぜん)のシーンであったな」


 先程のやり取りを思い返して、別の意味で呆然としてると、階堂と春が僕の肩に手を置いてうんうん頷いてきた。


 それに、待機スペースに帰るときも、大半の女子からはターヤ先輩のナデナデを羨ましがられ、一部の女子は鼻息荒く「もっとやれ!」と言ってきた。


 何だろう、酷く納得がいかない。


 こうして、テンションがかなり尻すぼみになったけど、僕ら一年四組の『綱引き』の成績は二勝一敗で終わったのだった。




 蓮くん、公式にヒロイン化しました(笑)


 というのはちょっとした冗談です。まあ、なるべくしてなった流れではないでしょうか? 主要キャラで一番か弱いのって、蓮くんですしね。


 次は昼休みです。今回のような遅延がないよう、長くなるようなら話を分割させて更新したいと思いますので、大きく遅れることはないと思います。


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